好きだと言って。 ピルルルッ パソコンで作業をしていた臨也は、手元に置いてあった自分の携帯が鳴ったことに気付いた。―――しかし、作業の手を止めない。 一方で携帯は散々着信メロディを鳴らし続け、止まる気配が無かった。 「………はぁー…」 やがて懲りたのか、うんざりした表情で折原臨也はキーボードから指を離してそれを掴み、電源ボタンを押して強制的に通信を遮断した。 電話を掛けてきたのは、『シズちゃん』。 その名前が画面に写った途端、臨也は眉間に皺を寄せる。 「――どの面下げて電話なんてしてこれる訳?」 苛立ち混じりにそう吐き捨て、切れたコーヒーを再び用意しに立ち上がった。 ・・・・・ それは昨日の事だった。 いつものように、仕事の為外出していた臨也。しかし、今回は池袋での仕事だった為に、少しだけ浮かれていた。 「シっズちゃんに、会っえるっかな♪っと…」 上機嫌にステップを踏みながら歩道を進む仕事の帰り道。 つい一ヶ月前、臨也と静雄は気持ちが通じ合ったばかり――つまり付き合い始めたのだが、それ以来なかなか逢えないでいたのだ。 その間募っていた静雄への想いは、抱えきれずに現在臨也の表情や行動といったものに顕著に溢れ出ており、周囲は居たたまれずに視線を反らして近付かないようにしている。 そんな他人の反応を知ってか知らずか、彼は依然としてそのような調子を崩さずにこの池袋と言う街を、バーテン服というこの上なく目立つ白黒の色彩を求めてさまよっていた。 「……はぁ、何処にいるんだろ」 そろそろ意地を張らずに情報網を張ろうかな、と携帯電話を取り出した時だった。 「――臨也?」 キョトンとした顔で、自分が探し求めていた人物が真横に立っていた。一瞬の後に頬を綻ばせ、「シズちゃん!」と抱き着こうとする――が当然のごとく阻まれる。 「何でブクロにいんだ?」 純粋な疑問として訊ねられるも、その表情が何処かあどけなく感じられてつい吹き出す。 「っはは!可愛い何その顔!」 「何言ってんだお前?頭沸いたか?」 きょと、と心底何を言っているのかさっぱり解らない、といった体で首を傾げる仕草も、とてつもなく愛しく感じられた。 ――やっばいなぁ ――これも全部俺のものか…… 等と白昼堂々恥ずかしい事を考え始めた臨也だったが、その後ろにいる静雄の上司の姿を認めると、目を細める。 一方で、上司のドレッドヘアーの男は、普段犬猿の仲と称される程のバイオレンスコンビが街中で相対しているにも関わらず、何とも普通に会話している様子に驚いているようだ。目を丸くしてこちらの様子を伺っている。 そんな二人には気付かない静雄は、相変わらず穏やかな口調で臨也に語り掛ける。 「何か用事か?」 「……いや、仕事で」 ――敢えて言うならば、君に会いたくてこの仕事を引き受けたようなものなんだけどね。 そんな臨也の心中を一部も解さないサングラスの青年は上司の方を振り返り、じゃあ次さっさと行きましょう、などと話している。 「――ちょっと!……」 その様子に思わず手が伸びる。 「シズちゃん、そりゃ無いよ」 「?何言ってんだお前、俺は今から仕事なんだよ」 だからって――暫く会えていなかったというのに、それは余りにも 余りにも素っ気なさ過ぎる。 「一体何日振りだと思って」 「あー、悪ぃ……今はそんなんに付き合ってやれねぇから。」 ぴしり 面倒臭そうに頭を掻きながら放たれたその言葉に、心の何処かで亀裂が走る。 「……シズちゃんは平気かも知れないけど…」 「あぁ?」 「俺にとってはっ!」 「――何なんだよお前!さっきからうぜぇんだよ!」 臨也が力を込めて口を開いた途端、堪忍袋の緒が切れた――という体で、静雄が怒鳴った。その後ろで、トムが脱兎の如くこの場からいち早く離脱している。 時が止まった。 そう感じた。 ――分かっている。 自分が自分の勝手な都合で、こうして仕事中の静雄に話し掛けた事くらい。 そして、勝手に、心の何処かで期待していた事くらい。 もしかしたら静雄も、自分に逢えなくて寂しかったりするのではないか? と。 だがそれはやはり、自分の女々しい願望に過ぎなかったらしい。だからせめて――せめてこの場から何も言わず、"前みたいに"退散してしまおうとしたのだけれど。 「……俺がどんな気持ちで…ここに来たと思ってんの…」 余計だと解ってはいるが、口から溢れて溢れて止まらない。 「シズちゃんは全然――全然相手の気持ちなんか解ってない」 「いざ」 「俺がどんな気持ちでここに来たか……解る?」 歩道の脇、ガードレールに腰かけて、臨也は自嘲気味に笑った。まるで今の自分は、自分の都合だけ相手に押し付ける性質の悪い女のようだ、と。 そして、我に返ったのか静雄が恐る恐る手を伸ばしてきたのを、バタフライナイフで遮った。 「…っ」 「シズちゃんがさ、俺の事どのくらい想ってるのか…正直分かんない。