静雄編 「……好きです」 そう言われた時、目の前の女の子が可愛いかどうかなど関係無く、自分の中で答えは既に決まっていた。 「ごめん」 相手を傷つけると解っている。 だけど―――暴力で傷つけてしまうよりは幾分かマシだろう。 そうやって、少年は自分を護っていた。臆病な自分を護っていた。 相手に罵られようが、泣かれようが、同じ。全ては自分への罰なんだと。そう受け止める事で。 体育館裏には、冷たい木枯らしが吹いていた。 ・・・・・ 「あ、静雄くん」 「――っ!?」 突然、聞き慣れた声が校門を抜けた所で響いた。振り向けば、黒縁眼鏡の少年がこちらの肩を叩く寸前といった姿でにこやかに笑っている。 「驚かすなって……」 「ああ、ごめんごめん!」 静雄の数少ない友人である少年、岸谷新羅は、尚も朗らかな様子で静雄と並んで歩き始めた。 「実はさっき、教室で折原くんが」 「臨也ぁ?」 ぴく、と眉を上げる静雄に、新羅はビクリと肩を震わせたが、挫けずに言葉を紡ぐ。 「あ、いや、その怒らないでね?…その折原くんがさ、最近可笑しいんだよね」 「………元々イカれてるだろうが」 「まあ、どっかネジが一本飛んでる事に間違いは無いんだけど―――最近、様子が可笑しいんだよ。明らかにね」 「……」 いつになく突っ込んでくる新羅に、静雄は訝しげな視線を向ける。そして新羅が言った。 「まるで、恋してるみたいなんだ」 ・・・・・ 先程の新羅の言葉がリフレインする。 ――恋してるみたいな ―――恋してる ――――恋… あいつが… 臨也が …誰に 正直信じてなかったが、それがずっと頭の隅で引っ掛かってどうにも蟲の居所が悪い。 新羅と別れた後、静雄は池袋の街を家に向かって歩いていた。既に真っ暗な空を見上げて、冬も間近に迫っていることを改めて感じる。 ――ちっ…別にどうでもいいだろ 新羅が言った言葉に、臨也に関する事に思考を振り回されていることが気に入らない。臨也など自分にとってどうでも良い存在なのに―――― 薄暗い路地に差し掛かった時だった。目の前で、僅かに人の話し声がする。 歩を進めれば、少し先の街灯の光が照らす、数人の若者の輪郭が徐々にはっきりと見えてきて、そして静雄は、立ち止まった。 「……何やってんだてめえら」 単純な感想として口を突いて出た言葉。それに気付いた数人のうちの一人が、こちらを向いて「あん?」と鋭い目をする。 呼応するように他の仲間がおもむろにこちらへと身体の向きを変え、何人かが近付いてきた。 そして、それら不良グループに囲まれている一人の少年の姿が見え、静雄は、あくまでも静かに不良たちと相対する。 「……何やってたんだ?」 別に正義心でも何でもない。 ただ、腹が立っただけ―― 「何だてめえ」 「だから……何やってんだっつってんだろうがぁぁぁああ!!!」 ・・・・・ 暫くして、再び静寂に包まれた路地には、静雄と、リンチされていた少年が二人きり残されていた。街灯の下で、暴力も受けていたらしく力無く横たわるその細い影を見て、静雄は傍に寄って「立てるか?」と訊ねる。 少年は気絶していたらしく、静雄の声に反応したのか睫毛を僅かに震わせて、ゆっくりと瞼を開いた。 艶やかな黒髪に、病的な程の肌の白さ。その外見は、何処か臨也を彷彿とさせる。最もこちらの少年は幾分か気弱そうで、痩せていたのだが。 急に複雑な気分になって、静雄は顔をしかめる。 ――何であいつの事なんか。 よく見れば、黒髪で、色白という点しか共通項は無い。無駄な事を考えていると、いつの間にか起き上がっていたボロボロの少年が口を開いて、こう言った。 「…ありがとう」 静雄の胸に、その言葉は何処までも温かく響いた。 人に感謝された。 その事実が、何よりも嬉しい。 しかし、目の前の笑顔が天敵のそれと重なり――気分は降下して、結局腹立たしい心持ちのまま帰宅したのだった。 ・・・・・ 翌日 放課後 「クソ……苛々する」 あれからどうにも、何をしていても憎い筈の天敵の顔が脳裏に浮かんで、一日を無駄に過ごしてしまった気がしてならなかった。 