群青 赤焼けが 群青に染まる瞬間が、 綺麗だ と思った。 「――…う、…」 全身が重だるい中、静雄は目を覚ました。そのとき、ふと自分が何者かに殴られ昏倒してしまったことを思い出す。 ――あー…つか、ここは…? 「いッ!」 顔を上げると、鋭い痛みが後頭部を突き抜け、手で押さえ付ける。ぬるっとした感触がして、一瞬脳みそかと心配してしまったけれど、冷静さを取り戻してそれが血だと確認した。 自分はまだ、あの公園の前で倒れていた。夜は更けていて、街灯が自分の倒れている公園の出入口辺りを照らしている。 フェンスに掴まって立ち上がった。身体をそれに寄りかからせて、月を見上げる。 「……結局、あの野郎来なかったな…」 すっぽかしやがって。 そこまで言おうとしたのに、喉が詰まって出てこない。手のひらで固まった血を暫く見詰めて――拳を作った。 自分を殴ったのは、臨也じゃ無かった。それは声からも確かな筈だ。でも、それを仕掛けたのは一体誰か?今日、静雄がここに来ることを知っていて、静雄を恨んでいる人間―――そんなの、静雄の知る範囲では、臨也しか居なかった。 「………俺は」 ――ピルルルルッ 「!?」 突如、ポケットの中から携帯の着信音が鳴り響いた。 「…もしもし?」 『ああ!静雄、良かった…出てくれて…』 相手は新羅だった。 「何だよ」 『ちょっと大変な事になってるみたいなんだよ…あッ、まだ起きちゃ駄目だって!』 「あぁ?」 どうやら静雄にではなく、向こうにいる誰かに話し掛けているようだ。携帯の向こう側は何だか騒がしく、静雄は若干苛立ち混じりに新羅の応答を待った。 『――あのさ、今からこっち来てくれる!?っていうか、セルティが今静雄を探してるんだけど、今何処?!』 「……何だよいきなり。」 理由は解らないが、胸騒ぎがした。新羅はかなり慌てている様子で、早口に捲し立ててくる。 「…今、池袋の…公園に居る。」 『もっと具体的に――て、あああっ!』 「っおい?」 ゴガ、と妙な音が向こう側で響いて、静雄は思わず携帯から耳を離した。そして、再び携帯を耳に当て直したときだった。 『――やぁシズちゃん。』 「な…っ、」 聞き慣れた声がして、静雄は思わず携帯を握りしめた。 「臨也っ…」 『……ごめんね…』 「…っ」 電話越しの声に、いつもの無駄な元気を感じられないという事に、静雄は気付いていた。声を聴けて、ほっとして――どこか、寂しくもあった。 ごめん、 という言葉を、臨也はもう一度ゆっくりと吐き出した。その度に、静雄の中でぐるぐると感情が渦巻いて、あ、とか、う、とか、言葉にならないただの音が口から溢れ出る。 『ちゃんと、行くつもりだったんだけどさ。……野暮用が出来ちゃって、今――』 その時、馬の嘶きのような音が辺り一帯に響き渡って、それが友人のバイクのものだと気付くや否や、静雄は携帯を耳にぴったりと当てたまま、そちらに向かって走り出した。 ・・・・・ 「…どういう事だ?これは」 こんな話は聞いていない。 どうして、今日普通に放課後に会う約束をしてた奴が、こんなところで、身体中に包帯を巻いて寝てるんだ? セルティに連れられ、やって来たのは来良総合病院だった。 「……えっと…話せば長くなるんだけどね…」 新羅が勿体振るのももどかしく、その胸ぐらを掴み上げた。 「前フリはいいから手短かに話せ」 「お、ぉおお落ち着いて静雄っ、ここ病院――」 「だーかーらとっとと話せっつってんだろうが!何が、どうなって、こうなってんだ!!」 ――その時、シュルシュルと黒い影が新羅を掴んでいた手の周囲に集まって、ハッと気付いた時にはもう片方の手にも絡み付き始めていた影と結びつき、頭の上で両手首を纏めてくくられてしまった。 『少し落ち着くんだ。』 「……お前…」 拘束されてしまった事は気に食わないが、実際こんな事でここで暴れるのは良くないと思考が幾分か冷静さを取り戻し、静雄は影でくくられたままの腕を下ろした。 「ありがとうセルティ。」 「……悪かったな」 「ああ、いや…良いんだよ。それより、この状況の説明をしなくっちゃ!」 先程まで電話越しに話していた相手は、余程疲れていたのか、今は寝ている。顔の半分が包帯に覆われており、腕や足にも血の滲む包帯が巻かれていた。 静雄はそれに目を細める。ベッド脇にある椅子に三人が座り、落ち着いて話す態勢に入った。 