STORY-01 「―…ん、ぅ……」 目覚めたら、辺りには一面の白い世界が広がっていた。光の眩しさに目をしばたたせて、やたらに柔らかい床から起き上がった。 「…ん……あ、れ…?」 むにゃむにゃと、未だぼんやりとした意識しかない臨也は、取り敢えず昨夜自分と一緒にベッドに潜った存在を探した。 しかし、何だか布団が絡み付くみたいに、身体をいくらもぞもぞと動かしてみても一向に出られない。 その時、近くに足音が迫っているのが聞こえる。 「…臨也、手前早く起きねーと…ッ?!」 「シズちゃ…――」 聞き慣れた声とともに布団が無くなった。その瞬間、これでもかという程に見開いた静雄の目と視線が交わって、そして、臨也はあることに気付いた。 「………ん?」 ――自分の周囲にあるものが全て、巨大になっていると言うことに。 言わずもがな、それは目の前の静雄も同じく普段の数倍に巨大化している。 「お、おま…おま、え…」 静雄がこちらを指して、口をぱくぱくさせている。臨也は状況が全く呑み込めないまま、しかしこの周囲の状態から類推して――ある結論に至った。 「え。嘘?」 「なんでおまえ――ちっちゃくなってんだ?!」 〇>>>>>・ 俺は、シズちゃんを好きだ。でも、シズちゃんはどうやら俺のことをまだ素直に好きと言えないらしい。 散々ホテルで身体をこうして重ねるだけの、所詮そう言った関係だった。 一晩ホテルに二人で泊まって、翌朝は誰にも悟られないように、まだ太陽が見えない時間に出るようにしていた。 そして、そんないつも通りの朝、目が覚めたら10センチになってました。…なんて、誰が信じられるだろうか。 「…俺、これからどうしよう」 布団に潜ったまま、部屋を出ていった静雄の帰りを待つ。見上げてみても、何もかもビッグサイズになってしまった家具が聳え立ち、自分の何十倍という大きさの枕が目の前にある。 よちよちと掛布団から引きずり出ると、自分が素っ裸だと言うことに気が付いた。 「おい、」 と言う声と同時に部屋に入ってきたのは静雄だった。 「…取り敢えず、これ。」 「えっ?」 静雄が放り投げたのは、小さなハンドタオルだった。パサリと頭に掛かり、それをもぞもぞと取り払う。 「――ぷぁっ!…」 「それでその…体、隠せ。」 何故か頬を染めながら、静雄がそう言った。不本意だがそうするほか無くて、しぶしぶ臨也は渡されたハンドタオルで身をくるんだ。 ――それにしても…何で小さくなったんだろ、俺…。 分からない。 うーん、と考え込んでいると、静雄が横で着替え始めた。ばさりばさりと服が床に落とされ、その上半身が露になる。臨也はその様子を見ていたが、ところどころに赤い痕が付いているのに気付いて、思わずにやついた。 「――何見てんだ。」 「シズちゃん気付いてる?俺、首にも痕付けちゃったんだけど。」 「ッ!!」 ちょいちょい、と指で自分の首元を指差してそう揶揄すれば、顔を真っ赤にした静雄が慌ただしく部屋を出ていった。 「………………かーわい。」 ぱた、と後ろ向きに布団に倒れ込む。ホテルの天井が妙に高く感じられて、やはり自分は小さくなってしまったのだと実感した。 よたよたと、ベッドサイドに置いていたコートへ向かい、そのポケットをがさごそと探る。 「あったあった…」 ほぼ自分の等身大になってしまった財布を取り出し、全身全霊を掛けてその中から何枚かお札を取り出した。 「っと……ふぅ。この体だとたったこれだけでも重労働だねえ…」 もう一度タオルを体に巻き直し、ぴょんとベッドに飛び降りた。それとほぼ同時にドアが開き、スラックスに白いシャツを身に纏った静雄が部屋に入ってきた。臨也は先程取り出した貨幣を持ち上げて静雄を呼ぶ。 「シズちゃんシズちゃん!