後 「…怖い?」 「……っ、」 「…大丈夫。ね?」 「っ…ん」 風呂上がりの臨也からは、シャンプーのいい香りがする。 ――家に泊まりに来ないかと誘われたときから、何となく、こうなる予感はしていた。それでも断らなかったのは、自分も少しだけ、臨也を求めていたからなのかもしれない。 学校で変な噂が立ったことで、臨也に前のように近づきにくくなった。別にそうしたかった訳じゃない。噂のせいで余計に自分が白い目で見られるのが怖かった。――臨也と一緒に居ることより、自分を優先したのだ。 …本当は、折角毎日同じ学校に通っているのだから、ちゃんと顔を合わせたかった。一緒にお昼も食べたかったし、放課後も一緒に帰りたかった。でも、これは罰だ。臨也よりも自分を優先したことへの、罰。 でも、臨也はそれでも平気な顔をしているように見えた。 それが少し、寂しいと思った。 だから、自分も強がって平気なフリをした。 悔しかった。 臨也から遠ざかろうとしたのは自分なのに、いざ平気そうな顔をされるとムカついた。 反面、臨也に会いたいという思いが日に日に増していく。 どうしようもなくて、臨也と唯一確実に繋がっていられる携帯電話にかじりついて、毎日メールを待った。そんな時、ふとその日が4ヶ月の記念日だと気が付いて、我慢できなくて電話した。そうしたら―― 『俺ん家泊まりに来ない?』 息が止まるかと思った。 「…シズちゃん」 背中に手を伸ばすと、更に抱きしめられる力が強くなる。心臓がばくばくいっている。 耳の辺りを、臨也の唇が掠めて思わず身が強ばる。 大丈夫だよ、と赤ちゃんでもあやすような優しい声で頭を撫でられると、胸がきゅうっと苦しくなった。こんなの初めてだ。他人とこんなに近くで触れ合うことも、好きな人とこんなに長い時間ずっと一緒にいるのも。 電気の消えた暗い部屋のベッドの上で、抱き合ったまま。 まだ何も起きない。でも、これで充分な気がした。 シャツ越しに伝わってくる相手の体温や、シャンプーの優しい匂い。 「……ね、シズちゃん」 「……?」 「触ってもいい?」 「っ…」 聞くなよ、と思ったが、声には出さなかった。 代わりに真っ赤になりながら頷くと、口付けられた。 その時、ひんやりとした臨也の手がお腹の辺りをまさぐった。 「ぅ、や…っ!」 触れ合うだけの唇の隙間から変な声が飛び出してきて、驚いて足がびくんと動いた。 「落ち着いて」 「〜…っ」 ――落ち着けるか馬鹿!! 恥ずかしすぎて頭がぐるぐるする。 耳が熱くて、しかも暗闇に目が慣れてきて視界も晴れてくるし、嫌になる。 くっついた身体越しに心臓の動きが伝わるんじゃないかと心配になる。 そうこうしているうちに手が摩るように胸の辺りまで上がってきていて、そっと突起をつままれた。 「っ、女じゃ…!」 「……はいはい」 適当にあしらわれて、再びキスで口をふさがれる。 女でもないのになんでそんなとこ触るんだ、と混乱でいっぱいだったが、暫く弄られているうちに、だんだん変な気分になってくる。 (…何だこれ、何で、何で…) 「っふ、…んぁ」 「…ん」 割られた唇の隙間からねっとりと口内に侵入してきた臨也の舌が自分の舌に絡みつき、薄暗い部屋の中に絡みついた吐息と水音を響かせる。ぴちゃ、と音が立つたびに下半身に変な熱が集まるのを感じて、閉じた目蓋に更に力を込めた。 一方で、手の動きもだんだんと大きくなっていく。胸の突起を指の間で挟んだり、撫でられたりするたびに身体の芯がじんと震えた。 「ぅ…あ、あっ」 我慢できずに唇を離した。 生理的な涙で潤む視界に、臨也の赤い瞳が映る。 「……シズちゃん」 耳を食まれた。 クチュ、という卑猥な音と共に、耳を犯されていく感覚に静雄は怖くなる。何時の間にか手は腰の方まで下りていて、そして 「ゃ…っだ!」 「…もう濡れてる。」 「やだ、やだぁ…」 下着に隠れていた静雄のそれを、臨也の手が包み込んだ。 先からは中途半端に透明な液が溢れ出している。 それを延ばすように全体に擦り付けられ、括れの辺りをぐりぐりと刺激される。 「ぅあ、ひゃ…いざゃ、いざぁっ…」 二人だけの空間に、耳を塞ぎたくなるような水音と荒い吐息だけが聴こえてくる。 それだけで頭がおかしくなりそうだった。 とにかく気持ちよくて、何も考えられない。 「や、ぃや…も……っは」「シズちゃ…可愛い…っ」 「や、言う…なぁっ…!…」 両手を顔の前でクロスさせて、必死に表情を隠そうとする。Tシャツは胸の上まで半端に捲られていて、クーラーのきいた部屋の冷気に当たっている筈なのに熱が集まってきている。 それよりも擦られている下が熱くて、気持ちよくて。 臨也の細い指が丁寧に扱いていく。 