後編




「――っふ…」

真っ昼間から、人目に付かないとは言えキスをすることに抵抗が無いわけではない。おまけに上司とは完全に別れた訳ではないから、いつこの瞬間を見られてしまうかと半分びくびくしていた。

――臨也のキスは、丁寧だ。

何て言えばいいのか…とにかく、巧い事に変わりは無いのだけれど、悪く言えば機械的な程に全てが決まりきっていて、嫌でも次に何をされるのかが解ってしまう。
……ああ次は、きっと口を割られてしまうなと心の準備をしたとき――

「…っ…!」

とん、と身体を軽く押されて、唇が離れた。こんな事は初めてだったから、驚いた。

「臨也…?」
「……」

うっすら目を開き、間近の臨也の顔を窺う。しかし臨也は、何一つ変わった事などないような、いつも通りの笑顔を向けてくるばかり。

「物足りない?」
「なっ―!?」

そして、全てを見透かしたようにそう言うのだ。

…本当に、性質が悪い。

「好きだよシズちゃん」
「…っ馬鹿、野郎」
「おやおや…今更になって恥ずかしいとか言い出す気?」

臨也の手が、親指が、静雄の頬を、目の下を擦った。
――その、変な優しさが余計に辛い。

「…泣きそうな顔、してる」

ぐい、と臨也の両手に挟まれた顔が引き寄せられて、額が軽く触れ合った。それだけなのに、キスよりも何処か恥ずかしかった。

「いざ…」
「そのままでいいんだよ、シズちゃん」
「…ぇ」
「――シズちゃんは、俺に愛されてればそれでいい。」
「……っ、んだ、それ」

なんだよそれ
何言ってんだよお前は

馬鹿か

そんな言葉が喉のすぐそこまで出かかって、でも、遂に声には出来なかった。

「ねぇ、旅行にでも行こうか。二人で。」
「…え?」
「温泉旅行、とか…」





  ・・・・・


数時間後


『参った』

『本当に参った』

そんな言葉を慌ただしくPDAに打ち込むセルティ。新羅はセルティのそんな様子に、首をかしげる。

「…一体何があったの?臨也の奴は見付からなかったのかい?」
『い、いや…見つけられたのは見つけられたんだ。でも、』

ソファに二人で腰掛け、新羅はコーヒーを飲みながらセルティを見詰める。彼女のPDAに走る指の動きが、止まってしまった。
頭に疑問符を浮かべ、新羅は続きを促した。

「どうしたの?」
『………新羅、驚かないで聞いてくれ。』
「何?」

勿体ぶる彼女の先を促す。

『臨也と静雄って…恋人同士、なのか?』
「ごっふ!」

カップに口を付ける手前だった新羅は、セルティの言葉にコーヒーをぶちまけてしまった。慌ただしくタオルでソファにかかったコーヒーを拭き取り、詳細を訊くべくセルティに向き直る。

『だ、大丈夫か?』
「うん、大丈夫だよ。それより…その、それはどういうことかな?」




…―――数時間前

セルティは、「葉書を臨也に盗まれた!」と半泣き状態だった新羅を落ち着かせ、取り敢えず臨也を捕まえに新宿に来ていた。

――自分から臨也の所に行くなんて

癪だったが仕方がない。
馬鹿新羅は家に帰ってからお仕置きするとして、一刻も早く臨也から葉書を取り返さねばならない。

しかしそのとき、セルティの携帯電話に臨也からの着信があったのだ。苛々しながら通話ボタンを押せば、『よう運び屋』なんて能天気な台詞が聞こえたものだから、セルティは思わず携帯を握りしめる。

『そろそろ俺の家に着いた頃かな?』

――こいつは何でこう…人を苛々させるんだろう?

話し方か、行動か、いやどちらもか…と腹の中に沸き起こる怒りと闘う。

『残念ながら俺は今、池袋に来てるんだ。だから新宿に居ても俺には会えないよ。』

――何だって?

どうして池袋に?という疑問がセルティの中に沸き起こるが、素早く影でヘルメットに携帯をくっ付けたあと、バイクに跨がって方向転換する。

『あ、言い忘れてたけど、温泉旅行…だっけ?当選おめでとう』

――コイツ……!

