それが恋。それでも恋。 川越街道沿い 高級マンション ここは僕とセルティの愛の巣だ。5LDKの広い部屋に二人で住んでいる。そんな、唯一無二の絶対空間を揺るがす人物が今当に来ようとしているなど、誰が予想するだろうか? それが訪れたのは、僕がいつものように仕事へ向かったセルティを送り出し、よいしょとソファに腰を下ろした――その時だった。 インターホンが室内に鳴り響いて、俺は首を傾げる。 ――真っ昼間に誰だろう? 訝しげに覗き窓からドアの外を覗くと、それは一瞬で解決した。ドアを開ける事が躊躇われたけれど、結局その来客を迎え入れる事にする。 「やぁ新羅、久しぶりだね」 「臨也じゃないか、今日はどうしたのさ」 ――よりによってコイツか!セルティが居ない時で良かったよ全く…! 黒ずくめの旧友は部屋に入るなりコートを脱ぎ、まじまじと俺のことを見てくる。そんな彼をソファに座らせて紅茶を準備する。 「…何だい?」 「今朝ニュースで、羽島幽平の特集が組まれてて、それをチラッとだけ観たんだけど…」 「うん?」 おやおや、些か突拍子のない人物の話だなぁ。 羽島幽平とは、僕と腐れ縁の平和島静雄っていう怪力無双の友人の弟だけれど…。 「まあ、そしたらさ。彼の小学生時代の写真とかが出てたんだよねー。」 「へえ」 「その中にさ、兄弟で2ショットの写真があってね?……でも、何故かシズちゃんの顔にモザイクかかってて見られなかったんだよー」 「………」 ポットの湯を注いでいると、至極残念そうに項垂れる臨也の頭が目に入った。 ……シズちゃん。 奴の言うシズちゃんとは、平和島静雄に他ならない。池袋の喧嘩人形として名高い彼と、厄介事を巻き起こす胡散臭い情報屋の折原臨也は、公然には『犬猿の仲』として認識されている。 ――私もつい最近まではそう思っていたんだけどね。 彼らは、実は恋人同士。そう、僕とセルティと同じさ。でも、僕たちとあいつらを比較しないで欲しいね。性別というハンデを乗り越えた事に関しては評価しても良いけど、実際中身はどうなんだか……。 「だからさぁ、新羅……小学校時代のアルバム見せてよ」 「………どうして…君たち付き合ってるんだから本人に言えば良いだろう?」 「頼んだんだけど、恥ずかしがって見せてくれないんだよね〜、ああもう!思い出しても可愛いったら!」. ――はいはい…。 大体予想はついていた。 その時僕は、静雄が照れながらアルバムを臨也と取り合いになっている場面を想像して気分が悪くなった。……だけど、臨也が言うところの、静雄が『恥ずかしがって』とは、恐らく死の危険を伴う過剰防衛に他ならない筈だ。 ……それを嬉しそうに頬を染めながら話す臨也を見て、少し可哀想だな、と思った。 ――ん?待てよ。 「それじゃあもし仮に、俺が君に卒業アルバムを見せたとして、その事を静雄が知ったら俺も殺されるんじゃない?!」 「そうだねー、あっはは」 「冗談じゃない!取引を持ちかけるなら別として…どうして俺まで…って、ちょちょちょ…!!何勝手に探ってるの?!」 人が異議を唱える一方で、その意も介さずに臨也は部屋の隅やクローゼットの中を探り始めていた。止めて!!僕たちの部屋を勝手に荒らさないでくれ!! 慌てて止めに行くけれど、電話帳の辺りを探っていた臨也の手がピタリと止まった。そして中から赤い布張りの卒業アルバムが取り出される。 ―……時已に遅し。 「あっは☆案外簡単に見つかっちゃった。見せて貰うよ」 「……もう知らない。さっさと見てさっさと帰ってくれ…」 ああ、疲れる… 僕はすっかり憔悴しきってしまったよ。この疲れを仕事から帰ってきたセルティに癒して貰おう…!ああ、セルティ…早く帰ってきて…!! そんな事を考えていると、 「わーっ!!ちょっと待って何これ……か、かわっ…!やっばいよちょっと待って何これ…うわ……」 臨也が卒業アルバムの写真を見て日本語を破滅させながら悶絶していた。気持ち悪いと思いながら、俺も少しだけ気になって隣から覗くと、臨也が指差したところには、懐かしい旧友の姿が。 「おや……本当にこうして見ると結構可愛いものだね?」 今でこそ長身で金髪、サングラスを掛けてブチ切れながら暴れまわっている静雄だけれど、昔は髪は素のままの茶色に、やはりトップアイドルの兄とあって顔は整っていて愛らしい。大人しそうな、穏やかな表情でちょこんとパイプ椅子に座っている入学式当時の静雄は、確かに周りと比べても一際可愛らしく見えた。 「でしょ?もう何これ!可愛すぎるよシズちゃん!!惚れ直した!!」 ……僕の子供姿は目に入らないんだね。 若干呆れたけれど、もし僕がセルティの子供時代の写真を見てしまったら、この臨也と同等か若しくはそれ以上の反応をするだろうと思い―――あ…セルティの子供時代かぁ……っていうかそもそも妖精に子供時代ってあるのかな?