3 酒を飲んでいたバーテン服の青年は、その言葉に吹き出しそうになり苦しそうにむせた。 「ごほッ…!――はぁ?」 僅かな涙目でこちらを訝しげに見やる静雄に、臨也は依然として微笑みを絶やさない。 「お互い一人なんだし、いいじゃない」 ――あー…何言ってんだろ俺。 自分でも自分の真意が分からずに、心中で苦笑する。きっと酒のせいなのだと、酔ってもいない覚醒しきった頭でそうこじつけた。 「…な、なん…っ」 ――ありゃ、意外に慌ててるな 自分と対称にカウンター席の端に腰かけているサングラスの青年は、臨也を見て口をぱくぱくと開閉させている。 「いいから来なよ、うち。今日で仕事納めなんでしょ?」 追い討ちをかけるようにそう捲し立てると、何故か口をつぐみ黙り込んでしまった。心なしか頬が赤く見えるが、きっと酒のせいだろう。 焦れて席を立ち、歩いて静雄に近づく。 「……シズちゃん」 隣の椅子を引いて座ると、店主のデニスがちら、とこちらを覗いた。気に留めずカウンターに肘を突き、金髪頭に語り掛ける。 「ねぇー、来なよ?」 「お、俺は……」 珍しくしどろもどろな返答に、つい吹き出した。目の前の寿司を見詰めたままなので、こちらからは静雄の横顔しか窺えないが、明らかに妙な焦りを感じる。 ――……? ――どうしたのコイツ コップを握り締めたまま固まっている静雄に違和感を感じ、横から肩をぐいと押し上げて無理矢理顔を正面に向けさせた。 「―――なにすっ…!」 「え?」 ――ちょっと… ――何これ? ――何で真っ赤なの? 強制的に振り向かせる形で表情が露になったと思えば、頬から耳にかけてピンク色に染め上げた顔がそこにあった。 「っ……くそッ!」 ぱしん、と肩を掴んでいた手を叩き落とし、静雄は手にしていたコップの酒を一気に煽った。勢いが良すぎた為に口端を零れた酒が顎を伝うのを、乱暴に拭いさる。 その仕草を見て、つい ――エロいな と思ってしまった自分に嫌悪する。叩かれた腕を仕舞い、暫しカウンターの木の表面を眺めていた臨也だったが、ふいに目の前の青年に対する興味がむくむくと沸き起こってくる。 ――よく分かんない、けど ――何か今日のコイツは面白いぞ…! そんな何処か歪んだ期待を含ませつつ、更に臨也は静雄に詰め寄った。 「ねぇ、来れば?つか、来てよ。良いじゃん暇なんでしょ?」 「……あー…」 大分酔いが回ってきたのか、ぼうっとした表情で頭を掻く静雄。どうやら迷っているらしい。 ――もう一押しか? 最早何が目的だか分からなくなってしまった臨也は、違う方向を目指して静雄に畳み掛ける。 「俺んち来てくれたら何でもやるよ、だからお願い、来て下さい!」 「何でも……か?」 「うん!シズちゃんの言うこと何でも聞いてあげるよ!」 「じゃあ死」 「――死ぬのは無しで!」 「……。」 うーん、と悩み始めた静雄。 今の臨也にとっての目的は、最早静雄に家に来て貰う事、と化していた。 本人はそれに気付かず、ただ目の前の青年が出す判定を待つ。 「………じゃあ、行ってやってもいい」 「――よしッ!」 ――あれ? ――何で喜んでるんだ俺? そんな疑問を抱きながら、池袋のバイオレンスコンビは店を後にし、夜の街をふらふらと歩いて行った。 ・・・・・ 新宿 高級マンション 「どうぞ、入って。」 カードキーを挿し込み解錠すると、臨也は静雄のためにドアを開いて玄関に立った。躊躇うような足取りで、恐る恐る玄関に踏み入る青年に、思わず笑みが溢れる。 ――大分酔ってるんだなぁ きっと通常の彼ならば、臨也の私邸に入る機会があれば手近にあるものから片っ端に破壊して回っただろう。 しかし、今は違う。 「…お邪魔、します」 そう言って靴を揃えて家に入る静雄。 その様子に少しだけ驚いた。普段、自分とのやり取りでは見せる事の無い静雄本来の穏やかさや誠実さを垣間見る。 ――あんな出会い方して無かったら……本当、全然関係変わってたんだろうねぇ… それは臨也自身のせいなのだが、そんな事は棚に上げて感慨に浸る。 どうしようも無く、分かっていた。 お互いの真の理解者は、大嫌いな筈の――お互いなのだと。 臭い思考を頭から追い出して、困ったように立ち竦む静雄を更に奥の部屋へと案内する。 2010/12/28 |