セルティの怒りに呼応するように、バイクが大きく嘶いた。臨也の言葉はまだ続く。

『でも残念――君たちの家に届いた葉書…あれ、実は偽物でさ。最近ああいう懸賞を利用した詐欺が横行してるんだよねぇ』

――はぁ?!

耳を疑うような衝撃の事実をさらりと言い渡され、動揺して赤信号でブレーキを掛け忘れそうになった。

――あの葉書は偽物…?…
――詐欺……だって?

『当選しましたって葉書を送って、旅券を発行するからとか言って適当な理由をこじつけてさ、個人情報を盗み出すんだって。何に使うのかなんて知れてるけど…ほーんと、今時流行らない稚拙な手口だよねぇ。君もそう思うだろ?』

信号が青に変わった。セルティはアクセルを踏みながら暫し黙考する。携帯越しに聞こえるのは臨也がクスクス笑う声だ。

『っくく、だからさ、俺は君たち二人の恩人なんだよ?』

――…自分を棚に上げるな!

やはり痛め付けねば気が済まない相手だ、と臨也に一鎚浴びせることを決意し、セルティは電源ボタンを押して通話を切った。



池袋に着いた直後に、セルティは途中で偶然トムと連れだって歩いていた平和島静雄とすれ違った。ブレーキを掛けて停車すると、向こうも気が付いたらしく、振り向いた静雄が軽く手を挙げた。セルティがバイクをUターンさせれば、静雄は上司に何やら告げてこちらにゆっくりと歩いてくる。

「何か用か?」
『…用と言うほどのものでも無いんだが…』

そこでセルティは、臨也の居場所を静雄に聞いてしまうのはどうなんだろう…とPDAに打ち出すことを渋った。そもそも、知っているとすれば彼はここには居ない筈で、こんなに穏やかな表情をしていない筈で…。

結局、諦める事にした。

『悪い。やっぱり何でもない』
「?」
『仕事中に悪かったな、じゃあ。』
「…?ああ、じゃあな」

静雄に別れを告げて、シューターを嘶かせ、再び街を疾走し始めたセルティ。視界の隅に臨也の影を捜そうと躍起になってはみたものの…

――…無理だ
――この人の数じゃ…

早くも挫けそうになり、また赤信号で止まったときだった。視界の端に一人だけ、明らかに周りから浮かび上がって見える、探し求めていた顔があった。

――臨也!
――…何て言うのか…あいつ、本当に顔だけは良いんだな…あんなに周りから浮いて見えるなんて…

目の前を人だかりが通り過ぎて行くが、臨也もこちらに気付いているようで、薄ら笑いを浮かべながらセルティの方を見ている。

――っ…!!あの野郎…!

しかし、彼女の怒りは、直後恐怖に変わった。臨也の紛れている人だかりの後ろの方に――静雄の頭が見えたからだ。

――あああヤバい!!

あわあわと手で口を覆うような仕草をするセルティだったが、歩行者信号が静雄の手前で赤に変わったので、横断歩道上での最悪の邂逅には至らなかった。
だが、

「シーズちゃん」

そんな声が、セルティと――そして多分静雄の耳にも入った。
その後の光景は、想像に難くない。

――筈だった。
反対側に渡ったと思っていた臨也が、実は静雄と同じ側の歩道に居て、その声を聞いた静雄がいつもの様に臨也を追い掛けて行く。そこまでは至極いつも通りの光景だった。

二人がビルの狭間に入り込んだとき、セルティは慌てて止めに入ろうと追い掛けて行ったのだが――――行き止まりになった暗いそこで、二人がどう見てもキスとしか捉えようの無い行為を行なっているのを目撃したのだ。

――……
――えぇぇええええぇぇえええええええっ??!!
ど…どういう状況でこうなったんだ!?

軽くパニックを起こした。そりゃそうだ…あの臨也と静雄が、キ、ス…を――

セルティは音を立てないように後退り、外に停めておいたシューターに跨がった。






「―――それで今に至る……と。」
『……ああ、結局葉書もそれでおじゃんだ…』

コーヒーを啜りながら呟く新羅に、セルティは相槌を打つ。新羅は暫く黙りこくってしまう。

「……ふむ、あの臨也と静雄がねぇ?」

それから――何処か愉快そうににやついた。

「有り得なくは無いね」
『いや、無いだろ!?』




  ・・・・・


「温泉…?…」
「そ、温泉。」

静雄が首をかしげると、臨也は優しく微笑みながら問い返す。

「嫌?」
「嫌じゃ…ねぇ、けど、何で温泉なんだ?」
「知り合いに温泉旅行に行く奴が居てさ」
「新羅か」

静雄がそう言うと、臨也の笑顔が若干ひきつる。直後、それはまた普通の笑顔に戻った。

「…やだなぁシズちゃん、当てないでよ…。ん?でも口に出さなくても当てちゃうって事は、シズちゃんと俺は何かしら目に見えない深い絆でむ」
「ちょっと黙れ」
「ふぁい」