これ、代金。払っといて!」 仏頂面の静雄は訝しげにこちらを一瞥したあと、フンと鼻を鳴らしながら無造作に臨也の手からお札をもぎ取った。 「お前…これからどうすんだ。」 「えっ」 「元に戻るまで……つーかそれ、戻れんのかよ。元のサイズに。」 現実に引き戻されて、臨也は暫く考え込んだ。確かに、今のままでは仕事など出来ないし、更に人前にも出られない。 紙幣を指に挟んだまま器用に蝶ネクタイを着ける静雄をちらと見、臨也は決意した。 「――シズちゃん、お世話になります!」 「はぁッ?!」 びしりと手を挙げ、ニコニコと静雄の方を見る。一方で、目を見開いた静雄はうっすらと青筋を立ててこちらに向かって指差しながら喚いた。 「てんめぇふざけるのも大概にしろよリアルノミ蟲野郎!!」 「…リアルって何?別に良いじゃない、俺の世話をするくらい。」 「…だからお前の世話をすんのが嫌だっつってんだろが!!」 「ひど…――っくしゅん!」 「!おい」 そんなやり取りをしていれば、急に寒気に襲われてくしゃみを出した。それに拍子抜けしたのか、静雄が少しだけ心配そうな顔をする。 ――…全く 優しいんだか そうで無いんだか… 近づいてきた首筋に自分が残した赤い痕がシャツの隙間から見えて、それがやけに扇情的だった。臨也はぷいと顔を背けて、とててて、とベッドサイドのコートに再び向かった。 「べっつにぃ?シズちゃんじゃ無くても俺には優秀な秘書さんが居るもんねー。」 「……なら最初からそうすりゃ良いだろ。」 携帯電話を取り出そうとする臨也に、静雄が腰に手を当てて溜め息を吐いた。よいしょ、と携帯をポケットから引きずり出す。 「だって、シズちゃんが先に聞いてきたんじゃない。」 「……理由になんねえだろ、それ。」 携帯を開くのに手間取っていれば、静雄がパチリと開いてくれた。驚いて見上げると、いつの間にかサングラスを掛けていた静雄と目が合って、思わず耳が熱くなる。 ――ちょっと優しいとか、思っちゃったじゃないか!くそ…っ 悶々としながらポチリとペアボタンを押し、波江の番号を呼び出す。数回のコールの後に相手が出たことを確認しながら、携帯電話をスピーカーホンにしてマイク部分に近付いた。 「あ、もしもし波江?」 『……貴方今何時だと思ってるの?』 「それどころじゃないんだよ。この分は給料に足しとくからさ、今日中に溜まった書類全部片しといてくれる?」 『――はぁ?』 「多分、当分そっちの仕事場には出ないと思うからさ。あ、もちろん新しい仕事の依頼も全部断っといてよ。じゃ。」 『ちょっ――』 ブツリと通話を切り、背中で押して携帯電話を閉じる。そのまま携帯の上に座って、目を丸くしている静雄を見上げた。 「……お前って奴は…」 「だってシズちゃんと一緒に居たいんだもん。」 「……っ、馬鹿か。」 背中を向けた静雄を見詰めて、臨也はニッコリと笑う。 「シズちゃん!」 そう言って両手を伸ばした。すると、溜め息混じりに頭を掻きながら、しぶしぶと言った体で静雄が振り返った。 「……んだよ」 「顔洗いたいから運んで?」 「…ちっ…うぜぇな…」 しかし、そんな悪態を吐きながらも、静雄の手がこちらに近付いてくる。その上に飛び乗り、そのままぴょんぴょんと跳び跳ねて、何だか硬いような、柔らかいような指の感触を味わっていると、びしりと額をもう片方の手の人差し指で押さえつけられた。 「っ、なにぃ?」 「くすぐってぇ、止めろ。」 「止めなーい!」 「臨也!」 あっははは、と笑いながら、臨也は静雄とのたわいのない話を楽しんでいた。 毒の無い会話なんて、この男とは初めてだ――と、喜びを噛み締めながら。 20110328 かおす(笑) 自覚してます。 |