"Sooner or later,"―後




「―――っ、たたた…」
「ッて、んめ…!何考えてんだ!?」

部屋の端のクローゼットまで吹き飛んだ臨也の華奢な体躯。
打ったのか、肩を押さえながらじりと上半身を起こす臨也に向かって、静雄はその脳内での混乱をぶちまける。


キス、をされた。 
男に。
――臨也に。


「……、」

立ち上がってずんずんと臨也に近づく。握り締めた拳は固く、静雄は歯を食いしばっていた。しかし、静雄はその拳を臨也に振り上げることは出来なかった。理性だとか、そういう次元ではなくもっと深いところで、ブレーキがかかっていたのだ。右肩を押さえたまま項垂れている臨也の頭を見つめたまま、静雄は立ち尽くすしかなかった。

「……どんな、だろう…って、」
「っ」

そのとき、臨也がぽつりと小さな声で呟いた。

「どんな…だろうって、思ったんだ。」

ゆっくりと、
頭をもたげながら。


「君とのキスは、どんなだろうって。」


――ッッ!!

ふざけんな――と。一瞬、ほんの一瞬だけ、静雄の中に巨大な感情の渦が沸き起こった。しかし、それは急速に衰退していった。どうして自分が“単純な興味”でキスをされたことに怒りを感じなければならないのだろう、と。どうして、“キスをされたこと”に怒りを感じなかったのだろう、と。

臨也の赤い瞳が、下からこちらを窺うように見つめてくる。
思わず顔を反らした。――見られたくない。こんなみっともない表情を、臨也に見せたくない。

心臓が、強い鼓動を打ち鳴らしていた。

――ぁ…だ、め…だ…

これは、気付いてはいけない。
あってはならない感情だ。
だから、――お願いだから



「俺、…シズちゃんが好きだ……好きなんだ。」



ぱきん、と。

静雄の中で、何かが破れた。

熱いなにかが、体中を駆け巡る。
それと同時に頭の隅で、もうひとつの見えないなにかが、「危険だ」とサインを送り続けている。警鐘は鳴り止まない。でも、――とめられない。


「…っ……」
「……俺を、受け入れてくれる?」


…――気づけば、大量の服を下敷きにして、床の上に寝させられていた。

あたたかくて、心地いい。
満たされた時間を、二人で過ごした。




  
  ・・・・・




――目が覚めると、辺りは真っ暗だった。

「…い、ざ…」

直接肌にかかっているのは薄い布団で、まだ覚醒していない頭でゆるゆると過去を遡る。――そして。

「っっ!?」

静雄は飛び起きた。
何も身に付けていないことを再確認し、あたふたと布団を被り直す。五月蝿ぇ止まれ心臓!などと破滅的なことを心の中で叫びながら、布団のなかで体を丸めた。
まだ体が熱かった。

「……っぁ、」

頭がぼうっとする。駆け巡るのは記憶の中の臨也の声だ。
どきんどきんと血流が逆流しそうなほどに、ともすれば泣き出しそうなほどに恥ずかしい。

――うう…マジで立ち直れねぇ

口を手で押えたり前髪をくるくるしたりしながら意識を違う方へ向けようとするのだが、なかなかどれも上手くいかず、静雄は布団の中で悶々とするばかり。今この場に臨也が居ないことだけが唯一の救いだった。

――あれ、“居ない”?

「…かえ、った…のか?」

そういえば。と静雄は何時の間にやら移動していたベッドから身を起こし、周囲を見回した。いつもどおりの寝室だ。部屋の隅には丁寧に今日臨也が買ってくれた服が積まれており、カーテンも閉まっている。

…少しだけ、寂し――

「い訳無ぇだろ、馬鹿か俺は。」

ぶんぶんと頭を振って思考を打ち消し、とりあえずシャワーでも浴びるか、と部屋を出た。








ザァ――…と、熱いシャワーを頭から被って、体中に張り付いた感触を取ろうとした。でも、結局何にもならなかった。

「お、れ…は…」

ペタリ、と。
タイルの壁に手を突いて、静雄は項垂れた。

いきなりのキス、そして――

「……」

もう色々と、何もないとはとても誤魔化しきれない、引き返せないところまで来てしまった。明日からどんな顔をして臨也に会えばいいのだろう?いつも通りに出来るだろうか?――大分落ち着きを取り戻してからは、そういった不安ばかりが頭を掠める。