素直じゃないってのは、分かるけどね。分かるんだけど……、」 くるくると、ナイフを手の中で弄びながら、臨也は自分に諦めたように言葉を紡ぎ出す。 「そう言うこと言われたら、さ、何かもう…嫌になっちゃうよ。俺はねシズちゃん、」 タン、とアスファルトの上に軽く降り立ち、静雄から離れる方向へと歩みを進める。 「"傷付いた"」 自分でも最悪の捨て台詞だと自嘲しながら、臨也は池袋を後にした。 ・・・・・ ――ああでも、俺は この状況を楽しんでいるんだ。 ひとしきり回想を済ませ、ギ、と回転椅子の背もたれに深く身体を沈める。パソコンをスリープモードにし、夕焼けの赤い光が部屋の中に差し込んでいく様をじっと見詰めながら、溜め息を吐いた。 ――でもアレだよね、 ――少しはシズちゃんに痛い目を見てもらわないと何にも状況は好転していかないし。 静雄は鈍い。 人の細かな心の動きや想いといったものにはとにかく鈍い。変に鋭い所もあるのだがそれはまた別の話として、臨也からしてみれば、それは恋人としては些か複雑な性質だった。 しかも、 「……自分の感情にまで疎いときた」 静雄は臨也の事を好きだ。 これは自惚れではなく事実だと自負してはいるが、何せ昨日のあの態度といい、それまでの様々な出来事といい、その事実を疑わざるを得ない状況にまで臨也の心は追い詰められていた。 好きだ、と言ったのは臨也の方からだ。それに対する静雄の答えと言うものは曖昧ではあったが、確かにその自分の言葉を受け入れるものであったと記憶している。 それ故に――もどかしい。 「………。」 携帯電話を手にとる。 昨晩から無視し続けていた着信履歴を見れば、一面が『シズちゃん』で埋め尽くされていた。 「……馬鹿みたいだよね」 どんな顔で相手が電話を掛けてきたのだろうと想像して、臨也は目を細めた。そして――また心の底で何かを期待していた自分に気付く。 「……電話掛けてくる位なら、 直接ここに来」 ―――ドガァァン ガス爆発でも起きたかのような音が、廊下の先から地鳴りのように響き渡って臨也の独り言を遮った。 「?……!?…」 余りにも唐突なそれに言葉を無くし、反射的に立ち上がったまますくんでしまう。 そして――廊下の奥から現れた人影に、混乱した状況が一気に収束した。 そこでまず最初に臨也は固定電話の受話器を取り、ある場所に連絡をする。 通話を切ったところで――丁度目の前に現れたその人物に向き直った。 「シズちゃん…」 眼前に、何故か服がボロボロになった静雄が立っていた。 怒っている様子でもない。 その僅かに切れている口端に、そっと手をやった。 「来てくれたんだ?」 「………っ、て、めぇがッ」 顔を歪めて、何かを堪えるように唇を噛み締める静雄。それを何もかも解っているという風に、包み込むような優しい微笑みで見詰めながら、臨也は尚も語り掛ける。 「……ちょっとは反省した?」 「…し、た……」 「…会いたかった?」 「……あい、たか…った…」 俯いて震える身体を、ぎゅうと抱き締めながら。 「――俺の事、好き?」 「っき、だ……臨也が、好きだっ!」 ――その言葉を聞いた瞬間に口付けていた。 噛みつくような荒々しい、本能のままに相手を求めるような。呼吸を忘れて、お互いの感触に集中する。 「……ん、っは…ふ…!」 「…っ」 どうしようもなく――好きだ。 ――丁度その頃、臨也から連絡を受けた警備会社の面々は、自分たちがバーテン服の人物により殴られ気絶していた間に、目の前のエントランスが半壊していた事態をどうにか収集するべく、穏便に修理の方向へ手続きを行なっていたのだった。 ともあれ、静雄の本心を聞き出す事に成功した臨也は内心でほくそ笑みながら、しかし半壊したドアの惨状を見て溜め息を吐く。 「――ほんと…少しは後先考えてよね」 「悪い…」 罰が悪そうに隣で呟く静雄の頬を、むにゅりと摘まむ。きょとんとした表情でこちらを見詰める静雄を見て、臨也は頬を染めた。 「…変な所で可愛いんだから」 「?」 「――全く…俺も大変な奴に惚れたモンだよ…」 「何言って――んんっ!」 それから暫く、池袋で平和島静雄の姿は見られなかったのだという。 一方的な休暇を言い渡されたトムは、首を傾げつつも久方ぶりの休日に、羽を伸ばしていた。 「……あいつ、今頃何やってんだろーな…」 2010/12/31 1600HITキリリク、ウツホさまありがとうございました!!「素直になってくれない静雄に拗ねてちょっと意地悪する臨也」とのリクでしたが、なんだか収まりがついたようなつかないような……(笑) 相変わらずのガックリクオリティで申し訳ございません><早くリクエスト通りの素晴らしいアイディアを生かせるような文章を書けるようになりたいです。 長い間お待たせ致しました。 ウツホさまがまだこちらのサイトを覚えて下さっている事を願って…。 テルル |