"At the hidden house"


都内某所 夜


ざわざわとした喧騒が建物の中で響いていた。とある高級ホテルのVIPルーム。そこには、30人ほどのスーツを着た男たちがせめぎあっている。全員が、どこか鋭い目をして、何かを待っているようであった。

恐らくは何らかの組織なのだろう。一番奥で一際大きな赤いソファに座って足を組んだ、白いスーツに身を包んだ金髪のオールバックの男を頂点として、他の男たちが仕えているような配置である。
中心の金髪男は鼻が高く、角張った頬骨と飛び出たような目をしている。それらが、全体的に痩身なイメージを周りに与えていた。

高級な絨毯の上に虎の毛皮を敷き、その上に置かれたソファ。それに座る人物の両隣りには、二人の肉感的な美しい女が侍っている。
彼の周りを取り囲む様にして5人ほどの屈強そうな男たちが立っていて、金髪の男がそのうちの一人に手を上げると、どこからともなく一杯のワインが恭しく差し出された。

『"彼"はまだかね』

男はイタリア訛りの英語で、部下の一人に話し掛ける。
金髪の男は、しきりに足を組み直してそわそわした様子で、ワインを受け取った。

『はい、まだ来ておりません』

こちらは流暢な英語で淡々と答える。それには反応せず、金髪の男はワインを傾けて相変わらず落ち着きの無い様子だった。

――すると、奥の方から人が出入りする音が聴こえ、室内は水を打ったように静まり返った。

『お久し振りですね、デニーノ・フェルプスさん……いえ、こうして直接お会いするのは初めてですが。』

奥から現れた男は、こちらに向かって歩きながら挨拶の言葉を口にした。
その姿を見た金髪の男――デニーノは立ち上がって、近付いてきた相手と握手を交わした。その男は、紛れも無くデニーノが待っていた男で、彼の座っているソファに向き合うようにして置かれた黒いそれに腰を下ろす。直ぐ様部下がその人物にワインを差し出したが、手を振って断られた。

デニーノはワインに口を付けながら、その男を見た率直な感想を漏らした。

『フム……想像していたより随分とお若い。いったいおいくつですかな?』
『……』

しかし目の前の男は黙ったまま、ただその顔に真意の読み取れない笑みを浮かべている。
デニールはそれに気味悪さを感じて、それ以上の追求を諦めて話題を変えた。

『フフ…まあ、それはさておき……例の件ですが、我々は非常に感謝しておりますよ。お陰でこうして私がここに居る。』
『ああ、……そのようですね。それはいい、実に良かった。』

愛想良く返ってきたその言葉に、些かの歯切れの悪さを感じつつもデニーノは気にしない事とした。
目の前に居る男相手に、自分が"しくじる"訳にはいかない。何としてでも、こちら側へ置いておかねばならない存在なのだから。

『……で、報酬はいくら払えば良いですかな?』

肝の小さい自分が、ここまで成り上がれたのは。

『幾らでも払いましょう。』

目の前の男のお陰に他ならないからだ。

相手の反応を窺うと、やはり真意の読み取れない独特の笑みを浮かべてこう言った。

『金の延べ棒でも頂きましょうかね』






直ぐに用意させた金の延べ棒を、指定された場所へ直ちに部下に運ばせた。しかしそれは何もない空き地であり、デニーノが一瞬計画していた彼の住所を突き止めるという作戦は、やはり失敗に終わる事となる。

――いざとなれば殺すまでだ



自分は"彼"を怖れている。
いつ裏切られるかと、ビクビクしている。


彼が去った今、最後の会話が思い起こされる――

『貴方とはいいビジネスパートナーになれそうですな』
『ええ…そうですね』
『くれぐれも…



裏切らないで下さいよ………』










  ・・・・・


翌日 朝


「……また覚醒剤」

コーヒーを飲みながら一息吐いていた矢霧波江は、気が向いて開いた今朝の新聞の見出しの一つを眺めて呟いた。

記事の内容は、《都内中学生の間で違法薬物が蔓延、その実態と、そこから見えてくる現代の子供たちの姿》等で、波江にとってさして重要ではないことだったが、彼女が以前勤めていた会社の下の方に、そのような薬を扱っていたグループがいたことを思い出したので、少し気になったのだ。

