"The Twins" 『初めまして…平和島静雄、さん?』 『君の仕事は、ただ俺に付いてくるだけだから』 そう言われて、折原臨也という探偵の元で働き始めてもう一ヶ月半が経とうとしていた。 平和島静雄は、その雇い主が部屋から出てくるのを苛々しながら待っていた。 「……まだっすか」 「ちょっと待ってー」 「…もう全然ちょっとじゃ無えだろ!…早くして下さいよじゃないと…」 「ああ!はいはいお待たせ!」 朝の事務所。11階建てビルの最上階に構えられた臨也の事務所は、やたらと広いしやたらと天井が高い。シャワールームまで完備されており、入って奥には臨也専用の、臨也以外立ち入り禁止の部屋がある。 従業員は、静雄を含めて二人しかいないので、本当にスペースを持て余していても可笑しく無いのだが、静雄にはよく分からない書類やら資料やらを収納する大きなスライド式の棚が、硝子張りになってない方の壁に敷き詰めるようにして置いてあり、それが部屋全体に威圧感を放っているため、本来の広さはそうは感じられなかった。 事務所の入り口から右手と左手に部屋が分岐しているが、右側に曲がると、片面がガラス張りの、棚やら机やらが置かれた整然とした大きな仕事場。左に曲がれば、そこは客間の様になっており、高級そうなソファが部屋の中心に机を挟むようにして向かい合って置かれている。それ以外は、観葉植物が窓際に、大きなテレビとプレーヤーが突き当たりに置かれているだけだ。 先程から静雄が臨也を待っていたのは、右側の部屋……つまり事務所側という事になるのだが、その事務所の奥に、一つだけ窓のないドアがあって、そこが臨也専用の部屋だった。 中で何をしているのかは窺い知れず、「今すぐ出掛けるよ」と言われてかれこれ15分ほど待たされていた静雄は、 (全然今すぐじゃねえ!!) と、我が侭な雇用主に痺れを切らせていたのだが。 今、ようやく中からいつもの黒い服装の臨也が慌ただしく姿を現した。 「いやーごめんごめん…!少々手間取ってたよ」 何を……と思ったが、腹いせとばかりにずっと前から気になっていた事を訊いた。 「……あの部屋、何があるんすか?」 「うーん……ひみつ道具!」 「……全然笑えねーし」 「ぇえ!?そう?」 ケラケラと笑いながら臨也が静雄の肩に手を置いてくる。 「まあ、冗談はさておき。行こうか。」 何だかんだではぐらかされてしまい、心の中で溜め息を吐きながら静雄は臨也の後について事務所を出ていった。 ・・・・・ 臨也の事務所は池袋にある。彼の自宅マンションは新宿にあるらしいのだが、割りと多忙の為事務所に泊まる事が多く、家には滅多に寄り付かない。 今日は臨也が、その自宅に必要な物を取りに帰るという事で、静雄が同行しているのだ。 いつものバーテン服だと目立つので、今日は比較的ラフな恰好で来ていた静雄。事務所の前の道路を歩いていると、真横から視線を感じて顔をそちらに向ける。 「……何」 「いやぁ、イケメンだなーって思って!」 「……本気で言ってんのかアンタ、それ」 「嘘吐く意味無いじゃない。スカウトとかされないの?」 「………無いことは…って、そういうのはアンタの方が多いんじゃねえの?」 隣を歩く眉目秀麗な青年は、その質問に肩を竦める。 「いや?」 「嘘だろ?」 「嘘だよ?」 「……はぁ」 全く真意が読み取れない。無駄だと思われるやりとりの中で、しかし静雄は、確かに臨也の不確定性を感じ取っていた。 掴めない。 何となく"不安定"な感じがするのだ。静雄が"力"で他の追随を許さないならば、折原臨也は"言葉"を操り人を動かす天才だろう。 かくいう静雄も、臨也の口八丁に毎回乗せられて、弄ばれている気がしている。 今のやりとりだって… 本来の彼ならば、とっくに痺れを切らせて殴りかかっていく相手なのだが、不思議と手を上げるには至らない。 そこが静雄自身にも理解できないでいる。多分、いきなり会社を解雇され途方に暮れていた時に気前よく雇ってくれたのがこの私立探偵だった訳で、そうだからなのではないだろうか。 秘書として働いている波江は臨也の事を嫌っている様だが、静雄はそれ程でも無かった。 自分という存在を認めて、必要としてくれている人間だから……なのだろう。 ・・・・・ 新宿 「はー、もう2週間ぶりだよ自宅に入るのは……繰る日も繰る日も仕事仕事…」 エントランスを解錠してエレベーターに乗り込むと、臨也が伸びをしながら愚痴を溢した。静雄はそれを聞き流しつつ止まったエレベーターに臨也の出るのを待つ。 しかし、一向に臨也は出ようとせず、何やら耳をそばだてて口を開こうとしたこちらを制した。 「……?」 それに倣って静雄も耳を澄ます。 「――ら、――!」 何やら奥の方から、少女を思わせる高い声が響いている。この階には臨也の部屋しか無いので、何処か他のフロアから聴こえていると言うことになるが…。 しかし静雄の聴覚は、確かにこの階の廊下からその話し声がしている事を捉えた。思わず臨也の方を振り向くと、エレベータの鏡に、うんざりした表情で腕を組み凭れていた彼は、溜め息混じりに黙ってエレベーターを出ていった。 どういう事か分からず、頭に疑問符を浮かべながらその後をついていくと。 「あっ!来た来たイザ兄っ、久しぶりー!!」 「久(ひさしぶり)」 ピンクと白で色ちがいのパーカーを着た二人の、顔の良く似た高校生くらいの女の子が、何やら紙袋を持って部屋の前に立っていた。 