限界が近づいてくる。 「ひゃっ、あ…!いざ、もっ…イ、く…っふ、ん!」 「……一回イこうね。」 そう言って耳の付け根に口付けられた途端、身体の奥で何かが弾ける錯覚があった。 ぎゅうっと下腹に力が入った。 「っく、んぁ!……ふぁあ、っあ…!」 次の瞬間、剥き出しになっているお腹に温い液体がかかる。 ――… 「っは、ぁ……ぅあ、」 「……」 やばい、と。 真っ白になった頭のどこかで警鐘が鳴り響く。 やばい、やばい、やばい―― 「…はず…か、しいから、も、っ…!」 ――見るな と。 咄嗟に臨也の視界を両手で塞ごうとした。 しかし、弛緩した身体に通常通りの力は発揮できず、臨也に掴まえられてしまった。そして、 「…言ったよね?俺、シズちゃんのして欲しい事を、何でもしてあげるって。」 「……」 はっとする。そうだ、風呂に入る前にキスをしたあと、臨也は確かにそう言っていた。 「――どうする?ここで止めたい?…言ってくれなきゃ解らないよシズちゃん…?」 臨也の瞳が、こちらをまっすぐに見つめている。 「俺はさ、シズちゃんにだけは優しくしてあげたい。…勿論俺が全てをエスコートしてあげることも出来る……。でもさ、そこにシズちゃんの気持ちが伴わなきゃ意味ないから。」 「臨也…」 「だから、言って、」 「――俺にどこまでして欲しいか、言って。」 「…う、」 かあぁ、と耳が熱くなるのが分かった。 瞬きをしながら、挙動不審気味に視線をうろうろさせる。「えっと」とか、「その」とか、意味の無い接続詞ばかり口からぽろぽろと出るのに、臨也の視線はこちらの表情から少しも外らされることはなかった。 そればかりか、濡れているこちらのお腹をゆっくりと摩ってくる。 「…あったかい……」 「っ…あ、きたねーか、らやめ…」 「綺麗にしてあげようか?」 「…っ、は…」 (…あれ、なんか…ヘンだ…) 頭がくらくらする。 撫でられるお腹の奥で、ずっとうるさい心臓の奥の方で、何かがきゅうっと絞られる感じがした。 身体にあまり力が入らない。 でも―― 「?――シズちゃ」 「さ」 「“さ”…?」 「最後まで、…しろ……」 そう言ったとたん、臨也が口を半開きにしたままこちらを見て真っ赤になってしまった。 臨也がこんなに赤くなった顔なんて見たことが無かったから、こちらまでつられて恥ずかしくなってしまう。 「お――お前が言えっつったんだろ!」 「う…うん、ごめん。思ったより破壊力が…」 もうここまで来たっていうのに、お互い真っ赤になって顔を反らしてしまった。 臨也は濡れた手をやけくそ気味にシーツに擦り付けて、一つ深呼吸をした。 そして、もう片方の手で頬に手を伸ばしてきた。 「……シズちゃん、」 ・・・・・ ――無事、期末考査が終わった。 テストという戦いの終了を告げるチャイムが鳴った直後、クラスはどよどよとした喧騒に包まれた。臨也はそんなクラスメイトたちの様子を耳で伺いながら、今日も今日とて人間観察に勤しんでいた。 「やっ、長かったねー、テスト。」 「新羅…。」 肩を後ろから軽く叩いてきた新羅に軽く笑みを浮かべながら、臨也はだるそうに伸びをする。臨也もそうだが、新羅もテストに一般的な人間が感じる苦痛を感じないタイプである。 彼が長かったね、と言ったのは、テストという単調でしかない退屈なイベントがやっと終わったね、という意味が込められているのだ。ただしこれは一般的には嫌味にしか受け取られないニュアンスである。この二人の間だからこそのやり取りであった。 「今回は勉強してたみたいだね、静雄が言ってたよ。」 「んー…?シズちゃんから?」 「そうそう。静雄も何か今回は手応えがある、って嬉しそうだったけど。」 「…そっか。」 臨也は表情を変えずに相槌を打った。 しかし、新羅は何かを汲み取ったようで、こちらを凝視している。 「――もしかして、一緒に勉強したの?」 「え?」 今度はわざとらしく聞き返す。…さて、ここからどう新羅を弄ってやろう。と内心で黒い笑みを浮かべたその時。 「臨也、」 と、この教室でするはずのない声が隣から聞こえ、臨也は驚いてその声のした方を向く。 そこには、既に鞄を持って下校準備万端と言った体の静雄が立っていた。 「――帰るぞ。」 「っ……」 「あれ、静雄くん?」 ?、?、と疑問符を浮かべる新羅。それを余所に、臨也は内心の戸惑いと、嬉しさを隠しきれないでいた。 妙な噂がたってからというもの、一緒に下校することが無くなっていた。 ましてや静雄の方から何かを誘ってくることなど、皆無だったのだ。 「……いいの?」 もし、まだこんなに沢山生徒の残っている中で一緒に下校などしたら、下火になっていた噂に油を注ぐ結果になるかもしれない。 