サイケデリック静雄。
言葉の通り、psycheとは霊魂。つまり、静雄がデリックと呼ぶその“もう一人の静雄”とは、静雄の内面世界が造り出したもう一人の静雄だった。目には見えていたとしても、所詮それは幻覚のようなものでしかなく、静雄にしか見えない。

デリックが造り出された原因には、二つある。

一つは、静雄自身の子供のときの辛い経験――トラウマである。自分の力で大切なものを傷付けてしまったというトラウマ。それをひた隠しにするために、封じ込めてきた感情の受け皿として、まずデリックの基礎が静雄の心の中に生まれた。

そしてもう一つは、折原臨也だった。叶いはしないと、無意識に押し込めてきた想いは、知らぬ間に静雄を苦しめていた。



幼少時、特殊な強ストレス環境下に置かれた子供が、防衛本能として多重人格を発症することが稀にあることは知られている。
また、そうで無くとも、幼児が自分の中に想像で架空の“友達”を創ることも割りと良く知られている。



――それらと同様に、デリックは、静雄の“弱さ”が産み出した存在だった。






「……デ、リック…?」

静雄が家に帰ると、そこにはもう誰も居なかった。

手に下げていたスーパーの袋が、玄関に落ちた。中に入っていた缶コーヒーや弁当が、がしゃりと音を立てる。


――それでも

それでも、静雄にとってデリックは



「デリック?……デリック!?」

靴を脱ぐのももどかしく、転けそうになりながら部屋に駆け上がり、その姿を探す。しかし、何処にも居なかった。

跡形もなく、消え去っていた。



















「――シズちゃん…?」

信じられない、といった表情で、臨也がそこに立っていた。静雄はハッと手を口元に宛てて、あ、とか、う、とか、余りの恥ずかしさに言葉が上手く出てこない。

――何言ってんだ…俺は…!

事の重大さと言うのは、いつもそれが過ぎ去ってから気付くものだ。静雄は今正にそれに陥っていた。

でも

それでも――

「…う、っ…嘘なんかじゃねぇ!!」

もう相手の顔なんて恥ずかしくて見てられない。出来るだけ顔を見られないように手を翳して、それでも、静雄は伝えようとした。ちゃんと、伝えようと――


「……気持ち悪。」
「っ…!」

でも

返ってきた言葉は
「何それ、っはは!傑作だねシズちゃん!ホント気持ち悪い!!」
「…、…〜〜っ…!」

ぎゅう、と。
握り締めた拳から血が滴って、ボタボタとアスファルトの上に落ちる。

――ほら、

別に期待なんてしていなかった。

――馬鹿だな、だから言ったのに…


「『平和島静雄は誰にも愛されないよ』」


そのとき、頭の中でもう一つの声が重なる。それは紛れもなく、デリックの声だった。
幻覚のような存在の筈のデリックの声が、現実を犯していく。

――いつしかそれが、“現実”であると錯覚するほどに。


「シズちゃんが誰かに愛されて堪るか。」

しかし、そこで本物の現実が目を覚ました。

「それ、シズちゃんらしくないよ、気持ち悪い。」
「え…?」

静雄は顔を上げた。
そこには、ズボンのポケットに手を突っ込んで立つ臨也の姿があった。

「シズちゃんが俺以外の誰かに愛されて堪るか、ってね。」


――…俺は知りてぇんだ。ずっとずっと昔から、静雄だけを見てたから……やっとこうして触れるようになったんだ。静雄の全部を知りたい。臨也が、手を伸ばしてきた。

「……俺も好きだよ。これで解ってくれる?」「――……っ、」

恐る恐る、手を伸ばす。
すると、もどかしいと言わんばかりに、臨也の黒い七分袖から伸びた白い手がそれを掴まえた。

「――やっと掴まえた。」
「っ、いざ…」

胸がぎゅううと締め付けられて、目頭が熱くなった。引っ張られるままに臨也に抱き締められた。







解った気がした。
デリックは、自分を否定し続けてきた静雄の中に眠る、自分への愛情が具現化されたものではないか?

人からの愛情を受け入れられない静雄の、心の穴を埋めるために――デリックは現れた。

“折原臨也”という存在を、静雄が強く求める度に大きくなる心の空虚感。



静雄の表に出せない感情が、そのままデリックの行動に反映されていた。




その日。
平和島静雄が折原臨也に受け入れられたその時、デリックは消えた。









家に帰っても、デリックは居なかった。どこを探しても、居なかった。
その代わりに、静雄の携帯電話には新しい番号が登録されていた。


「…そ……な…」

力無い声が口から溢れた。



デリックは役目を終えた。

そんな残酷な現実を、受け入れる覚悟は、




Would you call me if you need my love?


20110526


最初にこの曲(Agape:祈り)を聴いた時に、何故かこのデリ静が浮かびました。デリ静と言うよりは最早静静に近い設定なのですが……。
このシズちゃんは原作より内面が弱いです。

心の中の虚しさを埋めるために……と言うよりは、自分を愛してやりたかった自己愛の部分が具現化した、と言った感じです。

で、今回の場合は臨也さんに受け入れて貰えて、なおかつシズちゃんが臨也さんを受け入れられる状態になっていた……だからデリックは用済み、と言うわけです

変にこってりした話や設定ですみません。デリックは目に見えなくなっただけで、静雄の中に今まで空いていた心の一部として生き続けます。

デリックを失う話と言うよりは、デリック(自己愛)を取り戻す話として受け取っていただければ幸いです。

テルル


  

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