臨也は、自分を好きだと言っていた。
そして――キスをしてきた。

それはもう、今までの、単なる雇用主と社員という関係ではなくなることを意味している。そしてそれを受け入れたのは、静雄本人だ。

「……っ、」


――大丈夫、なのか?


静雄は自分に問う。


――今まで通りに、アイツと……


そのとき、はっとした。

もし…もしも、このまま臨也と“そういう”一線を画した関係になってしまったら、いつか必ず“終わり”が来てしまうのではないか――?……と。

静雄は何よりも、臨也との関係を失うのが怖かった。
誰かとの――自分を分かってくれる、好きだと言ってくれる人間との繋がりを失いたくなかった。


…失ってしまったら?
もし、今の自分から、“折原臨也”が失われてしまったら――?


「…ッ、…」


その身体のぬくもりを
自分にだけ見せてくれた温かい眼差しを

――もう、忘れることは出来なかった。


「…っふ、…ぅ…ッ」

下唇を噛み締めて、嗚咽を押し殺す。
風呂場には、水流が肌と床を叩く音が充満していた。




  ・・・・・


 翌朝
 池袋 オフィスビル11F


「……あら、」

ドアをくぐると、そこには見知った女が驚いたような表情でいた。
臨也の秘書である、矢霧波江だ。コーヒーを片手に我が物顔で臨也の座る椅子に腰掛け、新聞を読んでいる。

「おはよう、ございます。」
「……、」
「…なんすか?」

やや逡巡したあと、ぎこちなく挨拶をすれば、そのままじっと見詰められた。
訝しげに問う。

「…今日、一緒じゃないの?」
「あ…、」

そう訊ねられ、静雄は声を詰まらせた。
――そうなのだ。
いつもいつも、毎朝異常に早い時間に起こしに来ては一緒に仕事場に通っていた臨也が、今朝は来なかったのだ。シャワーを浴びていたときに感じていた不安がぶり返し、思わずぎゅうと拳を握る。

「それと…服も、いつもと違うわね。イメチェンかしら?」
「えっ、と…」

波江がしげしげと静雄の今日の服装を見ている。それもそのはず、折角臨也にあれだけ大量に買ってもらった服なので、そわそわしながらも一応身に付けて来た。なので、いつものバーテン服ではない。基本的に静雄の仕事に服装の規定は無いので、別に後ろめたい気持ちは無いが、慣れない感覚に少しだけ恥ずかしくなる。

静雄の緊張した面持ちに不思議そうな顔をした波江も、元々どうでもいいことだったのか、すぐに興味を切らせて新聞に視線を戻してしまった。静雄も、なんとなくなあなあになった空気にひとまず安心して、自分に一応割り当てられている席に着く。
…と、そこで静雄は思った。

――やることが、ない。

臨也のボディガードとして務めている静雄には、基本的に(というか全体的に)事務仕事は割り当てられない。そういった処理は目の前の波江がほとんどをこなしている。そういった事情もあり、そして臨也の趣味もあり、静雄の机の上には静雄の持ち物は一切置かれておらず、臨也が買ったのであろう雑誌がどっさりと山のように積み上げられていた。
波江は仕事を完璧にこなす几帳面な人間だが、こういった雇用主の個人的な部分には一切干渉しない。つまり、静雄の机の上は、臨也の散らかし放題と言うわけである。

手持ち無沙汰にしているのも何なので、なんとなく、雑誌の山の中から一冊だけ取り出した。それは、女性週刊誌だった。

「……。」

他にも、漫画雑誌やファッション雑誌。様々な年代向けの今月分、あるいは今週分の雑誌がずらり。…どうやら、この雑誌の山を形成していたのは全て、今月あるいは今週発行されたものらしい。それが山になるほどもあるのだから、どれだけ揃っているのか想像してみて欲しい。