それでも、いいのか?――と。 すると、静雄は少しだけ視線を天井に向けて考えるような仕草をしたあと、こちらへ向き直ってこう言った。 「――そんときは、手前が何とかしろ。」 「…ぷっ」 ――無茶苦茶だ。 「……じゃ、帰ろうか。じゃあね新羅。」 「え?あ、うん!さよなら!」 既に自分たちが付き合っていることを知っている新羅は、微妙な薄笑いを浮かべながら手を振ってくる。 教室を出たあと、やはり何人かに振り返られた。 その都度臨也は静雄の顔を見たが、特に表情に変化は見られなかった。 校門を出て暫くして、臨也は気になった事を訊ねることにした。 「…どうしたの?あれだけ嫌がってたのに急にこんな…」 すると、静雄は頬を指で掻きながら、言いにくそうに口を開いた。 「……しょに、居たいから、だよ…」 「へ?」 「〜っ!だから!もっと一緒に居てぇからだよ!だから…」 かあぁ、と顔を真っ赤にしながら「ああもう、」と腕で表情を隠そうとする静雄。 一瞬だけ惚けていた臨也はハッとして、先ほどの言葉の破壊力に遅れて反応した。 気が付けば、何処か見たことのある公園の横を通りかかる所だった。 「…ずっと、一緒にいよう。」 「っ」 手を握る。 「シズちゃんの言ったように、噂は俺が何とかしてやるよ。だから、これからは一緒にこうやって帰ることも出来るし、前みたいに一緒にお弁当食べたり、勉強したり、それから――」 夕日に照らされる静雄の顔が、ずっとこちらを見ていた。 臨也も目を逸らさずに、ずっと相手を見つめていた。 一緒にお弁当を食べて、 一緒に勉強して、 一緒に帰って、 それから―― 「……それから…」 何故か、その先の言葉が出てこなかった。 喉の奥で何かが詰まって、代わりに鼻がつんとして、目頭が熱くなる。 「…臨也?」 静雄がきょとんとした顔で、こちらの表情を窺おうとのぞき込んでくる。 見られたくなくて、思わず顔を掴んで、思い切り口付けた。 「っ、ん…!」 抜けるような吐息が絡み合って、暫くして漸く唇が離れる。 ――まるで夢でも見ているかのようだ。 それはきっとお互い、そう思っているのだろうと思った。 目の前の存在が、本当に愛しい。 初めて身体を繋げたときから、漠然と思ったことがある。 お互いに溺れられる期間がこれから先何ヶ月続くのだろう――と。 きっと、考えてはいけないことだとは分かっているのだ。 でも、相手が大切で、本当に大好きだからこそ、余計に。 冷静さを保っておきたいと思う自分がいた。 静雄は直情的だ。 だから、彼の方はきっと、これからはもっと素直に自分の感情をぶつけてくるだろう。 臨也は、それを受け止める覚悟も自信もあった。 しかしそれは、きちんと自分の中に冷静さを失わない、という条件があってこそだった。 ――きっと、これは変えることの出来ない自分の性分なのだろう。 それでは結局、相手を好きになれば好きになるほどどんどん冷静になっていくことと同義であり、つまり最後には―― 「……大丈夫、だよな。」 「へっ?」 考えを読まれたのかと思い、思わず声が裏返ってしまった。 しかし、次に「テスト。」と続いたので、ほっと胸を撫で下ろす。 そして、ふっと笑みを浮かべ、一つ高い金髪の頭をくしゃくしゃと撫でながら言う。 「だーいじょうぶだよ!…つか、俺が教えたのに大丈夫じゃないとか、許さないから。」 「あー…そ、それは、…どうだろな。」 「絶対大丈夫だよ。…俺はシズちゃんを信じてる。」 「そ、そうか。」 「……期待を裏切ってくれるというベクトルで、だけど。」 「何か言ったか?」 「いーや、何も?」 ――そうだ、今は何も考えなくていい。 笑顔を珍しく素直に浮かべる静雄の顔を見て、臨也は思う。 今はただ、二人で過ごす一瞬一瞬を大切にしよう。 出来れば、ずっと一緒に居られるように。 願わくばずっと、一緒に居られますように。 20110913 …長かった!! 思ったより纏まらなかったというより、途中から明らかにシズちゃんへの愛が暴走してしまいました(´▽`;) これもまた、6月からずっと詰まっていた文章ですはうう(∩T∀T) 過去編、日常編は、私がサイト設立前に一番書きたいと思っていた臨静に至るまでの「過程」です。すみません…これでも全然中盤ですみません…。日常編がいつまで続くか分かりませんが、もう少しばかりお付き合い頂けると嬉しいです。 最後に。 当サイトにお越し頂きまして、ありがとうございます。 これからも確実に更新していきますので、他素敵臨静サイトさまを巡られたあと、お暇がありましたらまた立ち寄って頂けると嬉しい限りです。 それでは。 テルル |