婦女子、狩沢の事件簿。




私が今回筆をとったのは言うまでもない。
先日、私の魂を震わせたある事件が、聖地・池袋――ああやはり、これから綴る話に於いても聖地であることに変わりはない――で、私の目の前で現実に起こってしまったからだ。
これは後に語り継がれて行くであろう伝説であり、しかしそれは紛れも無い事実なのである。そして、私は"それ"を実際に目の前で体感した。

よって、これから綴る事は、決して二次創作や私個人の妄想の産物等では無い事をご理解戴きたい。何度も言うがこれは、純然たる事実なのである。

少々、途中で主観が紛れ込み文体が荒れる事が予想されるが、どうかご容赦戴きたい。
それ程までにこの事件は、私を揺さぶったのだ……――




婦女子、
  狩沢の事件簿。





「いぃぃいざぁぁあああやぁぁああぁあ!!!」

池袋の何処からか、男の怒号が聞こえてくる。その日、池袋のアニメイト前に屯していた門田、遊馬崎、狩沢たちは、聞き覚えのあるその声がする方へ顔を向けた。

「またどっかで喧嘩してやがんのかアイツら……」

いい加減帰りたそうにしていた門田が、妙に真剣な面持ちになって呟いたそれに、遊馬崎が反応する。

「そうそう、"また"なんすよねぇ。最近多くないすか?二人の喧嘩!」
「だねー。ほぼ毎日だし」

それに同意して、狩沢もウンウンと頷く。門田は目を細めて、一瞬その瞳に何かを浮かべたかと思うと、おもむろに口を開いてこう言った。

「ほぼ毎日……か、何年か前を思い出すな。」

懐かしそうに空を見上げる門田に、狩沢がにやけながら遊馬崎の肩をバシバシと叩く。「痛いっすよ!」と抗議の声を上げる遊馬崎を無視し、狩沢はまるで新しい玩具を手にいれた子供のように爛々と瞳を輝かせて、夢を見ているような口調で話す。

「ああ、もう…っ!立派な三角関係フラグじゃない!たぎるわっ…!!…臨→静←門……いや、臨←静←門かしら……」
「わーわーわーっ!!ちょっ、狩沢さんッ!何言ってんすかしかも最後の方読み方分かんないすよ!!」

的確過ぎる突っ込みを必死に入れる遊馬崎を、恨めしげに狩沢が睨み付ける。

「乙女の妄想に男は黙って付き合いなさいよねゆまっち!…その位の意気込みがなきゃ、これからの日本は生き抜けないよ!!」
「それとこれとは別次元っすよ!?」

ぎゃあぎゃあと何やら騒がしい二人はさておいて。


門田は、遠くの街を見て溜め息をひとつ吐いた。

「……いつまで意地張り合ってるつもりだ、あいつら…」




  ・・・・・

 池袋 某所

――ゴミ箱。
――街灯。
――標識。
――自販機。

手当たり次第のそれらが、的確に自分を狙って水平に飛んでくる。
余りの的確さゆえに軌道は容易く読めるため、臨也は飄々とそれらを避けながら、静雄との距離を詰めていく。

「ね、シズちゃんっ…さあ……いい加減、素直になろうよ?」

話しかけつつ、ぴょん、と静雄の真横にある街路樹のプラントの縁に飛び乗ると、直ぐ様そこに拳が下ろされて木っ端微塵に砕け散った。
勿論避けた臨也だったが、背中に嫌な汗が流れる。

「いざやぁっ!!待て!!」
「そういうのはもっと優しく言って欲しいなあ!」
「殺す!!」

あら、
やっぱりそうなっちゃう?

