そう言って、君は笑った。 「……年末、か…」 どんよりとした、見るからに重そうな灰色の空を見上げて、白い息と共にそんな呟きを吐き出した。周囲には、クリスマスというイベントを終えた人々が年末の休暇に向けて忙しなく仕事に向かうべく足早に歩いている。 足元まである長いファーコートに身を包んだ青年は、降り始めた雪に首を縮ませるようにしてファーに顔を埋め、周囲の人混みの中にそこだけ奇妙な空間を作りながら紛れ込んでいった。 ――……ほーんと、 宝くじやら年賀状やら… 年末年始ってのは人間観察にはうってつけのシーズンだよねぇ 歪んだ感慨を抱きながら街を歩く青年――折原臨也。日常などとうの昔に捨てている彼にとっては、それら一般人の習慣などは最早観察対象にしかならない。しかし、一方ではそんな行事に一喜一憂するという日常を、少しだけ羨んでも、いる。 ――さて…今年も何か面白そうな事は無いかなあ それ以上考えるのを止め、懐から携帯電話を取り出す。 今は本当に便利な時代だ。これ一つでどんな情報だってリアルタイムに入ってくるんだから。 ――そして彼が真っ先に開いたのは、自身が運営するチャットルーム。そこでは、予想通り様々な面々が自分のいない間にも会話を行なっていた。 ログに目を通す。 田中太郎「そろそろ今年も終わりですねー。」 罪歌「はやい です」 狂「あら、そう言えばそのような頃合いですわね。そして年末のこのような時期に差し掛かっているにも関わらずこうして電脳世界での会話に興じているという事に一抹の寂しさを今感じております。」 参「寂しい」 バキュラ「そこをいくと、」 バキュラ「俺ら全員虚しい奴みたいじゃないっすかw」 バキュラ「ま、俺は今日も今日とて恋人とラブラブランデブー中ですけど!」 田中太郎「ww」 罪歌「きょうは せっとんさんいませんね」 狂「そう言えばまだいらっしゃいませんわね。ですが、セットンさんには生涯の伴侶となる様なお方がいらっしゃるようでしたし、こうして私達が話している間にもバキュラさん同様ラブラブランデブー中なのでは?」 参「羨まー」 バキュラ「あ、」 バキュラ「やっぱそうっすかね」 田中太郎「セットンさんてそんなキャラかなぁ?w」 罪歌「しあわせそう ですね」 田中太郎「そう言えば甘楽さんが居ないですよ。」 狂「あの方は今頃悪辣な事に手を染めるべく裏で画策しているに違いありませんわ。録でもない事を仕掛けるのがあの方の特技。嵐の前の静けさとは良く言ったものです。こうして私達が会話している間にも…」 参「うぜー」 ――甘楽さんが入室しました。 甘楽「あれれぇ?皆さんお揃いですか?」 田中太郎「あっ、甘楽さんw」 田中太郎「ばんわー。」 罪歌「こんばんは」 バキュラ「うーす」 狂「あら、いらしたのですか。どうせ過去の私達の会話に一通り目を通しておられるのでしょうに白々しいことこの上無いですわね。」 参「うぜー」 甘楽「もう、狂さん参さん!酷いですよっ、ぷんぷん」 田中太郎「ww」 ――セットンさんが入室しました。 バキュラ「おっ、」 セットン「ばんわー」 セットン「皆さんお揃いで」 罪歌「こんばんは」 バキュラ「ランデブー登場!」 セットン「え?w」 田中太郎「通じて無いですよ!」 狂「あら今晩は、噂をすれば何とやらとはよく言ったものですわね。丁度セットンさんについてのお話に花を咲かせようとしていた次第でございますの。」 参「こんばんは」 セットン「ええ?」 セットン「何なんですか気になりますよw」 内緒モード 甘楽「また来てたのかお前ら……」 バキュラ「大した事ないっす」 内緒モード 狂「あらお兄様には別に私たちが何をしようと関係ない話ですわ。