前編





事の始まりは、一通の葉書だった。その日、セルティ・ストゥルルソンが、仕事を無事終えて自宅に帰り着いた。そして、何気なく普段通りの習慣として、自宅の郵便受けを覗いたのだ。

そこには、なにやらダイレクトメールらしきものが数枚入っており、セルティはそれらを掴みエントランスを抜けて、マンションの一室へと向かった。

「おかえりセルティ!…ん、手紙かい?どれどれ、チェックしよう。」
『ただいま新羅。ああ…はい。』

ヘルメットを取りながら、自分がドアを開くとともに飛んできた同居人にそれらを手渡し、ソファへ向かう。
そしてリモコンを取り、既に点いていたテレビのチャンネルを変えようとした時だった。

「――セルティーッ!!」

――な、ななななんっ!?

いきなり後ろからがばりと抱き着かれ、無い筈の心臓が飛び出そうなほど驚いた。自分の指を運ばせることにすら焦れて、PDAに慌てて影を走らせる。

『まままま待て新羅!おちおちおおつ落ち着け!』

文面からして、落ち着いていないのは寧ろ彼女の方だと言えるのだが。新羅は、ゴホンと咳払いをし、人差し指をぴんと立てて話し始めた。

「見てくれよセルティ!これは二ヶ月程前に私がある雑誌に応募した“温泉旅行”に当選した事を知らせる葉書だよ!!」

――……。

その言葉に、暫し固まるセルティ。新羅が突き出した葉書を見ると、確かにそのような事が書いてあるようだが――

――いや、聞いてない。

『聞いてないぞ新羅!』
「やはりこれは僕たちの愛が呼び寄せた幸運!感慨無量!乾坤一擲の一通がまさか本当に当選してしまうなんてね!」
『でも……』

――首が無くても入らせてくれるのか…?

欣喜雀躍、といった様子の新羅に、溜め息を吐くような素振りを見せるセルティ。一体何がどうなっているのか良く分からないが、取り敢えず新羅がどうにかしてくれるのだろう。

そう思い、都市伝説の首無しライダーは、近々行くのであろう温泉について『あとでググろう。』と少しだけ浮き立ったのであった。初めその葉書を見たとき、若干の違和感があった事を忘れて。



翌朝

――
たん、
たたたん、
たたん

これは彼が踏むステップだ。
彼は時折鼻唄を口ずさみながら、ゴミ出しのため階段を下りていく。
そのとき、

「やぁ新羅、幸せそうだねぇムカつくよ」その幸せを一気に台無しにする人物が、こちらの肩を叩きながら現れた。岸谷新羅は露骨にげんなりした表情で、声のした方を振り返る。

「……君はいつも人が一番嫌がるタイミングにやって来るよね、臨也」
「狙ってやってるんだよ」

あはは、と二人して笑い――やがてそれはぴたりと止んだ。

「……何で知ってるんだ?」
「何の事かな?」

新羅の視線が、普段にはない強い光を持って臨也を貫く。それに臨也も若干目を細め、しかしいつも通りの口調で、肩を竦めてさらりと受け流した。

「そんな事より、さ。新羅、お前ニュース見てないのか?」

予想外の切り返しにやや拍子抜けした新羅は、素直に「見てないよ」と答えた。その答えに満足したらしい臨也が、にやりと笑う。

「ああ…そうか、うん、分かった。……じゃあな。」
「え、」

結局何の用だったんだと聞き返す間もなく、臨也は階段を駆け降りて行ってしまった。追いかけて問い質す程でもないか、第一身体に応えるし――と気持ちを切り換えて、ゴミ袋を持つ片手間に、懐に差し込んでいた昨日の葉書を取り出そうとした。

「――あれ、」

しかし、それらしき感触が無い。白衣のポケットや、身体中を触ってみるが、無い。階段にも、地上を覗いてみても落ちている気配は無い。だとすれば考えられるのは――

「――臨也?!」




  ・・・・・




平和島静雄は、いつものように上司の田中トムと、借金の取り立て業に勤しんでいた。

「――うーし…メシ食いに行くかメシー」
「そっすね」

大きく伸びをしながらそう言うトムに、大分お腹の空いていた静雄はこくんと頷いた。人の往来の絶えない昼の池袋は、正午過ぎという事もあり、更に人が多くなっている。
ふとすれば鳴ってしまいそうなお腹に手を当て、何を食べようか思案する。信号を待って、下を向いた。すると、足元に何かが落ちている。

「……あ?」

気になって取り上げて見てみれば、それは人に踏まれて大分字の剥げた一枚の葉書だった。

「ん、どうした静雄?」

信号が青になっても一向に進もうとしない静雄にトムが訊ねた。

「いや…ちょっと気になっただけっす。」
「?そうか」

そして、静雄はそれをぽいと捨てようとした―――が。



「シーズちゃん」

――ぐしゃり

手の中の葉書が、直後物凄い圧力に握り潰される。そのただならぬ空気を敏感に感じ取ったトムは、素早くその場を退避した。――実際それは正しい判断で、静雄はビリビリに破けたそれを道にばらまきながら、声のしたビルとビルの間の方へ駆け出した。


「っはは、元気そうだねぇシズちゃん?俺の電話には出てくれなかったけど。」
「う、るせぇ!!」

言葉が詰まる。
今、臨也は逃げていて、静雄はそれを追い駆けているが――実際はその逆だ。



数ヶ月前から、二人は所謂“恋人同士”という関係になっていた。相も変わらず、またふらりと池袋に現れたノミ蟲野郎を今度こそ潰そうとしていた時。

好きだよシズちゃん

なんて、いきなり臨也が言い出したものだから、その虚を突かれて口付けられてしまったのだ。臨也らしいと言えば臨也らしい強引な流れに引き込まれて、何だかんだでズルズルと何ヶ月も経ってしまっていた。

その間に教えられた携帯電話のメールアドレスや、電話番号。

しかし、それらから連絡が来ても、静雄は無視を決め込んでいた。

――どうしたらいいのか、分からないから。

自分も、結局臨也の事をそれなりに好きなんだと自覚しつつある。けれど、実際に付き合い始めてみると、相手とどう接していけば良いのか、距離感が掴めなくなってしまった。

そのうち、臨也からの連絡の回数も減ってきて少し安心するも、やはり何処か寂しさを感じる自分も居て。
そんな二律背反な状況が、ここ最近静雄を悩ませていた。

誰かに相談しようか、
とも考えた。

でも、それすら怖かった。
自分が、きちんと人を愛せるような――人に愛されるような人間だという自信の無い静雄にとって、臨也からの好意は嬉しくもあり、その一方で、

怖かった。



「あんまりことごとく無視されちゃうと……流石の俺でもちょーっと寂しくなるんだよね。」

何でもそうやって、自分の気持ちを素直に口に出来る臨也が、羨ましい。――自然、拳を強く握りしめる。

「シズちゃん……やっぱり俺の事嫌いなのかなって、不安になるんだよ。」
「……別にんなこと言ってねぇだろ」
「だから。その言ってないって事すら、普段から連絡つかない時点で分かんない訳じゃない?」
「………」

また沈黙。
臨也が、はぁと溜め息を吐いた。そして、ゆっくりと近付いてくる。

「……取り敢えず、キスしてもいいかな」



答えの代わりに、後頭部に手が回った時点で目を瞑った。




20110303







狗斗さま6543HITキリリク小説です
大変遅くなりまして、申し訳ありません…><

後編はもっといざしずいちゃいちゃします!



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -