What does make you so...?/前 柔らかな日が差し込む午後の教室。窓際の真ん中辺りの席で、臨也は携帯を片手に机に肘をつき、窓越しの運動場を眺めていた。 「折原君、」 控え目な声で名前を呼ばれて振り向くと、黒に近い長い茶髪で落ち着いた雰囲気の少女。ええと……こいつ確か…… ああ、思い出した。 学園内で自分が一番美人だとでも勘違いしているのか知らないけど、男を1週間ごとに取っ替え引っ替えしてるとか噂になってる奴だ。 臨也は正直、そんな果てしなくどうでもいい事に些かの興味も沸かなかったので、その噂の真偽は知らない。 だから、その女が自分にどういうつもりで話し掛けてきたのかということにも興味が沸かず、再び身体を前に向けて手元の携帯を弄り始めた。 「何してるの?」 「……別に?」 後ろから覗き込んで訊ねてくる女に、臨也は内心舌打ちをしながら諦めたように携帯を閉じた。それからわざとらしく溜め息を吐いて、立ち上がる。 「ま、待って!折原君」 「…?……なに」 垣間見たその顔は真っ赤になっていて、外聞とはかけ離れた初心なその表情に違和感を感じる。そして、すぐに先程とは打って変わって優しい微笑を湛えながら聞き返した。どんな奴なんだろう? 少しだけ、興味が沸いた。 「で。何?」 「あの…実は―――」 ・・・・・ ……喉が渇いた。 静雄はポケットを探りながら、教室に財布を忘れたことに気付き舌打ちをする。下から、ひぃっ、と男の怯えた声が漏れたが特に気を取られる事もなく運動場を去った。 静雄が去ったあとの運動場には、不良と思しき体の少年たちが縷々重なり合い倒れていた。木枯らしが少年たちを弄ぶように撫でてゆき、半壊したサッカーゴールがその惨劇を更に際立たせていた。 ガコン 無機質な音と共に出てきたコーラを取り出した。教室には戻るに戻れない状況なので、所在無くふらふらと学校の敷地内を歩く。 冷たいコーラを喉に通しながら、昼休みに襲撃してきた先程の不良たちを思い出した。そして、裏で糸を引いているであろう人物を一人思い浮かべ―― 「……臨也の野郎…後で見つけたら今度こそ」 そこで彼の言葉は一度途切れる。コーラを口から離して硝子張りの廊下を見上げると、一瞬忌々しいあの学ラン姿が目に入ったからだ。――ただし、女連れで。 女と一緒にいる所はよく見掛けていた。臨也は、取り巻きのような女子たちと街ではよく連れ立っていたし、この学園にも、臨也に心酔している女子は何人かいた。 「………」 どこか複雑な気分になって、――それは決して臨也に心酔する女子たちに対する哀れみとかではなく――手の中のコーラを一気に飲み干して握力だけでその空き缶を"丸め込んだ"。 ピンポン玉ほどの大きさになったそれを、近くのリサイクルボックスに投げ入れる。 「……あー、気分悪ぃ」 それは、不良に対してか。 それを指示した臨也に対してか。 はたまた女連れだった臨也に対してか―― ・・・・・ 授業をサボタージュして、少女は黒い少年と共に真昼の校門を抜け、街に出た。 初めて話し掛けたときとは纏う雰囲気が全く違う、今は心底楽しそうに自分の手を握り街まで連れ出してきた"彼"に、少女は戸惑う。 「あの、えと、折原くん?」 息を切らせながら、少女が問う。 「ん、何?……ああ、どうして街に出たかって訊きたいんだろう?だったら――俺も聞き返すけど、どうして『よりによって俺に』シズちゃんの話をしたのかな?」 何処までも優しい微笑みを湛えて、眉目秀麗なその少年は訊ねてくる。自分の言いたかったことを的確に突いて、尚且つ有無を言わせぬその饒舌さに呆気に取られながら、少女は口ごもった。 「あ、それは…えと……」 「俺たち、仲悪い…っていうか、お互い憎み合ってて寧ろもう死んで欲しいって思ってるの知ってるよね?」 何処までも、 何処までも優しい声色、優しい笑みを浮かべて、咎めるような言葉を並べてくる。少女は、一瞬そこに恐怖とも形容できる感触を覚えた。 「ご、めん…なさい……喧嘩する程仲がいいって…」 「………君は…『本気で』そう思ってるの?」 「…」 こくん、と頷く少女。 「…誰かに言われて、じゃないのかな?」 「あっ、それは、岸谷くんから……一度、岸谷くんに聞いてみたんだけど、『そういうのは臨也の方が良く分かってるんじゃないかな』って…」 岸谷新羅。 あいつか…。 それにしても、目の前の少女。……。 臨也の本性が、牙を剥いた。 「…君さ、凄く人に素直なんだね。確かに素直さってのは人間に必要な部分でもあるし、周りに好印象を与える君の長所であると俺は思う。でもそれは『謙虚さ』や『誠実さ』とは違うんだよ。純粋に、愚直に他人の言うことに従ってれば、君はそれで楽なのかも知れないけれど、相手の気持ちとか状況とか、考えたことある?……無いよねぇ?だったら俺に誰から見ても分かる俺の大嫌いなシズちゃんの事なんか訊いてくる訳ないし、ましてや――君がシズちゃんを好きで、そんな理解できない感情の為に俺が協力してくれるとでも思っちゃってるのかな?」 ニコニコとした表情で次々に捲し立ててくる相手に、少女は言葉を無くして口を薄く開いたまま男を見る。唐突に漠然とした恐怖が、今では確実なものとして少女を襲ってきた。 しかし数秒後、 少女は信じられない言葉を耳にする。 「俺のシズちゃんに 手ぇ出さないでよ。」 2010/11/14 |