大体、新羅が何を思って臨也の事を自分に話したのか解らなかった。どうして、あんな、"自分にとってどうでもいいこと"を。 そこで静雄は何か釈然としないものを感じる。 ――俺にとって…"どうでもいい"……?… その時だった。 「待てやコラァッ!!」 「金返しやがれぇ!!」 「―――あ?」 怒声とかなりの人数の足音が、自分の居る路地に近付いてきた。何事かと振り返ると、なんと――苛々の元凶である臨也がこちらに向かってきているではないか―――後ろに沢山の追っ手を引き連れて。 こちらの路地に入り込んできたとき、静雄は呆けたように「臨也!?」と声を出していた。 「――シズちゃん!?」 驚いた様子の臨也。 そして気付いた時には、その臨也に手を取られて、自分も走り出していた。 手を振り払う事は、あまりに突然の事態で頭に無かった。 ただ、臨也は追われていて、その臨也に手をひっつかまえられて、自分も一緒になって走っている。 そこでやっと、自分は目の前の男に巻き込まれたのだと理解した。 ビルとビルの隙間に入り込んだ所で、「放せ」と手を振り払った。 「……あれ、また何かやったんだろ手前」 淡々と問い詰める。 目の前の臨也は、まるで他人事だとでも言いたげに肩を竦めてみせた。 「んーまあ……そうかもね」 「んだそれ。ハッキリしろ」 「シズちゃんには関係ない」 その瞬間、先程まで自分の陥っていた思考とリンクして、まるで、核心を突かれたような、自分の中であれこれ考えていたことを否定されたような気がした。 ……胸が、苦しい。 やっとの思いで、声を絞り出す。 「……巻き込んどいてそれかよ」 「何?俺に興味ある?」 「別に……だけどよ、俺がこのまま一人で出てったとして"俺が"面倒な事になるだけだろうが。」 「…俺としてはシズちゃんが奴等を蹴散らしてくれて、ついでに暴行でしょっぴかれてくれる方が好都合だなあ…」 「…ふざけるな」 白々しいと舌を打つ。 ……ああやっぱり。 自分達はこういう関係なんだ。いつもと変わらない筈なのに、それが今はどこか寂しい。 「二人きりだね」 「………あ?」 口を開いた臨也が呟くように放った言葉にピク、と反応する。 「いや?何でも――」 「居たぞ!!こっちだァ!」 「!」 臨也の言葉を遮るようにして割り込んできた男の声に追い立てられるようにして、反対の方向へ駆け出した。 しかし、駆け出した方向からも、ガラの悪い顔付きをした、不良たちの仲間と思われる高校生の集団が行く手を阻んでいた。 「逃げられると思うなよてめえ等ァ!あぁ!?」 周りを不良たちに取り囲まれている。 正直、もう"限界"だった。 「あぁああ……クソ……ノミ蟲野郎…後でぶち殺す」 ごきりと首を鳴らす。 そして、 昨日から積もり積もっていた鬱憤を―――爆発させた。 殴る 蹴る 投げ飛ばす 延々と怒りに任せて繰り返していると、急に奥の方から「サツが来るぞ!」という余裕の無い叫び声がして、今しがた投げ飛ばした不良たちが一斉に逃げ惑う。 ポカンと呆気に取られていると、離れた所で事態を眺めていただけの臨也が携帯を仕舞いながら、悪戯っぽく笑っていた。 「ちょっとハッタリを……ね?」 ほんの少しだけ、胸が跳ねた気がした。 ・・・・・ いつの間にか日が大分傾いている。 赤く焼けた空を仰いでいると、先程まで不良たちと喧嘩をしていた事などまるで嘘のように心が澄んでいった。 ビルの狭間から出た所で、隣の臨也が静寂を破る。 「ぷ、シズちゃん一瞬ポカンとしてたよ。酷いアホ面」 「死ぬか?」 「…あはは、冗談冗談!…多分」 何を言い出すかと思えばそんな事で、気が抜ける。いつもなら、一緒に居るだけでも怒りが頭をもたげるのに、今は不思議と穏やかな心境だった。 「多分て何だよ、おい」 「いだっ」 軽く笑いながら相手の額を小突く。力はセーブしたつもりだったが、十分痛かったらしく涙目になっている。 だが、その顔は何処か嬉しそうな様子で。 内心『こいつMだったのか?』と疑問を抱きつつ、自分もこの状況を楽しんでいることに気が付いた。