「ひっ…ぅ…」
「ん?」

カチャ、とドアの開く音と共に啜り泣きが聴こえてきて、臨也はパソコンから視線を外した。回転椅子を回そうとしたけれど、すぐにその泣き声の主が足元にトテテと寄ってきていた。

「ぱぱ、ぱぱぁっ」
「おやおや…珍しいじゃないかサイケ。ん?」

よっ、と小さな、それでいて重い体を抱き上げて膝に乗せる。一体何があったのか解らないが、サイケがぎゅうと抱き着いてくる。小さい頭をそっと撫でながら、臨也は少し戸惑って、取り敢えずサイケがどうして泣いているのかを訊ねることにした。すると。

「でりおがさいけのちゅがるをひとりじめしようとするの!」

と、大きなピンクの瞳を潤ませて訴えてきた。流石の臨也もこれには口を押さえて暫く悶え――やがてサイケの言った内容を理解したあと、サイケを床に下ろし、椅子から腰を上げた。

そして、サイケの手を握り、しゃがんでピンクの瞳を見詰めて言う。

「…サイケ、違うんだ。デリ雄はね?……寂しいだけなんだよ。」
「――寂しい?」

きょとんと首を傾げるサイケの頭を撫で、臨也は一呼吸置いた。

「デリ雄にはね、ちゃんと――ちゃんと相手が居るんだ。」
「ぇ…?」

きゅう、とサイケの手を握る力が強くなる。その余りの強さに顔をしかめながら臨也は頷いた。

「でも…」
「そう。今はまだこっちには来てないんだけどね?」
「…なまえ…なんていうの?」
「…っ…」

純粋な興味だろうか。本当に、最近のこの子供たちの発達には目覚ましいものがある。そんな事を訊かれるとは思いもしなかった臨也は一瞬たじろいだ。

「…ぱぱ?」
「…っいや、何もないよ。」
「でりおのたいせつなひと、なんてなまえなの?さいけ、しりたい。」

――しりたい

そう言ったサイケの表情が、妙に大人っぽい。臨也はため息を吐いて、やがて口を開いた。


「それはね――」










「――…ひ、びや…。」

デリックには、部屋が一つ宛がわれている。寝室としては他に、臨也と静雄、サイケと津軽の子供部屋、そして――自分。なんて滑稽な、それでいて酷い割り振りなんだろう。臨也はやはり、少し嫌なやつだ。

先程の事件があってから、静雄による津軽の慰めはまだ続いていた。何となくそのままリビングに居るのは躊躇われて、デリックは静かにその場から退散してこの自室に逃げ込んでいた。

――やっぱり、俺の居場所はここにはない…

ベッドの上で体育座りをしながら、ふとすれば溢れ出てきそうな涙を堪える。

――どう考えたって、自分は家族の中でもお邪魔虫じゃないか。サイケは自分の事を嫌っているし、自分が居るせいで津軽まで間接的に傷付けてしまった。…そんなことが頭に浮かんでは消え浮かんでは消え、もういっそ電源を切ってしまおうかと思ったとき



「――デリック。」
「っ!!」



暗闇の中で透き通る、声を聴いた。振り返って、デリックはそこに居た人物に向かって微笑んだ。

「……遅くなったな…すまない。」
「ばっか…誰も手前なんざ、待ってねぇんだよ…」

会うのは初めてだ。
でも、デリックの回路にしっかりと刻み込まれた「日々也」という自分とペアの存在。そして、今デリックの目の前に居るのは、紛れもなくその日々也だった。

マントをバサリと翻し、日々也が跪く。

「――私もこの日を随分と待ち焦がれていたのだ。デリック君…会えて嬉しいよ。」
「日々也…」

デリックがベッドから足を下ろすと、日々也が顔を上げた。その瞬間、

「デリ――ぐぼっ!」
「おっせーんだよこの馬鹿王子!」

デリックの足が日々也の顔面に食い込んだ。衝撃で頭の王冠が危なく飛び上がる。

「で、デリック君?!まま待ちたまえ!」
「うっせぇ馬鹿!かっこつけてんじゃねえよいちいち!!あー苛々する…俺はずっとこんな奴を待ってたっつうのかよ…!糞!」
「デリック君?!いきなりDVかい!?ファーストインプレッションが最悪だよ!?」

変な格好。変な口調。良く分からないキャラ。
とどのつまり――変人。

何だか興醒めしたのと同時に、胸の奥で沸き起こるガッカリ感と、良く分からない怒りに身を任せ、デリックは、げしげしと日々也を足で追いやるようにして蹴り続けた。

「ぐっ、で、デリック君!いい加減蹴るのを止めてくれな…くれま…頂けませんか!?」
「――ちっ」

フン、と腕を組み、そっぽを向くデリック。日々也は頬を押さえながらやっとおさまった理不尽なDVにほっと溜め息を吐いている。

――何だよ臨也の野郎…
わざわざこんな奴を俺とずっと引き離して、一体何を企んでたんだよ…

今何故急に日々也が現れたのか、原因は不明だが、取り敢えずデリックはもう一度日々也の方を一瞥しようと目を開いた。すると、

「っ!」

唇に柔らかいものが触れたかと思うと、どさりとベッドに身体を押し倒されてしまった。何が起こったのか、何をされたのか分からず、混線する思考回路を整理しようと躍起になる。焦点が合わない程間近に迫る日々也の顔は、先程とは違ってどこか冷徹さが感じられた。
思わずビクリと身が強張る。