「ま……関係無いわね」

コーヒーを飲み干し、新聞を事務所の机の隅に追いやってノートパソコンを開く。

その時、事務に関しては一切働かない雇用主の憎い顔を思い出して、苛々しながらキーボードを叩いていると。

ガチャ、と事務所のドアが開き――その雇用主が現れた。

「お早う波江、今日は特に早いねー」
「……」
「え、無視?」
「仕事の邪魔よ」
「俺が雇ってるんだけどなぁ」

だからこれは本来あんたの仕事だろう、と心の中で突っ込み、波江はあからさまに大きな溜め息を吐いた。しかし、雇用主――折原臨也はそれをさして気にするふうでもなく、足取り軽く事務所の奥の部屋へと入っていく。扉が閉まった事を確認すると、波江は苦々しく愚痴を溢した。

「……何かいいことでもあったっていうのかしら腹が立つわね、あれ」

「臨時収入があったからねぇ」

「―――…なっ…!」

後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向く。

「……」
「ああ、良い顔だねぇ、実に愉快だ……信じていた事実に裏切られたっていう間抜けな顔だよ。」
「貴方……いつか絶対に殺すわよ。」
「おや…なら殺される前に君の"情報"を流しておくことにするよ。」
「…っ……最低ね。普通じゃないわ、どうかしてる。」

歯軋りをして苦し気に言い返す波江を見て、臨也は満足そうに、場にそぐわない柔らかな微笑みを浮かべた。

ぱっと波江から離れた臨也は、一面ガラス張りになっている、事務所の道路側に面した壁の前に立ち、行き交う人の流れを見詰めながら波江に語りかける。

「……人は何も知らない。自分が一体どれだけの他人に支えられて生きてると思う?今彼等が当たり前のように歩いている"街"が、"社会"が、"モノ"が、一体どのようにして出来ているのか――人間はそういう"物事の裏側"に欠片の興味も持たないんだ。自分たちを支えている"目には見えないもの"には、目をくれようともしない。……その癖、他人には認めて貰いたい…だなんて……くは…なんて傲慢で愚かな生き物なんだろう!あははは!」

それを聞いていた波江は、心の底からこの男を嫌悪した。
―――歪んでいる。

「……どうして貴方、探偵になんてなったのよ」

そんな男が、何故――

臨也は沈黙し、やがてこちらを向いてガラスに凭れ、自嘲気味な笑みを浮かべて語り始めた。

「俺は人間を愛しているんだ。善人も悪人もみんなみんな……心の底から、ね。だから、純粋に人間の事をもっと知りたいってのもあったけど……それだけじゃあない。」

一旦そこで切り、一呼吸おいて口を開く。

「………俺には"好都合な職業"なんだ。色々とね。」

「?」

その言葉の真意が読み取れず、波江は疑問符を浮かべる。それを見た臨也は苦笑した。

「いずれ、知ることになるさ……近いうちに必ず、ね……」

そんな意味深な事を言ったかと思えば、直ぐに表情を変えて臨也は事務所内をぐるぐると歩き回り始める。

「ねーえシズちゃんはまだー?」いい大人が駄々っ子の様に口を尖らせて、先月雇った用心棒の名前を呼ぶ様は、少々気持ち悪かった。
波江は、呆れ顔で作業を終えたパソコンを閉じ、事務所の壁時計を指差す。

「だって貴方――まだ朝の6時なのよ?」
「あれぇ、そうだっけ?うーん……そんなに早かったんだねえ」

白々しいその様子に、波江は段々腹が立ってくる。

――こいつ…労働法違反で訴えてやろうかしら。

しかし実際自分の立場からしてそのような事は出来ない。それらを含めて全て分かって自分をからかっている目の前の男に殺意を覚える。


「ああ……早くシズちゃん来ないかなぁ…」

シズちゃん、とは、先月彼が何処からか雇ってきた平和島静雄という男である。一見して穏やかな顔つきで、背が高い、特に何の変哲も無い普通の青年だ。何故かいつもバーテンダーの服を着ていて、整った顔をしていて、異常な怪力で沸点が低すぎる、という点を除けば、だが。

波江にとって馴れ合いは必要無かったし、それ以上詮索するつもりも無かった。

しかし、一つだけ気になる事がある。


「……気に入ってるのね、彼」
「え?ああ…そんなんじゃないさ………あいつが居ないとおちおち出掛けられないからね。」


どうして今更になって、"用心棒が必要"になっているのだろうか。
それまでは、彼自身で身を護れていた――その筈なのに。

今――彼の保身能力を遥かに凌ぐ敵がいるということだろうか。



折原臨也は相変わらず何も窺えない優しげな微笑みを湛えて、人の往来を見下ろしていた。




「……早くシズちゃん来ないかな」







2010/12/03





探偵シリーズでの臨也さんは、原作とはちょい違います。
波江はこんな感じで、臨也もあまり変わんないですが(笑)
あと、臨也と静雄は同い年ですけど、静雄とは高校違います。
取り敢えずここまで設定バレ。




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