"Sooner or later,"―前




――それは、デニーノたちがアジトを抜け出した翌日―




池袋

「……さーて次は…」
「って…まだあるのかよ…」

「当たり前じゃない!……つか、折角シズちゃんの服を選んであげてるんだから、もっとシズちゃんも興味持ってよね!」

はぁ、と小さく溜め息を吐きながら、ぷんすかと喚く雇用主の後を、静雄がついていく。臨也の言った通り、今、何故か静雄の着る服を臨也が買うと言って聞かないので、殆ど全てが臨也セレクションだが買い物を行っている次第だ。

一方、当の静雄はあまり乗り気ではない。というか、寧ろ私服などバーテン服で足りているし、費用が全て臨也持ちなので申し訳ないし、早く帰りたいと思っている。しかも、買うと言っても量が尋常で無かった。

2、3店回っただけで、既に上下それぞれ10着ほどの服を購入しているのだ。

本当は少し嬉しかったりもするのだが、やはり申し訳が無さすぎる。初めは断ったのだが、臨也が妙にしつこく「買わせろ」と迫るので、結局折れてしまったのだ。……色々と構図が真逆だとは思うが、この2ヶ月間で静雄も臨也の大体を解っているつもりだ。


「――こんなに要らねーのに…」

抱える大荷物に隠れて、相手に気付かれないよう小さく本音を溢した。

――はずだったのだが、

「必要だよ?……ええと…君のやたら金持ちの弟が、君に何着そのバーテン服を送ってきたんだっけ…20着だっけ?だからこんなのまだまだだよ。」
「アイツと比べても…」
「――せめてもう20着は買わないと!」

その臨也の言葉に対し、静雄は目を見開いた。

「――あと20着?!もう充分だろ!?」
「駄目だよ、幽君よりも少ないなんて俺が許せない。」

ゴゴゴ、と妙な対抗心を燃やしているらしい臨也は、さあ行くよと静雄の腕を思い切り掴んた。引き止まっていた身体がぐいんと引っ張られ――常人なら引き倒されてしまうほどの力なのだが――やや傾く。

「ほん、っとーに!やたら馬鹿力なん、だ、からっ!」

ビクともしない静雄の腕を、綱引きさながらにぐいぐいと引っ張りながら悪態を吐く臨也を、静雄は理解できないでいた。

「シズちゃん、はさっ…!スタイルいいんだからっ、バーテン服だけじゃ勿体無いで、しょ!!」


――…?
 何でそこまでして俺を
「…いいから放せ」
「あっ!ちょ、」

胸の奥がざわついて変な気分になる。取り敢えず事態を収拾する為、ペリッと音が聞こえてきそうなほどいとも簡単に臨也を腕から引き剥がした。正直、周りからの視線もいい加減痛かった。
そんなとき――

「いやっふぅう、しーずーおーさんっ!!……と、イザ兄。」
「……挨(こんにちは)…」

「っ…クルリ、と、マイル?」
「……俺の名前はついでかマイル」

そんな活発な声と大人しい声がしたと同時に、静雄の背中に小さな衝撃があった。振り返ると、以前臨也の家に行ったとき出会った、臨也の双子の妹が立っていた。
――周りの視線が更に痛い。

あまりにも強烈な印象を残した彼女たちは、他人の名前を覚えるのが苦手な静雄に、その姿と名前を一度で完全にインプットさせてしまっている。しかし一度会っただけだと言うのに、初っぱなからスキンシップが過剰だ。

臨也といいその妹たちといい、もう少し目立たないように出来ないものか…

普段の自分の行いは棚上げにして、頭を抱える。

「あ、あ!静雄さん、今溜め息吐いたでしょ!イザ兄がうざいから!」
「…そうかもな、もうそう言う事でいい気がするな」
「え、」
「…兄(にいさん)…諦(ざんねん)…」
「え、いや…ねぇちょっと」

マイルの言葉に投げやり気味に返事をすれば、臨也が真面目に受け取ったのか珍しく焦っている。
――あれ、今の結構ショックだったのか?