呆気に取られて静雄が立ち止まると、臨也があっという間にその二人に腕を掴まれた。 「ねぇねぇイザ兄!あれがもしかしてイザ兄が言ってた人?何かさ、羽島幽平に似てない?!ねっ、クル姉もそう思うよね!!」 眼鏡に三つ編みの、ピンクのパーカーを着た少女が、かなりはきはきとした口調でこちらを指差してそんな事を言う。 対して"クル姉"と呼ばれた方の、白いパーカーを着たショートカットの少女は、静かにこくん、と頷いた。 「なん……、おい、誰…?」 何処と無く誰かに似ている顔と、「イザ兄」という呼称。もしかして……と思いつつ臨也に向かって問うと、疲れた様な顔で彼は答えた。 「……そ、双子の妹だよ…俺の」 ・・・・・ 一人暮らしにしてはやたらと広い臨也の自宅マンションのリビング。そこの向かい合うようにしてあるソファに、片側に臨也と静雄、その向かいに臨也の双子の妹――九瑠璃と舞流がぴったりと身を寄せ合って座っていた。 そして、その間に存在するテーブルの上には、先程静雄が見掛けた、舞流が持っていた紙袋が置かれている。 一呼吸置いて臨也が口を開いた。 「で、お前ら何しにここへ来た。ていうか、そもそもどうやってここまで入って来れたんだよ。」 「この紙袋をさ、まー拾ったんだけど、」 「無視か…」 眼鏡を掛けた一見大人しそうな印象の少女――舞流が、臨也の質問を無視して高いテンションで話し始める。 「うーんと、まぁ、ぶっちゃけ私たちにはよく分かんなくてさ!だから取り敢えずイザ兄に見せてみようって!」 ね、と舞流が姉に向かって同意を求めると、九瑠璃はこくりと頷く。それに対し、あからさまに嫌そうな顔をする臨也だが、机の上に置かれた紙袋を引き寄せ、中を覗いた。 ――すると、臨也が目を見開いた。 「……これ、何処で手に入れた。買ったのか?」 「…?」 普段の彼からは窺い知れないその声色に、静雄は違和感を覚える。そして、臨也は何処か――楽しそうな表情をしていた。 舞流は兄の質問に心底嬉しそうな顔で答える。 「ううん!拾った」 「何処で」 「男(おとこが)……落(おとした)」 「そうそうそう、あたしたちが池袋を二人でぶらぶらしてたらさぁ、急に男の人が脇道から走って出てきて!その人が落としてったのを拾ったんだよっ」 未だ興奮冷めやらぬ、といった調子で紡がれる言葉に、臨也の口角が段々とつり上がっていく。傍でそのやり取りを見ていた静雄だが、初めはあまり興味の無かったその紙袋の中身が気になってくる。 「でねっ、その男の人が走ってった後に警察の人が追いかけて行ってて、もうすっごかったんだからぁ!!」 「驚(びっくりした)」 「…で、何があるんすか。その中に」痺れを切らせてそれを訊くと、明日の天気の話でもするような口調で臨也が平然と言い放った。 「え?覚醒剤」 「…………」 「……――これをあいつら(警察)に渡さなかったのは上出来かな」 「きゃはっ!イザ兄が褒めてくれるなんてめっずらしー!!」 「無(ありえない)」 「あり得ねえのはてめーらだろ!!」 臨也の言葉に呆然としていると、何事も無かったかのように話を再開した三人に向かって静雄が立ち上がって抗議した。 ひょっとしてコイツ今―――物凄く………物凄く危険な事を言わなかったか? 「なにーシズちゃん、別に後でちゃんと警察に渡すから心配しないでよ〜」 「その場で渡すように言やいいだろ!何で上出来になんだよ!」 ああ…完全に突っ込み役じゃねえか… と自分の状況を嘆く静雄だが、一方で「えいっ」と舞流が袋を逆さまにして中身をぶちまけると、それを見て更に頭が痛くなる。 テーブルの上に、一見して只の錠剤の様に見える、色とりどりのものが広がった。 ――完全にどっかで見たことある感じのアレじゃねーか…! 「この袋じゃなくて、あの男の人が持ってたのはバックなんだけどね?面白そーだったから中身探ってたんだけど、こんなのが沢山入ってて!!」 「そのバックは?」 「持(もってかえってる)」 しかし、淡々と話を進める折原兄妹。 普通じゃ無かった。 やがて二人は部屋を後にし――隣で終始項垂れていた静雄に向かって、臨也が話し掛ける。 「お疲れさまー、何か飲む?俺ちょっと着替えとか取ってくるからさ」 「……いや、いい…」 ――本当に疲れた…精神的に しかも、袋の中に収められたものの、リビングのテーブルの上には依然として非合法なブツが堂々と置かれている。 今も気が気でならない。 そんな静雄に対して、臨也は心底満足そうな笑みを浮かべていた。ほとほとその神経には呆れる。 この部屋に入り、あの紙袋の正体を知るまで静雄の頭に浮かんでいた、『何故妹を見て嫌な顔をしたのか』とか、『セキュリティの厳しいここにどうやってあの二人が入ったのか』などという疑問は、むしろそんな事を疑問に思えていた数刻前の自分を羨ましいと思える程に霧散していた。 「……早く帰りてぇ…」 「んー、あれ?無いなぁ…どこいったんだろ…」 「……………早く帰りてぇ」 2010/12/11 ―――長い!! クルマイ個人的に大好きです。 あと、このシズちゃん、原作よりは大人しめです。というより臨也を嫌ってないという点で既に違いますが…。 さしずめトムさん的位置…でも同い年だし、という感じで、敬語とか色々混じってます。 決して私(書いてる人)が迷ってるとか、そんなんじゃあないんだ。多分。 |