「…で。どうなんだよ。」 「あ、ああ…そうだね…。さっき臨也からセルティに連絡があったんだよ。」 ・・・・・ 数時間前 「っごほ…ッ、はぁ…!」 ずる、ずる、と動かない足を引き摺りながら、廃工場の壁伝いに外を目指していく。先程の不良の言った通り、身体を縛られた上にリンチを受けていた臨也は、身体中が悲鳴を上げるなか、手首に忍ばせていたナイフで拘束を切り、自力でここまで逃げ出してきたのだ。 「……ほーんと、っシズちゃんで鍛えてきたからかな…俺もなかなかしぶとい身体になったもんだ、よ…」 割りと広いために、追っ手はまだ遠い後ろにいる。さっきまでは走っていたのだが、出口が見えた途端緊張が切れたのか、足が全くと言って良い程に動かなくなってしまった。 「―…っは、…くそ…」 外に出て、近くのビルの間に倒れ込んだ。息は荒く、体の痛みもピークに達している。朦朧とする意識のなかで、臨也は辛うじて携帯である人物に電話を入れた。 ――シズちゃん… ――シズちゃんだったらあんな奴ら…一捻りなんだろうな… 「…もしもし?…俺を病院まで運んでくんないかな…場所は――」 折角、誘ってくれたのに ごめん 夕焼けは、いつの間にか闇に覆われ始めていた。 ・・・・・ 「………ん、っ」 目が覚めた。 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。片側の視界が無いことから、左目に包帯が巻かれているのだと気付いた。 「――いっ、つ!」 意識が覚醒すると同時に、身体中の痛みが舞い戻ってきて臨也は身をよじる。天井や周りの白いカーテンが、病院らしさを醸し出していた。 ふと、横を見ると。 「……おう、やっと起きやがったか手前」 「シズちゃん…」 何故か頭に包帯を巻いた静雄が、不貞腐れた様な顔でベッド脇の椅子に手を後ろにして座っていた。嬉しくなった臨也は思わず起き上がろうとしてしまい、しかしその瞬間全身に走った鋭い痛みに悶絶してベッドに倒れ込んだ。 「いった!!」 「…馬鹿だなお前は」 「はぁっ?」 思わずむっとして、普通に言い返そうと目線をそちらにむける。すると、先程まで仏頂面を見せていた静雄が、顔を背けていた。 疑問符を浮かべて、ベッドの上で横向きにくの字になった臨也は、静雄を見詰めながら言った。 「……え、俺が…何」 「馬鹿。大馬鹿だっつってんだろ。」 ごし、と制服のベージュのセーターの袖で、目を擦っている静雄に、臨也は唖然とした。 「え……シズちゃん、泣いてる?」 「っ、泣いてねぇよバカッ!!死ね!やっぱ死ねよノミ蟲!」 がたん、と立ち上がって喚く静雄の声が、表情が、深く浸透する。照明の消された空間は、窓から入り込む月明かりだけで。お互いの顔の凹凸が僅かに判るだけ。 そのとき、臨也は静雄のブレザーの端を掴んで、思い切り自分の方へ引っ張った。 「――おいッ」 「っ!」 ――どさ と、バランスを崩した静雄の身体が、包帯だらけの臨也の身体の上に容赦無く倒れ込む。余りの激痛に息を詰まらせて咳き込むと、静雄が直ぐに身を上げようとした。しかし臨也は、その首に腕を回してホールドし、それを許さなかった。 「――放せよ!何考えて、っ」 ――― そして、思い切り口付けた。 「んんっ、…っ!ふ」 「……っ…は、シズちゃ…っ」 「ば…、っん!」 ―――愛しい ――愛しい 後頭部を掴むと、僅かに静雄が怯んだ。それさえも愛しくて、臨也はキスに夢中になった。 舌を侵入させると、歯列をなぞり、相手の舌を絡みとって甘噛みをする。二人の吐息と、鼻にかかった濡れた声が、静かな病室の中で響く。 「っは…ね、シズちゃん」 「…何だ、よ」 唇を離し、肩の辺りにある静雄の頭を撫でながら、臨也は囁く。 「……俺のこと、好きって言って?…」 「…っ嫌だ!」 反らされた顔を無理矢理掴んで引き戻して、臨也は尚も話しかける。 「好きって言って…?言ってよ…」 「いや…だっ…!――んぅっ」 ――くそっ ここまできて尚も思い通りにならない静雄に苛立って、再び口付ける。 「――俺が好きだって言ってるんだから、シズちゃんも好きだって言えよバカ!!」 「っ!」 今まで生きてきたなかで、一番声を張り上げた瞬間だった。 20110325 妙にもにょもにょしててすみません。 |