この世に生を受けた瞬間から大人の身体だったのかなあ…産まれてくるときは…裸の…うへへ…… すっかり別の事を考えながらニヤニヤしていた俺を置いて、臨也はどんどんアルバムを捲っていく。 「えっ何これプール!?ちっちゃい!!シズちゃんちっちゃ…ああもう!やっばい超可愛い何これ天使?!待って待って……この教室で撮ってるクラス写真のシズちゃん不貞腐れてるけど担任に抱き寄せられてしぶしぶピースしてる!!……っていうか何この担任、疚しすぎるんだけど。何企んでんのこの笑顔の裏に……ん?」 ぱらり、とアルバムの間から何かが抜けて落ちる。それを臨也が拾い上げると、それは写真で、そこには小学生だと思われる静雄と幽くん、僕、そして今と変わらぬ愛しのセルティが四人で写っていた。 その静雄は、小学校の卒業アルバムには無かった無邪気な笑顔を浮かべている。 「「――ぐはっ!」」 その写真を見て悶絶したのは臨也だけではなく、僕も、今と全く変わらぬ凛々しい恋人の姿を見て鼻から血を垂らしていた。 ――ああシズちゃん! ――ああっ、セルティ! 変態二人の心の叫びがシンクロする。――ああ、変態でいいさ!ていうかセルティ…ちっとも今と変わってないね!! 「――俺、幼児が趣味とかそんなんじゃ無いけれどこれは……このシズちゃんは… ショタシズちゃんラブッ!!」 ・・・・・ 数秒前。 セルティが、たまたま途中で出会った静雄と話が長引き、家に連れて来たときだった。 『……』 「あ?どうしたセルティ、急に立ち止まっ」 「――ショタシズちゃんラブッ!!」 「……」 リビングに続く廊下の奥から、そんな大きな叫び声が響いた。 セルティは、後ろの人物が今どういう状態なのか振り返る勇気がなく、肩に静かに置かれた手の無言の圧力に、大人しく従うことにした。 「―――いぃいいいざぁぁああぁやぁぁああぁあああ――――っ!!!」 ・・・・・ 嵐が過ぎ去ったあとの、僕とセルティの家は、それはもう悲惨な状態だった。 散々僕たちを捲き込んで、見てるこっち側は恥ずかしいやら恐いやらの激しい言葉の応酬を繰り返したかと思うと、結局怒り狂ったままの静雄が先に帰って、そのあとに臨也が帰っていった。 ――人の家を何だと思ってるんだよあいつらは全く!! 自分も一緒になって悶絶していた事は棚上げにして、腹を立てながら散らかった茶器の破片を小さな菷で集めていると、後ろでセルティが笑っている気配がして振り返った。 『……何だかんだであいつらもあいつらなりにお互いをちゃんと好き合ってるんだな』 「……些か美化し過ぎだと思うよセルティ…。でも、静雄も臨也も、結局ああいう形でしか恋愛関係を保てないんだよなあ…。そうすることで、お互いの気持ちを再確認している様に見えるね」 『臨也も最近お前みたいな変態に近付いてきたしな…』 「あいつとは変態の種類が違うよ!――っていうか、僕はやっぱり変態なのかいセルティ!?」 あ、笑った。 セルティが可笑しそうに肩を揺らしている。そして、その仕草を見ると、不思議と俺の心が安らいでいく。 相手が笑うと、自分も嬉しい。 そんな恋愛を、彼らもしているのだろうか。 中身はどうだろうかと疑っていたけれど、本当の所、僕たちには見えない糸で彼らは繋がっているのだと思う。そして当人たちは、それに気付いていないのだ。悔しいけれど、その糸は僕とセルティを結ぶものとはまた別に強固なものだと思う。 まあ、こっちが穏やかな海原のような恋愛だとしたら、あちらはさしずめまだ上流を流れる川と言ったものだろうか。 ――どこまでも激しく、そして荒削りな。 それはやがて海へとたどり着き……いや、無いかな。そんな平穏な恋愛、あいつらには向かないよ。 ――――― 「……ねぇシズちゃん」 「ぁんだよ」 「もしシズちゃんが女の子で、俺たちの間に子供が出来たらびっくりする位可愛いだろうね」 「仮定からしてイカれまくってるお前にびっくりだよ、却下。」 「若しくはシズちゃんが黒ずくめの悪いヤツラに薬飲まされて小さくなっちゃっても許す!」 「俺が許さねぇよ、しね。」 「ありゃ……手が出ないね。ちょっと優しくない?今日」 「………」 「もしかして、可愛い可愛い言われて照れちゃったり?あ、嬉しかった?」 「……ああ、お前殺されたいのか」 「……ごめん、納得したように言われると思ったより身に染みたよごめんなさいお願いだから首の手を離して」 2010/12/16 1010HIT蛇の目さまキリリク小説でした!! すみません…へんたいざやさんが上手く表現出来たか心配です(笑) 新セル個人的に好きなので登場させました。 素敵なリクエスト&リク時のコメントありがとうございます^^これからも頑張ります〜!お気遣いも本当にありがとうございました!! 蛇の目さま、そして当サイトへ足を運んで下さるイザシズファンの皆様へ感謝を込めて…… テルル |