What does make you so...?/後 「俺のシズちゃんに 手ぇ出さないでよ」 「――っ」 その瞬間、彼の表情は氷のように冷たくなって――やがて何も無かったように元の優しい微笑みを湛えた顔に戻る。しかし、そこには何の感情も見受けられない。ただ、"貼り付けて"いる様な笑顔だった。 「……やだなぁ、もしかして怖がってる?ははっ!怖がらないでよ。俺は今から君にいい事を教えてあげようとしてるんだ。」 少女は、再び――今度は手首を取られ、何処かへ連れていかれる。得体の知れない不安とも恐怖とも、あるいは嫌悪ともとれる感触が、掴まれた手首の辺りからじわじわと彼女を侵食していった。 数十分前、彼女は岸谷新羅から勧められて、折原臨也を訪ねた。それは自分の意向とは大分違う方向の相手なのではと疑問に感じていたが、素直に従い行動する。 そして彼女は、折原臨也に訊いたのだ。 ――平和島静雄は、何処に居るのか、と。 少女は告白するつもりだった。 ・・・・・ 「あ、あの…どうしてここに……?」 少女は、臨也に喫茶店へ連れて来られていた。真っ昼間に高校生が、しかも制服に身を包んだ男女二人組は明らかに周囲から浮いている。加えて、録に話したこともない相手と二人きりという状況も、彼女を不安へと駆り立てていた。 「絶対にシズちゃんが来ない場所でなくちゃね?」 にこりと微笑み返してくる相手に、少女はもう心を許してはいなかった。同時に――目の前の男に、チリチリと焼けつくような感情を抱きつつあった。 全て分かっているというような顔。口調。そして態度。 この男は、静雄の何もかもを知っている――― そう感じた。 「……ひとつ、聞きます」 「ん、何?」 「なんで、そんな事言うんですか?」 沈黙。 そして、折原臨也はひとつ笑って、 「俺のとっておきの"オモチャ"だから。」 と、まるで子供がお気に入りの玩具を自慢するような、得意気な口調でそう言った。 一瞬、彼女は相手が何を言ったのか理解出来なかった。 そして、頭が処理を終え思考が戻ってくると、怒りが沸き上がってきた。 ――そんな… 「そんなの酷い!平和島くんは――」 「君にシズちゃんの何が分かるのかなぁ?」 クスクスと。 酷薄な冷たい瞳が嘲け笑う。 「ふぅ……やっぱり不愉快だ。"シズちゃんを好きな奴"が存在する事そのものが不快だよ……。あんな」 そこで何かを言いかけて留まり、やがて諦めたように口を閉じた。少女はその一瞬、臨也の瞳の奥が揺れたように感じたが、直後には元の表情に戻っていたためにそれは気のせいだと片付ける。 ……岸谷くんの言う通りにしたのは間違いだったのかなぁ 溜め息を吐いて、無言でその場を立ち去ろうとして、椅子から腰を上げる。 「あれぇ?帰っちゃうの?」 「……茶化さないで下さい。謝ります、こちらから話し掛けといて置いて帰ること。」 強気な瞳で相手を睨む。 すると臨也は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべたかと思うと、口端を上げて不敵に笑った。 「ああ、帰りなよ。…どうせ教えるほどいい事があるなんて嘘だったし。もしあったとしても教える気なんてさらさら無いから。」 …何処までも嫌味で最低な人。 少女はそう思って、傍の鞄を取って立ち去ろうとする。 「あ、待って!」 急に腕を取られて後ろに軽くつんのめった。恨めしげに後ろを振り向くと、相変わらず斜に構えた微笑みを湛えたまま、彼が口を開く。 「最後にひとつ訊いてもいい?……平和島静雄の何処が好きなの?」 その名前が耳に入ると、ほんのりと顔が熱を帯びるのを感じた。そして、少女は言った。 「乱暴だけど……本当は優しいところ」 ・・・・・ 「ギャップってやつ?」 「そうなんじゃないのー?ま、俺は分かんないけどさ。それで結局彼女にはシズちゃんの居そうな場所教えてあげたんだけどね。」 絶対振られるって分かってたけどねー俺は、と臨也が肩を竦めながら笑った。一部始終を臨也から聞いた新羅は、そんな様子の臨也を呆れたような顔で見やる。 「始めから素直に居場所教えてあげれば良かったんじゃない?」 「駄目。だってあの時のシズちゃん、喧嘩の真っ最中のはずだったし。」 平然と返す臨也。 そこで新羅はある違和感を感じた。 ――なんだろう。 臨也の話を聴いていて、初めから何か違和感が付き纏っていた。分からない。分からないが、気付かない方が良いような……。 うーん、と考えていると、いつの間にか目の前から臨也が忽然と姿を消していた。 「えっ!?」 「…どうした?」 驚いて辺りを見渡すと、廊下の向こうの方から見慣れた金髪が近づいてきており、その瞬間彼が姿を眩ませた理由を理解した。 そして、新羅は先程の話を思い出す。目の前の金髪の少年は、普段の穏やかな色の瞳に純粋な疑問の色を浮かべてこちらの方を見ていた。 ――分かんないけど、多分振ったんだろうな…… 「ううん!何でもないよ。それより、今日はもう帰ろう。」 疑問符を出し続けていた静雄に笑顔を浮かべ、帰宅を促す。一方の静雄は、対してその事を気にするふうでもなく、「そうか」と一言言っただけで隣に並んで歩き始めた。 新羅は考える。 臨也は静雄を好きだという少女自体を嫌悪したのか、あるいは静雄を好きになるということそのものを嫌悪したのか―― 別にどうでもいい事ではあるが、少し、何かが引っ掛かる。 なんだろう? ――――― 俺のシズちゃんに 手出さないでよ 「……俺の、か」 自分の発言の意味が分からない。どうしてあんなこと――、感情にまみれた言葉を口走ってしまったのだろう。 「…まさか、ねぇ?」 臨也はその行動に理由を付けるとしたら一つ思い当たったが、直後に考えることを止めた。 そんな事ある訳無い。 「無い……よねぇ」 自分自身に再確認しながら。 2010/11/19 ――やっとここまで…! |