「ひび――」
「…全く…とんだ女王様だな君は…。まぁ、それも魅力的だが…」
「?!……?」

身に纏っていたスーツをばさりと脱がされ、首筋に日々也の唇が寄せられる。すっかり形勢が逆転されてしまい、されるがままのデリックはこれから何が起こるのか想像がつかず、力を込めてもびくともしない日々也に恐怖すら覚えた。
そのうち、耳をかぷりと甘噛みされて、ぞわりとした感覚が指先まで伝わった。

「い、や…」
「大丈夫だ、デリック…力を抜いて……」
「うぁっ…!」

シャツのボタンを外されていく音と、耳を舐められる音とで聴覚が侵されていく。

――こわい、
―――たすけて

「――静雄!」

ガチャ

限界になって思わず叫んだ名前。すると、意識の遠くの方で、ドアの開く音がした。

日々也も驚いて後ろを振り返り、デリックも恐る恐る瞼を開いた。すると、部屋の入り口に立っていたのは、津軽を片腕に抱き抱えエプロンを着けた静雄の姿だった。

「――あ?誰だお前…」
「君が静雄く――ぐはっ」
「静雄!!」

隙を突いて日々也を蹴り飛ばし、静雄の元へ逃げる。状況を呑み込めていない様子の静雄は、何故か泣きそうな顔をしているデリックをその胸で受け止めた。津軽も驚いたように目を見開き、見たことのない日々也とデリックを見比べ、そしてデリックの金髪をふわふわと慰めるように撫でた。

「…一体何があったんだデリック…つか、あの奇抜な格好した奴はなんだ。」
「デリック、だいじょうぶ?」

「――やぁ、感動の再会はどうだった?」

静雄だらけのドアの入口に、空気の読めない呑気な声が廊下から響く。一行がそちらを見遣れば、そこにはこちらに近付いてくる臨也とサイケの姿が。

そのとき、津軽が静雄の腕から飛び降り―― 一方でサイケもこちらに向かって走り寄ってきて、二人は抱き合った。

「ごめんねちゅがる…ひどいこと、いって」
「ううん…いいよ」

そんなやり取りが廊下で繰り広げられている中、静雄は自分にしがみつくデリックの身体を、そっと肩を掴んで離した。

「大丈夫か、お前…」
「……」

まだ混乱している様子のデリックに、静雄は溜め息を吐いて臨也の方を向く。

「ありゃ何だ、臨也。」

部屋の中の日々也――気絶してのびている日々也を指差して静雄が問うと、大げさなジェスチャーを交えながら臨也が口を開いた。

「あれは“日々也”。俺をモデルにした最新型のアンドロイドだよ。デリックのペアになるように設計してあるんだけど……」

臨也が目を細めてデリックを見る。

「――どうやら、デリックにはまだ受け入れられないらしい。」
「っ」

その時、臨也の感情がデリックの回路に流れ込んできて、思わず表情が固くなる。

――シズちゃんから離れろよ

まるで、そう言っているかのようなきつい眼差しだった。デリックは静かに静雄から身体を離した。

「……ま、そのうち慣れるでしょ。あーお腹すいた、ご飯ご飯ー。」
「あ、おい臨也!ちゃんと説明しろよ!」
「ごはんー!」
「…おなかすいた」

ぱたぱたぱた…と、四人の姿が廊下の向こうに消える。去り際に静雄に頭を撫でられて、少しだけ涙が出そうになったが、我慢した。

デリックは、恐る恐るドアの隙間から中の日々也の様子を覗いた。

――どうしよう…

何だか、とてもこれからやっていく自信が無い。

「――ぅ、…デリック……」
「っ!」

目を覚ました日々也が名前を呼んでこちらに来るように促した。ビクリと身を震わせて、デリックは恐る恐るドアを開き床にのびたままの日々也に近付いていく。しゃがむと、日々也の手がこちらに伸ばされ、思わずデリックは目をぎゅっとつむった。しかし。

「……………?」

頭を、撫でられている。
不思議な感覚が、デリックの身体を流れていった。

「……悪かった…少し、驚かせてしまったね…」

そう言って、優しく微笑む日々也。デリックはその瞬間、耳が熱くなるのを感じた。

――なんだ、これ…
どきどき、する


「……まだ上手く、意思の疎通が出来ないようだな…。まぁ、これから徐々に慣れていく筈だ。」
「…ごめん」
「案ずるな、時間はたっぷりあるんだ。君のペースでいい。」

手袋を嵌めた手が、デリックの手を握る。

「でもこれだけは知っていてくれ。俺は君が好きだ。」
「……っ」


胸の奥で、何か温かいものがどくどくと脈打ち始める。そしてデリックは思う。きっとずっと、この瞬間を
――待ちわびていたんだ…と。

「……デリック…?」

気付けば、日々也の身体を抱き締めていた。

「……おか、えり…」

何処にそんな台詞が組み込まれていたのだろう――。自然と、そんな言葉が口から溢れ出た。暫くして、背中に手が回った。


「――…ただいま。」







ずっと、会いたかった。







20110327

ながッ!!
日々デリは、ヘタレ×女王だと思う今日この頃です。サイツガが適当になっちゃった!…すみません((





20110514
拍手から移動



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -