――甘楽さんはどのように年を越されるお積もりなのでしょう?


実の妹から突き付けられた現実。突き付けられた"日常"。自分には必要無いと思っていた。しかし――どうしようもなく虚しかった。


今自分の目の前にいる男は、自分と同じ『一人で年越しを迎える』人間だ。自分の嫌いな人間と自分が同じ境遇なのだとは考えたくも無かったが、同時に――少しだけ安堵した自分が居た。

――お互い一人なんて寂しいじゃない?
――だから一緒に居てあげるよ


それは言い訳に過ぎないと、自分で分かっていた。自分ではなく、相手もその状況である事を盾にとって、相手に自分の"虚しさ"を押し付けるような――自分がそんな"惨めな"人間だと遠回しに認める事はしたくなかった……のだが。

今、臨也は実際、静雄を家に呼び入れてしまっていた。


普段からお互い忌み嫌い合って、まともな会話を先程初めて交わしたばかりの二人の間には、重たい沈黙がのし掛かっている。

臨也は頭の中で自分を冷静に分析し――ふいに、乾いた笑いが口から溢れ出た。

「………はは、」

ソファの向かい側に座っていた静雄が、それを訝しげに見詰めている。

「は、……ははっ!あっははははは!!」
「うぜぇ」

未だに顔が赤い静雄は、いきなり笑い始めた臨也に向かって心底迷惑そうに言い放つ。臨也はその言葉にぴたりと笑うのを止め、項垂れたまま静止した。

――そうだ
――今目の前に居るコイツは俺が呼んだ

何故?
何故俺には共に年を越すような人間が居ない?

――俺はシズちゃんが嫌いで…

自分が求めなかったからだ。

――必要無かった……?


   "本当に"?


チリ、と意識の奥で何かが燻る。チャットでのやり取りによって引っ掛かっていたものが、更に具体的な形を持って意識の中に現れようとしている。

「………」
「……おい」

いい加減焦れた様な雰囲気の声がする。


――そうだ

俺は


『シズちゃんに依存してるんだ』

歪んだ思考は現実をも支配する。

「……今日は、28日…?」
「あ?……あぁ、そうだとおもッ――」


――どうして来てくれたの?俺の事大嫌いな筈じゃなかった?じゃあどうしてシズちゃんは今俺の目の前に居るんだ?

『来てくれたら何でもやるよ』

あんな嘘――信じる君じゃないだろうに……

静雄が臨也の疑問に対していらへようとした時、臨也は立ち上がって、

座っていた静雄を抱き締めていた。


「いざ――」
「シズちゃん」

ほらね、
今だって君の膂力を持ってすれば俺の腕から逃れる事なんて造作もない筈なのに。

――何で今まで気付かなかったのかなぁ…


自分には必要の無いと思っていた"日常"。

そして

嫌いで嫌いで仕方無かった筈の…男。



今日自分が取った行動は、そのどちらも否定するものだった。

――……ああそうさ。
年末年始は確かに人間観察に最適なシーズンだよ…

そしてそれは

"俺"という一人の『人間』にも確実に当てはまる事だ。

何て滑稽なんだ――!



臨也は笑う。
その瞳に嘲りと悔しさを浮かべながら。

今の自分の状況と、その胸に抱く確かな温もりを笑った。滅茶苦茶に笑った。


―――これから年が明けるまでの三日間。

この自分が、ふとした"思い付き"なんかで本当に嫌いで嫌いで仕方の無い人間なんかと一緒に過ごそう等と言い出すだろうか?

「………そうだよね」


ぎゅ、と抱き締める腕の力を強める。

静雄からすれば、先程からいきなり笑い始めたり、それを止めたかと思えばまた笑い始めたり抱き締めてきたりする人間など、ただの"異常"にしか写っていないのだろう。

胸に当たるサングラスの固い感触が、少し痛い。

しかしそれは静雄も同じらしく、僅かに身体を捻ったかと思うと、あっさりと臨也の抱擁から抜け出した。

「……あ、」

自分でも驚く程自然に、残念そうな声音が零れ落ちた。目の前の静雄は、手を顔の前に翳して表情を見えない様にしている。

そこで、臨也の中に一つの疑念が沸き起こる。

――照れて…る、よ、ね?

何故?


「えー…っと………」

頬を掻きながら、我ながらいき過ぎた行為だったと恥ずかしくなり視線を泳がせていると、意外にも静雄の方からその微妙な空気を破ってきた。

「……なんで…何で手前は俺をここに呼んだんだ」

純粋な疑問。
…と言うには、何処か期待と不安が入り交じったような声色で。

ふ、と自然な笑みが溢れる。



もう……答えは出ていた。




















fin.


2010/12/30








年を越せない長編。




  

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