……まぁ、たまには こんな他愛もないやりとりをしてもいいかなぁ、と思いつつ。静雄は立ち止まった。 離れていた臨也が、軽い足取りで近付いてきて、それを合図に歩き始める。 何故か先程からずっと笑顔を絶やさない臨也に違和感を覚えていると。 「俺のこと、殺さなくていいの?」 こちらの顔を覗き込むようにして臨也が話しかけてきた。 暫し考え、静雄は答える。 「…殺されてえのか?」 「いや…」 クス、と臨也が笑い、方向を変えて、歩きだした。 割りと寒い。 ふるりと肩を震わせ、刺すような冷たい外気に晒されていた手を、ズボンのポケットに突っ込む。 それに視線を感じて、隣の臨也を見ると、 「……ね、手繋いでみる?」 とんでもない提案を、更にいやらしい笑みを刻ませた顔で何でもないように話し掛けてきた。静雄は驚いて、まともに言葉が発せない。 「―はぁ?!何で……って、何突っ込んでんだてめぇ!!」 「シズちゃんのここ…凄くあったかい」 「気色悪ぃんだよ、その言い方!」 直後に、ひやりと冷たい臨也の手が、既に自分の手が突っ込まれたズボンのポケットに滑り込んでくる。 しかも、ぎゅう、と手を掴まれた。 脳はパニックを起こし、 心臓がうるさい。 変な汗が出てきて、静雄は自分の手がべたべたしてないだろうかと、まるで女の子のような、血迷った心配までしてしまう。 でも、振り払う気にはならなかった。 そうこうしているうちに、歩みが止まって、臨也の滑らかな手が離れる。 同様に静雄も立ち止まったが、一抹の寂しさを覚えてしまい、我ながらそんな自分にショックを受けた。 すると、臨也がいつになく真剣な面持ちでこちらを見詰めていることに気付き顔を上げる。 何だろう。 完全な疑問に包まれる。 暫くして、目を閉じていた臨也が瞼を上げ、そして言った。 「………シズちゃん、 俺 ――――シズちゃんの事が好きだ」 何を言われたのか解らなかった。 頭の中で、 戸惑いや色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。 その時の心境 その時の感情を一つ取り上げて今の静雄の胸中を形容することなど不可能に近かった。 「………んだ、それ…冗談キツい」 「――本気さ。俺は冗談でこんなことは言わない。それに、俺は人としてシズちゃんが好きだって言った訳でもないよ。…ま、結局そうでもあるんだけど。」 臨也の口調からは、一切の照れも、軽率さも、緊張も窺えなかった。それに引き替え、自分はこんなにも動揺し、芯から震えている。 ―――なんで、急にこんな ギギ、と止まっていた脳が動きを再開する。すると、昨日の新羅の言葉を思い出し――まさか、と眼前の男を見やった。 ――まるで、恋してるみたいなんだ 「……で、シズちゃんの答えを聴かせて欲しいんだけど?」 先刻まで感じていた苛々も、まどろっこしい思考回路も、急に阿呆らしくなってくる程に、臨也は何処までもストレートだった。 静雄は、段々と熱が顔に集中していることを自覚する。 そして――――向きを変えて一目散に駆け出した。 「――え、ちょッ…シズちゃん?!」 遠くの方で意表を突かれた臨也の困惑した声が聞こえてくる。 それから逃げるように、とにかく走って、走って、走り続けた。 畜生、 ――畜生畜生畜生ッ! 何だってんだ!! 胸を押さえながら、静雄は、 確かに今自分の中で沸き起こった感情を理解する。 ああ、 これが―― 今度こそ逃げられない。 そう確信した。 2010/12/02 はい、という訳で、 456HITキリリク小説完結です! 上手くいったか少しどころか、どうやっても軽くシリアステイストになってしまうので失敗した感が否めませんが……(泣) 一応、リクエストの 臨→→(→)静で 告白できなくて苛々してる臨也と、自覚なしで苛々してる静雄でした。 ルカさま!!素敵なリクエストありがとうございました^^ この後の展開は、皆様のご想像にお任せ致します。個人的に書いてて た の し か っ た !! ルカさま、ありがとうございました。 テルル |