静雄はそれに少し気分を良くした―――が。


「――あーあイザ兄、静雄さんにフラれちゃったねーっ!っていうか、二人とも真っ昼間からホモホモしいよ?!もしかしてーって思っちゃったり思わなかったりだよ?!」


という舞流の余計な一言により、気分はどん底に墜ちていってしまったのだが。

「……舞(マイル)…騒(さわがないの)…」
「……っ、なに言ってんだ!!」

かあぁと熱が顔に集まって、瞬間的に否定の言葉を吐き出した。勿論臨也も同時に否定すると思って、救いを求めるようにそちらを見遣る。しかし。

「――何で照れてるのかなぁシズちゃん?」

くすくすにやり。
臨也は至って平常の様子でそこに立って、まるで他人事のようにこちらを見てにやけていた。静雄はどうしようもなくなって、抱えた沢山の買い物袋に、ぎゅうと更に力を込める。

嫌味な冗談を言っても、何も言い返してこない兄の様子を流石に変だと感じたのか、双子たちも訝しげに臨也の方へ視線を注いだ。

「え、イザに」
「はいはいそこまでーっ!さっシズちゃん、こいつらは放って次行こう、次!」
「ぇ――あ、お、おいっ」

舞流の言葉を遮った臨也が、不意打ちで静雄の腕を掴んで走り出した。――その際いくつかの買い物袋の中身を道にぶちまけてしまったのだが、静雄は気付かず臨也に引っ張られていった。


その場に取り残された双子は、ぽかんと二人が去るのを見送った。

「――ねぇねぇクル姉、イザ兄ってさ……」
「肯(うん)……心(ほんきで)…静(しずおさんを)…」


そんな会話が交わされていたことなど、誰も知る由がない。




  ―――――



文字通り、山のような買い物袋を持ち抱えて、臨也と静雄の二人は帰宅した。

入り口が狭いので、その時だけは臨也に手伝って貰い何とかして部屋に入れ込む。

その瞬間――どざぁと服が雪崩のようにフローリングを滑り流れ、広がった。

「――改めて見ると凄い量だねぇ!」
「……すげぇ…」

突っ込むことを忘れ、暫し妙な感慨に浸る静雄。――それを横から神妙な面持ちで見詰められているとも知らず、静雄は尚も言葉を紡いだ。

「…つか…悪いな……俺何もしてねーのに、これ…」

頬を掻きながら、困ったような、照れたような表情をした彼が臨也を見遣る。

「その…ありがとう、な……俺に、俺なんかに出来るような事があれば、何でも……」

その瞬間、臨也の瞳の奥がぎらつく。しかしそれに気付かない静雄は、至って真面目に礼を述べ続け――ていると。


「――じゃあさ、


  キスしてよ

          」


――――ん?

