ひびやがやってきたひ 前




「ふぇえっ、ままーっ!!」
「うぉっ…?」

ドシン、と足に衝撃が走り、戸棚から皿を取り出そうとしていた静雄は、不安定な姿勢によろめいた。

「――っぶね…!何だよサイケ…?」
「ふぇ、で、でりおがぁ…」
「デリック?」

すん、すん、と鼻を啜りながら泣きじゃくるサイケの顔を見て、ぎょっとした静雄は手の皿を適当に置いてしゃがんだ。固く握られた小さな手をズボンから優しく離し、背中に大きく手を回してサイケを抱き締める。

「…あーもう…目ぇ擦んな、ん?」
「んぅ…」

落ち着かせるように背中を擦ってやり、時折ポンポンと頭を撫でる。それにサイケは大分落ち着いてきたようで、甘えるように静雄の肩に頭を押し付けてくる。

実際は、ヘッドフォンがごりごり当たって見るからに痛そうな光景なのだが…
一般人より遥かに鈍い痛覚を持つ静雄には、殆ど影響が無いようだ。

「―…で、デリックがどうしたって?」

静雄が優しく問い質すと、鼻をすんすんと啜りながらサイケがリビングの方を指差し、

「さいけのちゅがる、でりおがとったの」
「は?」

いまいち状況が呑み込めないまま、取り敢えず片腕にサイケを抱き抱えてリビングに向かう。すると、ソファに座ってテーブルを中心に向かっている二人の姿があった。


「――よっし!俺大富豪!」
「…カジノでボロもうけ…」
「あ、え…ちょっと会社倒産しちゃったんだけど。ああくそっ!」
「けっこん…こどもうまれた…」
「あんだよ、津軽ツキ過ぎだろ。俺なんかリストラされて家燃えて離婚だぜ?」
「それはデリックがツイてないからだよ…」


「……えーと…、」

――何やってんだこいつら?
という疑問が静雄の頭に真っ先に浮かんだ瞬間、足元で『パリッ』と何かがスパークするような音がした。見れば、サイケが静雄のズボンをぎゅうと握り締め、わななくわななく、ピンクのコードからパリパリと電気を出していた。

その恐ろしい殺気に流石の静雄も思わずたじろいだ。

「…あ。静雄、何やってんだそこで?」

空気の読めないデリックの能天気な声に溜め息を吐きながら、静雄は取り敢えずサイケを抱き上げる。

「…てめぇらこそ…一体何やってんだよ」
「ん。人生ゲームだけど。静雄とサイケもやるか?」
「たのしいよ…サイケもしよう」

そう言って津軽が立ち上がり、静雄に抱き抱えられたサイケに触れようとした時だった。

「―――さわるなっ!」

ぱしん、
と。津軽の手が小さな手に叩かれた。空気が凍り、しん、と静まり返る。津軽は呆然としたままで――暫くして、静雄の腕からサイケが飛び出した。

「ぅおっ?!」
「ちゅがるなんかきらいだっ!!」

「ぇ、あ、おいサイケッ」
「サイケ…っ!」

サイケはそのままリビングのドアを乱暴に閉めて出ていった。サイケが出ていった後のリビングには、同じ顔をした三人が残され、言葉を発することなく静雄とデリックは顔を見合わせる。

何が悪いと言うわけでも、誰が悪いと言うわけでもなく。ただ、大人二人からすればそれは些細な、子供によくある出来事でしか無かったのだけれど。

津軽に至っては、そうは行く筈もなく。

「――ふ、ぅっ…うぇ」

普段感情の起伏の殆ど無い津軽が、立ったまま着物の裾をぎゅっと握り締めて涙を溢し始めた。





20110310







20110514

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