顎をむにゅりと掴まれて、臨也は喋る口を止めた。

――…いきなり何を言うかと思えば……

静雄は、顔を臨也から逸らした。耳が熱い。きっと今、自分はみっともない表情の筈だ。

臨也は時々こうして、静雄のふいを突いてとんでも無い事をさらりと言ってのける。

「……シズちゃーん、何考えてるの?」
「っ、何でもねぇよ!」

黙り込んでしまった静雄に痺れを切らせた臨也が、頬をむにゅりとつまんできた。

「とにかくまた連絡するから。次は絶対に電話出てよね。」

そう言い残して、臨也はその場を去ろうとする。そのとき――何故だか胸の辺りが苦しくなって

気付けば、臨也のコートの袖を掴んで引き留めていた。


「……シズちゃん?」
「……ぁ……」

情けない。
言葉が何も浮かんでこない。

ただ、手が言う事を訊かなくて、臨也の動きを袖を掴んだまま封じてしまっている。―――まるで、『行かないで』と引き留めているかのように。


「………」

無言で、臨也が近付く気配を感じる。そして、
――唇が触れ合った。

今までで一番、優しいキスだった。


急に込み上げてくる感情が涙となって頬を伝って、それを臨也が指ですくい払ってくれる。
それらはすべて、無言の作業だった。

「――シズちゃん、俺の事…好き?」


今なら、言える気がした。








「……好き、だ…」








  ・・・・・

翌朝


「――セルティーッ!!」

――な、ななななんっ!?

いきなり後ろからがばりと抱き着かれ、無い筈の心臓が飛び出そうなほど驚いた。自分の指を運ばせることにすら焦れて、PDAに慌てて影を走らせる。

『まままま待て新羅!おちおちおおつ落ち着け!』

文面からして、落ち着いていないのは寧ろ彼女の方だと言えるのだが。新羅は、ゴホンと咳払いをし、人差し指をぴんと立てて話し始めた。

「見てくれよセルティ!これは二ヶ月程前に私がある雑誌に応募した“温泉旅行”に当選した事を知らせる葉書だよ!!」

――……。
――この流れ、何処かで…

セルティは妙な既視感(?)に首をかしげた。そして――昨日臨也が言っていた事を思い出し、セルティは素早くそれを新羅に告げた。

「…あ、そっか……。じゃあ、あとは臨也の奴に押し付けちゃおう」

そして、郵便局員さながらに、セルティは新宿にある臨也のマンションに、その葉書を運んでいき、郵便受けに入れ込んだ。




「おや……?」

臨也は、身に覚えのない葉書を見て首を捻った。

「『温泉旅行』?…そんなの覚えが無いんだけど」

しかし、その裏面の宛名を見て、臨也は納得したように口角を上げた。

「―……ああ、そうか…

残念だね、新羅たち…

          」


宛名には、『岸谷新羅様』とあった。





後日、臨也と静雄は、その“本物の”当選葉書のお陰で、温泉に行けたんだとか。


「きもちいーねー…」
「ああ…」











20110305





以上、狗斗さまキリリク、「包容力臨也×愛されるのが恐い静雄」でした!
すみません…何も考えなしに書いてしまい、見事にごちゃごちゃ…。

全体的に静乙女テイストでしたが、本当はもうちょい考えてた(粟楠やらワゴンやらギャングやらが一枚の葉書を巡って複雑に絡みあう中心で愛を叫ぶ(!?)な話になる予定だった)んですけど、余りにも長すぎるので削りに削って、このような削りカスになってしまいました…。

結局、新羅たちは自力でチャカポコ温泉に行くんじゃないかなー?温泉に行ったところでシズちゃんと臨也は「はじめて」をしちゃうんじゃないかなー?など、どうぞご自由に妄想を楽しんで頂ければ……!


素敵なキリリクありがとうございました。

テルル




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