距離をとった臨也は肩を竦めて、そして言った。

「あのさぁ……俺たち、もうこういうの止めにしない?」
「あぁ!?」
「だから、終わり。喧嘩はもうお仕舞い。」

振り上げられた標識が動きを止め、静雄がこちらを向く。

「…どういう事だ」
「そういう事だよ!喧嘩はお仕舞い、不毛な関係に終止符を打つんだ……これ以上無駄な追いかけっこは止めるのさ」

二人の間に静かな時が流れる。
静寂を破ったのは、静雄だった。

「……俺は、手前の言いたい事がさっぱり分かんねえ」
「ふ、分かってる癖に。」

茶化すような臨也の口調に、再び静雄の額に血管が浮かび上がる。だが、臨也は怯まなかった。

「相っ変わらずうぜえ奴だな………言いたい事があるならはっきり言――」
「じゃあ言おうか?」

臨也は瞳に鋭い光を宿らせて静雄を見詰める。
静雄は、明らかに狼狽えてすぐに目を反らした。

「……止めろ」
「本当はシズちゃんだって分かってる筈だ」
「…黙れ」
「俺たちは誰よりもお互いを」
「黙れっつってんだろッ!!」

バガンッ、と物凄い炸裂音が耳元でしたかと思うと、いつの間にか入り込んでいた路地の壁に、静雄の拳がめり込んでいた。
臨也はそれを何処か冷めた目で眺めていたが、やがて凭れていた壁から身体を離し、腕をすり抜けてタタ、と走り、静雄の後ろに回った。

そして耳元で再び囁く。「シズちゃんホントは全部分かってるんだろう?俺が毎日池袋に来る理由も、俺の気持ちも――自分の気持ちも、ね…」

それはまるで悪魔の囁きの様に静雄の耳を侵した。ふるりと肩が震えて動けずにいると、後ろからぎゅう、と抱き締められる。

「……ぁ……、」
「…ね、素直になろうよ……


このままじゃ

お互い辛いままだよ……」



  ・・・・・



気付きたく無かったんだ、本当は。
認めたく無かったんだ、本当は。

そしてまた、無意識に気持ちを閉じ込めていた。
『現実』から、目を背け続けていたんだ。

結局俺は幾つになっても臆病者だ――

でもそれで、
……ああ、それでいい。

だから、これ以上俺を期待させないでくれ。構わないで……ずっと嫌っていてくれた方がいい。

そうすれば俺たちの関係は
俺たちの世界は
ずっと変わらない。

そうだ
それでいい


"それでいい筈なのに"




