I want to understand you.../前




―――昨日のことだった。

臨也はゆっくりと思い返す。
静雄に告白したいと言う少女。それを自分は、まるで妨害するかの様に授業を抜け少女を連れて街へ出た。――最後に、静雄の何処が好きなのかと訊いた時の、少女の表情が印象に残っている。

………彼女がモテてるってのは、事実らしいねぇ。

何故彼が、このようなさして取り正すほどではない事を1日経っても忘れずに、今思い返しているのかと云うと。

臨也は、昨日から、得体の知れない不安とも恐れとも形容し難い感覚に支配されていたからである。
それは彼にとってこれまでで一番理解し難い感覚であり、珍しく彼を悩ませている原因でもあった。

彼女の照れたような顔。
元々整った顔立ちのそれが、少しだけ表情を綻ばせて、雪の様に白い頬をほんのりと血色のよいピンク色に染める。

……あれで落ちない男って、いるのかねぇ?

あの後、新羅にはああ自信満々に言い放ったものの、実際静雄が少女の告白を断ったという確証は無い。
いや……静雄の性質上、彼が誰かと付き合うという可能性は皆無――と言っても過言では無い。しかし……、あの静雄の事だ。一概には言い切れない。

「……っていうか、何であんな考えるだけで不快な奴の事でこんなに悩んでるの俺。馬鹿?……正直どうでも……いや、逆にそれを利用して………ああもう
――だからむかつくんだよ!!」

  ・・・・・

池袋内のとある寂れた公園。

ぽつ、ぽつと人影が公園に沿うようにしてある道を通っては、やがて消えていく。錆びた遊具が、空の赤に焼けてその影を伸ばし―――新たな人影が、遊具たちの伸ばす大きな黒に加わった。

疲れた様なその影は、誰もいない公園内で一際高くそびえるセメント山を登り、やがてその頂上で腰を下ろす。
両手を後ろにつき、空を仰ぐような仕草をしたかと思うと、直ぐに上半身を起こし、緩く開いた両膝に顔を埋めるようにして俯いた。
――それはまるで、何かを謝っているかのようで。

彼の背中から、何処と無く哀愁が漂っている。

そして、その様子を影で見ていたのは、首無しライダー――セルティ・ストゥルルソンである。

―― 一体どうしてあんな所に?

彼女の心は疑問に包まれる。そして、彼女は迷った末に漆黒のバイクから降り立ち、公園で力なく項垂れる"友人"に話し掛けるべく近付いた。
その足音に気付いたらしい友人――平和島静雄は、夕焼けを照らし返す鮮やかな金髪の頭をゆっくりともたげ、やがてその訝しげだった表情を、幾分と綻ばせる。

「……よう」
『どうしたんだ?こんな所で』

本当は、制服が何ヵ所か新しく破れていたり、顔や腕に細かい傷が刻まれていたりした事にも気付いてはいたが――そのような、些細な事は気にしないようにしている。一々気に掛けて彼の逆鱗に触れるのも馬鹿らしい、という思いもあるのだが。

彼はPDAの画面を眺めた後、暫く無言で下を向いていたが、やがて明後日の方向を見ながら、淡々と、昨日起こった出来事を彼女に話し始めた。


そして、一部始終を聞き終わったあと。
セルティは、うーんと考え込んでしまう。

「ははっ…てめーが悩む事じゃねぇよ。てか、悩む程の事でも無えしな……」
『いや……そうじゃない、別に悩んでる訳じゃないんだ。気にしないでくれ。』
「?」

セルティは考えていた。
自分も、愛だとか恋だとかいう感覚はよく解らない。それは妖精である彼女にとって実感すら持てないし、得体の知れない人間特有のものだ。

しかし、そんなセルティから見ても静雄は――人間として余りに、恋愛、いや、自分に向けられる愛情に対して億劫すぎるのではないか?
それはまるで、自分から他人に愛されることを拒絶しているかのような……。

