2 「…し、シズちゃん……」 片手をアスファルトに突きながら身を起こすと、ずんずんと大魔神のようなオーラを放ちながら近付いてくる静雄に向かって苦し紛れに笑い掛ける。 ――参ったな… ――このタイミングで… 既に異常な空気を察知した周囲の人々は二人を避けるようにしていたため、そこだけ異様な空間が穴のようにぽっかり空いている。 心中で冷や汗を流しながら潜ませていたナイフを手に滑り落として、握り込む。 「もうこの街には来んなってぇ……散々言ってやっただろぉ?あぁ?臨也くんよぉ…」 ゴキリ、と首を鳴らす静雄。 鈍い痛みはまだ臨也の身体を蝕んでいるが致し方ない。取り敢えずこの場から離れようと身構えた時だった。 「ヘーイ、シッズゥオ!イッザーヤ!喧嘩良くナイネー」 「――サイモン?」 人混みを掻き分ける様にして空間に飛び入って来たのは、見慣れた黒人だった。臨也はため息を吐きながらその姿にやれやれ、と安堵する。一方で静雄は気を削がれたようで、盛大な舌打ちと共にサイモンに近付いていく。 「……サイモンさんよぉ、邪魔すんなって…今度こそあのノミ蟲野郎をぶち殺」 「オー!物騒ネ、シズゥオ、街中で良くナイヨ。皆ビビるヨ、ビビリンバ!でもビビンバより寿司のがカラダ、イーよ。」 そんなやり取りを見ながら、隙を見て人混みに紛れ込もうとした矢先、物凄い力で背中から服を鷲掴みにされ持ち上げられた。 「どーこ行こうとしてんだノミ蟲……あ?」 「……離してよ…って言っても無駄だろうね」 首をねじ回して後ろを振り向けば、物凄い形相の静雄がこちらを睨み付けている。ナイフでその腕を切り付けようと身体を捻ると、――いきなり更なる浮遊感に襲われて身体がもう一段持ち上がった。 何が起こったか分からないでいると、後ろから静雄が「離せッ、この!」などと喚いているのを背中越しに聞き、どうやら自分を持ち上げた静雄がサイモンによって持ち上げられたのだと気付いた。 ――サイモン…アンタ何者なんだよ 心中でそう呟きながら、結局サイモンによって静雄から引き剥がされたのもつかの間、再び寿司店員によって静雄共々露西亜寿司に引きずり込まれたのだった。 ・・・・・ 「………」 「………」 カウンター席の端と、端。 客は今の時間帯、臨也と静雄しかおらず、奇妙な様相の店内には異様な空気が張り詰めていた。二人の前には寿司が置かれているが、お互い手を付ける気配もなく、ただただ沈黙が続いている。 ――高校時代はよくあったけど、 ――最近では久しぶり…か。 妙な感慨に浸りながらちらりと静雄の方を見ると、目が合った。 「こっち見んな!」 「こっち見ないでよ」 ――ハモった ――良い年してハモった… 苛々しながら視線を落とし、いい加減腹も減ったので寿司に手を付ける。 ――やたら美味いなぁ… 暫し大魔神の存在を忘れて寿司に夢中になっていると、肩に力強く手が置かれて、可笑しな日本語で語り掛けられた。 「年末大サービスヨ!大出血!今日の所、全部タダでイーヨ!」 「へぇ……でもツケでしょ?」 「モチロンネ!昔イザヤ言ってたヨー。」 ――くそ、あんなこと吹き込むんじゃ無かった。 昔の自分を恨んでいると、"年末"という言葉に先程のチャットの内容を思い出した。 (一緒に誰かと過ごす予定……か) そこで、バーテン服の天敵を思い浮かべる。 ――こいつも一人、かな… 再びちらりとカウンターの端を見やると、ようやく食べ始めたらしい静雄がはぐはぐと寿司を頬張っている光景が目に写る。思わずくすりと笑みが溢れた。 ――なんか可愛い… 「……なに人見て笑ってんだよノミ蟲」 すると、可愛くない台詞が飛んでくる。あーあ、戻っちゃった、と肩を竦めて、「何も?」と一言。 そして、気になっていた事を訊いてみる事にした。 「シズちゃんはさ、年末誰かと過ごす予定あるの?」 恐らくその呼び名が気に食わなかったらしく、やや血管を額に浮かび上がらせた静雄だが、頬張っていた寿司を飲み込むと思いの外まともな返答が返ってきた。 「……いや…トムさんは実家に帰るらしいし、幽は…忙しいからな。家にも帰る予定ねーし…仕事も勿論休みだしよ…」 「…ふうん」 ――シズちゃんもか。 何だか癪に障る。 大嫌いな男と自分が同じだなんて、考えたくも無かった。しかしそれは向こうも同じだろう。 臨也は暫し考え――やがて酷薄な笑みを浮かべながら口を開いた。 「――じゃあさ、うちに来なよ」 2010/12/28 |