それはそうとお兄様、今年の年末はどちらで過ごされるお積もりでしょう?まさか一人で寂しく年越しを迎えるお積もりでしょうか?」 セットン「ログ見ましたー」 セットン「何なんですか一体、あれはw」 参「さみしー」 罪歌「?」 内緒モード 甘楽「だからなぁマイル…」 狂「で、どうなのでしょう?実際の所、甘楽さんは年末年始まともな御予定がおありなのでしょうか?因みに私と参は自宅にて家族と紅白歌合戦でも見ながら過ごす予定で御座います。」 参「楽しみ」 セットン「私はスルーですか?」 内緒モード 甘楽「クルリ、内緒モードを使え!」 バキュラ「俺はまあ、」 バキュラ「彼女と二人で初日の出でも見に行こうかなーと」 内緒モード 狂「隠す必要が無いと判断したまでですわ、お兄様?」 セットン「へえ!」 セットン「良いですねぇ、それ」 田中太郎「私は今実家に帰省中ですよ。」 罪歌「たのしそう ですね」 セットン「あ、何なら罪歌さんうちに来ます?」 バキュラ「おおっ!」 罪歌「いえ、おきを つかわずに」 狂「お二人がどういう事情かは分かりかねますが、恋人と二人で過ごされる御予定でしょうに、罪歌さんをお誘いになられるセットンさんの懐の深さに感激しております。」 参「やさしー」 罪歌「すみません」 セットン「謝らないでwそれに狂さん、それ語弊がありますよ」 セットン「遠慮せずに来て下さいね!罪歌さん」 罪歌「すみません、ありがとうございます」 田中太郎「良かったですねw」 田中太郎「あれ、そういえば今日は珍しく甘楽さんが大人しい。」 バキュラ「たまには良いんじゃないっすかね?静かで」 罪歌「そういういいかたは よくないとおもいます」 バキュラ「すみません罪歌さんw」 セットン「甘楽さんー」 セットン「あれ…」 セットン「ロム中ですかね?」 甘楽「あっ!」 甘楽「ごめんなさーい!急に用事を思い出しちゃって…」 セットン「そうですか」 狂「残念ですわ、甘楽さんの一人虚しい年越しの予定を聞き出して弄り倒す予定が狂ってしまいました。」 参「残念無念」 内緒モード 甘楽「……お前ら、そろそろ本気で怒るぞ」 内緒モード 狂「あら恐い。」 参「恐い」内緒モード 甘楽「…もう突っ込まないからな」 罪歌「?」 田中太郎「狂さん、参さんw」 甘楽「じゃー、私はそろそろ落ちますね!」 セットン「おつー」 田中太郎「乙です」 バキュラ「ノシ」 罪歌「おつかれさま です」 狂「お疲れ様でした。」 参「おつー」 甘楽「ばいばいびーー☆」 ――甘楽さんが退室しました。 ――……… コツ、と歩みを止める。 携帯電話をコートのポケットに仕舞い込むと、深く息を吸って――吐き出した。 ――何が年末年始の予定だ。 敢えて言うならば、折原臨也は暇ではない。情報屋として暮らす自分にとって定休日などほぼ無いに等しいのだ。 だが、誰かと過ごす…なんて、そんな予定は無い。考えた事すら無かった。 ――……クソ それぞれに共に年を越す相手の居るチャットの面々を脳裏に思い浮かべ、それらを打ち消した。 帰ったらあの秘書はいるだろうか、と携帯を再び取り出し時刻を確認していると――― 「――いいいざぁぁあやぁああああぁぁあああっ!!!」 ――! ドゴ こちらに近付いてくるその咆哮に気付いた瞬間――身体の側面に重い衝撃が走り、そのまま薙ぎ倒されるようにして地面へと平伏した。 ――失念してた…! ――ここは池袋だった! チャットに夢中になっていた先刻の自分を恨みながら、鈍い痛みを訴える背中と脇腹を奮い起たせて立ち上がった。 2010/12/28 |