きょとん。
ぽかん。
あんぐり。

様々な擬音が聞こえてきそうな程、静雄の反応は中途半端だった。

「――あ、…え…?」
「だから、キスしてよ。」

あまりにも唐突な。
しかし冗談と言うには余りにも真面目な顔をした臨也。
フローリングに山積みにされた服のなかに座り込んだ二人の間に、沈黙が落ちる。

後ろに手を突いて仰け反るような体勢をしている静雄の上に、覆い被さるかのように臨也が身を寄せた。そして、臨也の端正な顔が近づいてくる。

――え、ちょ…まっ

静雄よりも一回り小さい影が、静雄の顔にかかった。




「――そう言う趣味は、無いと思ってたんだけどね…」

そんな言葉が聞こえてきたかと思うと、いつの間にか――唇に柔らかいものが押し付けられていた。





  ―――え?
なん…だ…



何だろう、
――何だろう何だろう
これは

一体何が起きて――



実際は2秒だったか3秒だったか。しかし静雄にとって、それは永遠の如く長く感じられた。そっと触れて、そっと離れた“それ”は、紛れもなく臨也の唇で。

「……ごちそうさま」

と、ぺろりと舐める臨也のそれで。ええとだからつまり俺は臨也に口を口でふさがれてそれはだからええとつまり――――



「―――ッ!!!!」


ぼふん、と何処かで何かが爆発して、その時静雄は、生まれて初めて怒り以外の理由で人を殴り飛ばした。

服を買って貰ったという恩など、何処かへ消え去っていた。





  ・・・・・


――臨也は、変な奴だ。
俺なんかのどこを買ったのか…いや、力が人より強えからか。つっても、よく解んねえ。

まず、俺を「シズちゃん」とか呼ぶのも臨也だけだし、それに、俺が喧嘩してるのを見た癖に俺を怖がらないのも、あいつくらいだ。

ボディーガードの話を新羅に持ち掛けられた時、初めは断った。――絶対、すぐクビにされるって思ったんだ。

それまでの仕事先では、俺は自分を制御出来ずに何かしらやらかしちまって、即刻クビ。職場では、周りの俺を見る目にすら苛々して何かに当たっちまう。…とにかく、そんな感じで俺は荒れてた。どうしようもない奴だった。

でも、新羅は「頼むよ静雄、あいつも俺と張り合うくらい相当ヘンテコな奴だからさ。きっと大丈夫だ!」なんて慰めになるのかならねぇのか……いや、多分なってねぇな。
まあ、とにかくしつこく勧めてくるもんだから、取り敢えず面接みたいなものをする事にした。

初めて臨也を見たとき――


『やぁ初めまして、平和島静雄…君?』
『……初めまして』

絶対嫌いなタイプだ、と思った。いけ好かない、胡散臭い野郎だと思った。

『っふふ、俺が気に食わない……そんな顔をしてるね』
『…っ』
『何で分かるのか、って?――俺、趣味が人間観察なんだ。それに加えて探偵だしね、その辺慣れてるんだよ。』

初対面の人間に、そんな事を何の躊躇いもなく言えるような奴だった。

『早速だけど仕事内容について。君に頼みたい仕事は、俺のボディガードだよ。』
『……はい』

そんな事は新羅から聞いている。俺は頷いた。

『んー……あと、俺は雇ったら絶対クビにはしないから。君が誰にどんな暴力を振るおうが、何をしようが、絶対に解雇はしない。その代わりに、君も一度俺に雇われたら自分からは辞められないからね。』
『は……』
『あーあともう一つ、俺との仕事で見たこと聞いたことは一切他言無用だから。ここ、重要ね。』

わかった?と、にっこり笑った臨也に、俺は完全にぺースを失ってしまっていた。

――それから臨也の事務所で働くようになったのはその三日後の事だ。
取り敢えず臨也について回るので精一杯だった俺は、それまでの生活がどんな風だったかだとか、だんだん…忘れていった。

臨也は、俺がキレた時こそ呆れたような顔をしていたが、だからといって俺に対する態度が変わることは無かった。
――俺と張り合うくらいヘンテコな奴と言った新羅の言葉を思い出して、そんな変な奴だけど、俺は結構気に入ってるのかも知れない、と思った。

臨也は、俺を怖がらない。

気付いたら、他人の俺を見る目が気にならなくなっていた。

―――なんでだ?

…解んねえ…けど、
あいつが

臨也さえ居てくれれば

あわよくばこの関係がいつまでも続けばいい――


何があっても、絶対に壊したくない。もう二度と、誰かとの繋がりをこの手で壊してしまわないように。

だから、俺はあいつを護る。


絶対に、護る





――絶対に…








20110224










久しぶりの探偵パロだったので感覚がぁぁぁ><
去年中に終わらせる予定だったのに……!


中途半端なのは仕様です(苦笑)
もうちょいいけるか…と思いましたが長すぎましたorz


後編に続きます!



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