人間というものは、ほとんど常に感情の色めがねを通して、
世界を見るものでそのレンズの色しだいで、
外界は暗黒にも、あるいは深紅色にも見えるのです.
―――アンデルセン
目が覚めた。
と、同時に今まで見ていたのは夢だと気づいたがあれは夢ではなく実際にあったことだ。加浦杏はもういない。毎晩居場所としていた公園の近くで、彼女は逝ってしまった。
……………俺は、全部思い出せたのだろうか。
「棗、おはようってもう夜だけど」
死してなお幻想てしてまだ消えていなかったセーラー服の少女ことを思い出していたら、横から柔らかくあたたかな声音が耳朶に触れた。
目ん玉をギョロりと動かすと、隣に雅兄が座っていて俺に微笑んでいる。
「調子どうかな?」
「さい、あく」
「頭は痛い? あ、喉渇いてない?」
雅兄の問いに頷くと、近くにあったミネナルウォーターのキャップを外して「ゆっくり飲んでね」と言い聞かせる。俺は急がせないように口をつけた。焼ける喉に冷たい水が通る。水を飲んでいる間に雅兄が医者やナースに連絡しに行ったのかここにはもういない。
「……………」
ゆっくり労るように上体身を起こす。どこか怪我して病院に運び込まれたわけではないから特別どこか痛いとかはなかった。
ベッドサイドには財布とスマホが置いてある。軽く操作すると今何時かが分かった。俺が倒れた時間から6時間以上経っていたことを知る。
呆ける頭は徐々に冷めていき、俺は動き出す。着ていたのは倒れたままのスーツで、ジャケットは傍に掛けてあった。点滴やら繋いであったチーブを外してのろのろとジャケットを羽織る。ここはどの病院なのか、とりあえず外に出れば分かるか。コートなどの防寒着は………雅兄のを借りるかと近くに置いてあった雅兄のを手に取った。
一通り凍てつく夜の街へ出る準備を終えて、真っ暗な闇色の帳が下りた夜が広がる窓を一瞥する。 。言葉へと形を成せなかった彼女の偽りの名。うわ言のようにゆらゆらする声帯は震えなかった。
「行くか、」
終着点はない。行き先は、セーラー服の少女が最期に選んだ場所だ。