それから急に、目の前の少年が、実はとても儚く、脆い存在なのではという錯覚を覚え―――――た、

矢先。

彼女のヘルメットすれすれに飛んでいったのは、何処の公園にもある金網製のゴミ箱だった。

―――ひっ

驚いてゴミ箱が飛んでいった方向を見ると、一瞬何も無いように見えたが、やがてしゃがんで公園の草むらに隠れていたらしい人影が、立ち上がった。

そこで彼女は全てを理解する。

「やぁ」

底抜けの爽やかさで、正に最悪とも言えるかも知れないタイミングで。

"彼"は現れた。

慌てふためくセルティは、とにかくこんな閑静な住宅街で乱闘が起きるのを防ごうと静雄を手で牽制する。

――いいぃざぁあああやぁあああああ!!!!

轟く怒号。
しかし、聞こえてくるはずのそれは、セルティと、もう一つの影の脳裏に浮かんだだけで実際には聞こえてこなかった。

――……あれ?

セルティは目の前で押し黙っている少年を不思議そうに見つめ、振り返り、公園の入り口で同じくぽかんとした表情の臨也を見やる。
「……臨也ぁ、今日は…本当は手前の面なんざ見たく無かった。それがよぉ……それが成功しかけたと思ったら最後の最後にこれかよ……」

はは…と力なく笑う静雄。その姿は正しく"異常"だった。

『静雄?』

ぎこちなくPDAに文字を打つセルティに、静雄が肩に手を掛けて言う。

「……悪い、今日はもうこのまま帰ってくれねぇか?…色々サンキューな。ま、間違ってもこんなとこで喧嘩なんざしねぇからよ。今日は……」

どこか感情を抑えたような語りに、セルティはこくりと頷き――足早に公園を立ち去って行った。

寂れた小さな公園には、現在二人の高校生が向き合って突っ立っている。

「……シズちゃんさぁ、何か今日はいつもと違うね」
「……」

押し黙ったままの静雄。
しかし、特に怒りを抱いているふうでもなく、ただ、ただ…言葉を発する事を拒んでいるような気がした。

「…何とか言ってよ。らしくなくて気持ち悪い。」

わざと挑発するような単語を浴びせかける臨也に、依然として静雄は何もせず、かと言って立ち去ることもせず。
ただ、そこに居るだけで。

そして、口を開いたかと思えば、とんでもない事を言い出した。
「今なら俺の事――殺」



初めの言葉を聞いた瞬間、臨也は

―――――静雄に殴りかかっていた。


  ・・・・・

「――――ッ!」

何を言われたのか解らない。解らなかったのに、身体が条件反射みたいに反応して、気付いたら自分自身の拳で静雄の頬を殴っていた。

思いっきり。

もしかして、素手で人を直接殴ったのは初めてだったかも知れないな、と思った時、それは既に殴った後で。

――え……

不意打ちを受けて倒れた静雄が、こちらを見上げて呆然としている。

そしてそれは、臨也自身にも解らなかった。

――何で。何で俺……

「い、ざ」
「…や…これは、その」

普段の饒舌さは何処へやら、ちっとも上手い言い訳が浮かばない。それよりも、そんなことよりも、臨也の脳内は彼には珍しくパニックに陥っていた。

「し、シズちゃん…」
「てめぇ………」

どうすればよいか解らず、取り敢えず目の前の相手を呼ぶ。すると、先程とは異なり明らかに怒気を含んだその物言いに、臨也は硬直する。

――――ヤバイ。


何が繰り出されるのか全く不明な為、咄嗟に十分な間合いを取る。しかし、臨也の予想に反して静雄は動かず、代わりにとばかりに言い放った。


「ずっと前から可笑しいのは、手前の方だろーがよぉ………臨也くんよぉ?」




2010/11/25




やっと……!ここまで(涙)

次回急展開!!(※予定
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