――静雄は軽く笑みを浮かべていた。
全てが、アイツらしいな…と。

と同時に、今朝臨也が家に来なかったことを思い出して、また胸が締め付けられる。
昨日の今日だったので、嫌な方にしか考えが回らない。

――早く来いよ…ばか…

ぎゅう、と目を瞑った。



と、そこで。

「……可笑しいわね、もう9時よ?10時から依頼人が来る予定なのにまだ来ないつもりなの?あいつ。」

先程まで優雅にコーヒーを啜っていた波江が、唐突にそんなことを言ったのだ。
静雄はパッと顔を上げる。

「え?」

……変だ。
臨也は、いつも仕事の入っている3時間前には仕事場に居るのが常なのだ。面談の予定が有ろうが無かろうが、午前9時の時点でまだ出勤していないということが既に異常なのだが、これはさらにその異常さを際立たせる。

静雄は、波江の方を見た。

「何か聞いてないのか、連絡は…」
「何も聞いてない。連絡の方は、今メールを送ったところよ。」

――何か、嫌な予感がする。


先程とはまったく別の種類の、嫌な予感が静雄を襲った。
それは、何故か波江も同じようだった。
顎に手をあてたまま、何かを考えているように見える。

「――…おい、」
「…分かってるわ。」

焦燥に駆られたように静雄が声を上げると、波江は何か苛立った調子で返してきた。不気味な焦りが形を持ってすぐそこまで迫っている。すると、考え事をしていた波江が、いきなりパソコンに向かって何か作業を始めた。直ぐにコピー機の電源を入れて、何かを印刷した。静雄はそれを落ち着かない体勢で見つめていたが、波江がこちらに差し出してきた、印刷機から吐き出された紙を受け取る。

紙には、何かの住所らしきものと、地図が描かれていた。
――まるで、あらかじめこうなることを予想していたかのような一連の都合の良い流れに、静雄は眉を顰めるが、波江の言葉によってそれは霧散した。


「今直ぐここに行って。あの馬鹿、今頃死んでるかもしれない。」


迷う時間は、無かった。







  ・・・・・


 一時間前
 池袋 とある廃ビル内

今は既に使われていない廃ビルの一階部分に、一台のバンが停っていた。その周囲を取り囲むようにして、ズラリと黒スーツの男たちが立っている。彼らは焦った様子で頻りに何かを話していた。しかし当然ながら――“本命”は出てこない。


その動きを、向かい側にあるビルの一室から双眼鏡で監視していた折原臨也は、ある覚悟をしてここに来ていた。

「――見ぃ付けた…」

その顔には、不敵な笑みが張り付けられている。
そして、カメラで、周囲の男たちが持つ“あるモノ”を撮影する。


折原臨也は、覚悟をしてここに来た。



「……やぁ、来たね。」


――いつの間にか背後に立っていた人物に向かって、“情報屋”は嗤った。




「…まあ、とりあえず――こりゃ俺は死ぬかも知れない、とだけ、言っておこうかな。」









20110625




シズちゃん、頑張れ。

間延びして大変申し訳ありません><あうあう
実はこの探偵パロ、…当初考えていたものの展開を弄ってたらこんなにものびのびになってしまいました;ω;
実は隠れファンが居て下さるみたいですので、本当に申し訳ありませんでした(つд⊂)

ちょこっとだけ設定をお披露目。
この探偵パロ内では、シズちゃんがちょいメンタル弱いです。(原作では臨也と言う「自分以上に嫌いな存在」がいたからこそ、あのシズちゃんだと思うんです。)
臨也さんは…どうなのでしょう?それはこの先の展開によりますが。

最初からラストは決まっているので、もう突っ走るだけだったのですが、何となく、そこまでの展開をちょいちょい弄ってみました。これからガアーッと書き上げる予定です。頑張ります。

当サイトにお越しいただき、ありがとうございます。
拍手も、ありがとうございます(´∀`*)

テルル



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