騒ついた昼時のファミレスで、私は黙々とお皿に残ったポテトフライを口に運びながら目の前の彼を観察する行為に勤しんでいる。平たく言えばそれ以外にやることがなかった。メインは既に食べ終わり特に行く宛もないのでダラダラと過ごしている。ドリンクバーの元だって取らなくてはいけないし。
今の観察対象は主に手である。爪は短く切りそろえられ、大きくて骨ばっていて所謂「男の人の手」と呼ばれるそれをじっと見つめる。ページを捲る指の形も肘をついて頭を支えるその手の甲も。

「そんなに見たいの」

不意に声をかけられ慌てて目線を彼の顔へとずらした。分厚い前髪から覗く目はさっきまで読んでいたジャンプじゃなくて私をしっかり見つめている。

「え、は、別にっ」
「やーいいよ。今丁度ナルト読み終わったところだし」

ほら、と片手で差し出されたジャンプを両手で受け取る。別にいいのに。私コミックス派だからネタバレになっちゃうし。読んでないのを途中から読んだって話の流れ分からないし。そもそも見てたのはジャンプじゃなくて貴方なのに。 なんて言えるはずもなく適当にぱらぱらとページを捲る。なんの気なしに読めるのってこち亀くらいかな。

「こち亀から読む人初めて見た」
「アンデレさんは何から読むの?」
「最初から順番に。みんなそういうもんかと思ってたけど兄さんが読みたいものから順番に読んでる時は衝撃的だったなー」
「もしかしてペトロさんって好きなおかずから食べていく人?」
「ははっ そうそう」

他愛のない会話をしていても一度意識すると脳はそればかり視界に入れようと命令するのか、同じページを開いたまま目線はずっと彼の右手に注がれる。慣れた手つきで親指を滑らせてスマホを弄る右手。触りたい。触られたい。

「なに飲む?」
「んと、お茶でいいや」

空いたグラスを二つ、片手で掴みドリンクバーへと向かう彼を見送って、目線を下へと戻し思わず溜息を吐いた。ダメだ。今日は私ダメな日だ。考えることが全部そっちへ向かってしまう。意識しないようにと思う程にあの骨ばった手で頭を撫でられたら、なんて。やめよう。中学生じゃあるまいし。

「お待たせ」
「またメロンソーダだ」
「だってファミレスとか満喫でしか飲めねーだろ」

笑いながら炭酸が強そうなメロンソーダにストローを挿し直して口元へ持っていく。意思と反して素直な両目は一挙一動を逃さまいと必死だ。気を紛らわそうと水滴のついたグラスへ伸ばした右手はさっきまで視線を注いでいたそれに意図も簡単に絡め取られてしまった。

「細っこい指だな」
「そうでもないよ。もっと細い子沢山いる」
「私から見たら十分細いぜ。それにすべすべだし爪も綺麗だ」

絡め取られた手のひらを、親指の腹で柔く擦られる。触られているのは手のひらだけなのに、全身がくすぐったい。

「なんか、その触り方嫌だ」
「よく言う。ずっとこの手で触ってほしそうに見てたくせに。なまえちゃんったらやらしーんだ」

握られた手に少し力が入る。冒頭と同じように分厚い前髪から覗く瞳は最初から全てを見透かしていた。いやらしいのはどっちだ。
私の手を握ったまま、空いてる手で荷物と伝票を持って立ち上がる彼に思わず尋ねる。

「どこ行くの?」
「いーところ」
「いやらしい」



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アンデレさんで幸せな話
130830


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