空 「……。」 「おま、え…」 時が止まった。二人を包み込む病室の、無機質な空間。 臨也は激痛に耐えながら上半身を起こし、目を丸くして固まったままの静雄を睨み付けた。 「――今更…気付いてないなんて言わせないよ、シズちゃん。そろそろ自覚しなよ。」 「…っ」 静雄が目を逸らした。その反応に苛立ちながらも、臨也はある確信を持って口を開く。 「…往生際が悪いね。ここまで来て……ここまで俺を受け入れといて今更後には退けないよ、シズちゃん。」 「――お、れは…」 目と鼻の先で、不安げに視線を泳がせながらぽつりぽつりと言葉を落とし始める静雄。相変わらず室内は暗くて、窓ガラスを透過して射し込んでくる月の光が、二人を照らしている。 臨也は、ふとすれば押し倒してしまいそうな感情の高ぶりを押さえ込み、目の前の静雄をじっと見つめていた。 そして。 「……俺は…お前が 嫌いじゃ、ねえよ…」 「――シズちゃん…」 それはとても――とても切実な響きだった。とても素直とは言い難いこの男にとって、この何でもないような――ふとすれば"好き"という意味には取りづらいその台詞は、それ程勇気のいる台詞だった。 臨也はそれらを全て解っていた。だから彼は今、優しく微笑む事が出来ていた。 「顔…良く見せて…?」 「…ん」 綺麗な曲線を描く頬を両手で挟み、無事な右目で静雄の顔を見た。 いつも――いつも見ていた。喧嘩をする時も、同じクラスになった時は授業中も。初めこそ嫌いだから気になって仕様が無かったけれど、今では。 自分には無いものを、この男は持っていた。コンプレックスを抱いていた時期もあったけれど、今ではとっくにそれを通り越していて、何処か憧れにも似た感情を抱いていたのかも知れない。――だが、それは臨也だけが抱いていた訳では無いと、臨也は気付いていた。 だから今こうして、静雄自身からその言葉を引き出そうとしている。 「……まぁでも、いっか」 「あ?」 コツン、と額を当てながら、臨也は一人で笑った。 ――今は、いい。 またいつか、時期が来れば必ず言わせてやる―― 訝しげな声を上げる静雄だが、抵抗は全く無い。つまりは、そう言うことなのだろう、と。 再び口付けて、そのまま眠りについた。 ・・・・・ 「――おい、やったか?」 「ああ、一応な…。ったくよ、死にゃしねぇだろうが案外あっさり倒れちまって拍子抜けだわ。」 廃工場跡。思い思いの格好をした少年たちが屯すこの空間の中心には、前日に臨也と待ち合わせをしていたあの不良の姿があった。 「調子乗ってた臨也の野郎と静雄を二人ともやれたんだ。これで俺らも……上に対してアピールが出来るってモンよ。」 彼がそう言えば、周りの不良たちも高らかに笑い始める。『上』とは、彼らが高校を出た後に上がる暴力団の事らしい。そこまでに、巷で有名な不良――平和島静雄を痛め付けられたという『栄光』を手に入れたかったのだ。 その為にも、様々な手練手管を使ってこちらを利用してくる折原臨也を潰して利用し返す必要があった。 そしてこの計画は、一見して成功したかのように思えたのだが―― 数日後、彼らはその上がる筈だった上層組織――粟楠会に"灸を据えられた"挙句、池袋から追われる様にして去ってしまったのだとか。 一体誰が密告したのか、今となっては知る由も無いが……。 ・・・・・ 抜けるような青空。 雲一つ無い青空。 それを、校舎の屋上に寝転がって見上げるのが、大好きだった。柔らかく吹く風に金髪をそよがせて、時々目にかかる前髪を、隣の人物が掻き上げる。 「―……シズちゃんはホント、空が好きだよねぇ…」 どうして、あんな殺伐とした関係から一転して、こんなに穏やかな言葉を交わす関係に変わったのだろう。…理由ははっきりしているけれど、静雄にはそれを口に出す程の勇気はまだ無かった。 「……落ち着くんだよ、なんか」 「……ふぅん」 余り興味の無さそうな声に、静雄はふとその顔を見上げた。ムカつく程綺麗な顔立ちをした男は、その艶やかな髪を靡かせて自分の隣に座っている。 ――でも確かに、静雄は満たされていた。 穏やかな 穏やかな時間が まさかこの男と過ごす時間がこんなにも優しくて、温かい時間になるだなんて 数日前までは想像もつかなかったと言うのに。 「―……ねぇ、キスしたい。」 「…勝手にしろよ。」 でも、今までしてきた喧嘩や、臨也とのどんな些細なやり取りでさえ、必要だったと思える。許しがたい事もあったけれど、それでも今、自分は―― 「好きだよ」 信じて。 20110410 やっと……完、結… 長かった… 今まで応援してくださっていた皆様、ありがとうございました。皆様が居なければ書き上げられなかったと思われます。本当にありがとうございました!! |