「いざ…や……」

どうしてこんなにも、胸が苦しいのだろう。



今自分の背中で感じているこの温もりは、果たして現実なのだろうか。

嬉しい……のだろうか、解らない…。だが、依然として胸の痛みがまだ自分を苦しめている。



「……ね、シズちゃん…嫌じゃないの?俺なんかに抱き締められて。」

追い討ちを駆けるような臨也の言葉が、静雄を攻撃する。
びくりと身を震わせて、静雄はかぶりを振った。

「……嘘つきだなあ。本当は嬉しくて嬉しくて仕様が無い癖に…」
「黙れ…っ」
「――好きだよ」
「…ッ!…」

心臓が破裂しそうになった。
今まで否定し続け、押し込めていた感情が、その言葉に解き放たれそうになり、必死に押さえ付ける。

意地だった。

「好きだよ…シズちゃんが好きだ」
「…る、せ…」

お腹に回っている臨也の腕の力が増した。

「……シズちゃん?」
「……」
「シーズちゃん……?」
「………」
「何か喋ってくれないと俺、泣くよ?」


そう言われて、急に目頭の辺りが熱くなる。嘘だ、大嘘だって……分かってる筈なのに。
ああ、もう――


「―――…れも、お前の事が好きだ…ッ」




「きゃぁぁああああああっ!!」



「「―――え?」」

静雄も、――臨也でさえ気付かなかった事がある。
お互いがお互いの事で精一杯になっていたせいで、

――ここが大通りを一つ曲がっただけの道だということに気が付かなかった。

突然沸き起こった女の悲鳴(?)のお陰で、暗い路地にも次第に大通りを行き交う人々の目線が注がれる。


「――――――」


それからは無言劇だった。

――臨也をひっぺがし
――投げ飛ばし
――全速力で逃げ去る

何も言わなかったのではない。
余りの羞恥に、本当に声が出なかったのだ。


  ・・・・・

数分前

「さーてと、そろそろ帰ろっかな〜」
「渡草さんが迎えに来てるみたいっすよ」

用事を終えた門田たちは、別行動をしていた渡草のバンが停まっているという駐車場まで歩き始めた。
戦利品が背中に嬉しい重みを与えている。

しかし、狩沢にはそれよりも気になる事が一つだけあった。

「ねぇねぇドタチン、」
「ん?」
「イザイザとシズシズってぇ、やっぱりお互い好き合ってるでしょ?」
「……そんな事…ある訳ねぇだろうが」

にやにやしながら門田に問うと、どうやら満更でもない様子。
やっぱりねぇ、そうだと思ってたわよ!

「ふぅん」

――…―

ニコニコとリュックを背負い直す――すると、今歩いている大通りにいくつか伸びている細い脇道から、人の話し声が聴こえてきた。
どうでもいいはずなのに、何故か気になって思わず立ち止まる。

急に立ち止まった狩沢に対して疑問を浮かべる遊馬崎と門田に、口元に人差し指を立てて制した。
目を凝らして、良く見ると、なんと今丁度狩沢が門田に話していたあの二人が立っているではないか。

(…わ、うわあ!ちょっ…これってもしかしなくて、もしかしない感じ!?)

興奮気味に、しかし小声で遊馬崎たちに話し掛けると、二人は信じられないものを見たように、顔を見合わせる。

それもそうだった――実際信じられない事に、臨也が静雄の背中に抱き着いていたのだ。


(かっ、かかかかっ門田さんッ!俺は今、三次元に居るんすよねッ!?今俺が存在してるこの世界はフィクションで実在の団体・人物とは一切関係ありません、なんてことないっスよねっ!?)
(当たり前だバカヤロウ、こりゃノンフィクションだ)

多分な。


二人の想いに、実はうっすらと気付いていた筈の門田でさえこの驚き様だった。

一方狩沢は――……身体中が歓喜に震えているのを感じていた。

――で…デカルチャーッッ!!
来た…とうとう来たわよっ
遂に…目の前で生BLが見られる日が来るだなんて……



日本始まったな…などと考えていると、会話が耳に入ってきた。

「――…れも、お前の事が」


そして堪えきれずに、


―――叫んでしまったのである。




程無くして渡草が到着し、一向はそそくさと家路に着いたのであった。


  ・・・・・


「いった、ぁ………」

看板に叩きつけられ、したたかに打った背中が鈍く痛い。
臨也はしかし、へらっとした笑みを浮かべ続けていた。

「―…あれは、ドタチンたち…だったかな…。邪魔されたのはムカつくけど………ま、いいや」

立ち上がって、おもむろに携帯を取り出す。
そして、笑みを浮かべながらとある番号へダイヤルした。


「…………あ、もしもし――」




  ・・・・・


あれから数ヶ月が経過しようとしている。
以上で私の話は終わりだが、二人の恋はまだ始まったばかりだ。二人に関する噂は、思った程池袋という街に浸透していなかった。そんな話をしたところで、誰も信じようとしないからだ。

しかし、私は知っている。

殺し合う程お互いを憎み合っている"あの二人"が、実は誰よりもお互いの事を想い合っているという事を。


今日も何処かで、彼らは愛し合っているのだろう。

喩えそれが、

一見して意味のない
ただの喧嘩であったとしても。

  ・・・・・


「シズちゃん、愛してる」

『――な…っ…死ねっ!』

「あっはは、可愛いなあもう」







2010/12/03

……はい!空さま678HITキリリク小説でした!!

いやあ……ギャグテイストで軽い、ポップな感じにしたいのに中々どうしてシリアスを入れたくなるのでしょうていうかただの言い訳ですすみません(泣)

リクエストを頂いた時に、「あっ、これ面白そう!」と思って、楽しく書かせて頂いてたんですが、一応、「お互い好きだけど付き合ってなくて公衆の面前で告白そしてHappyEND!!」というリクでした!

色々と未熟で申し訳ないです…。

リクエストを戴きました空さま、そして当サイトへ来て下さっている皆様!!ありがとうございました^^

テルル



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