泡沫








どうしてもどうしても伝えたい事がある時、人は必死になってその相手を探すだろう。

探して
――探して
――――探して

そして、見付けられなかった時、人はどうするのだろう?

俺はその答えをまだ知らない。知る必要を感じないんだ。そんなことより、目の前に相手が居たとしても、それを伝えられない状況に立たされた時、人はどうするのか、どうなるのか、“どうすればいいのか”を

俺は知りたいね。









――キーンコーン…

授業が終わり、クラスメートたちは次々に席を立って、帰宅や部活へと急ぎ始めた。そんな中、ぽつんと教室の一番後ろの席に座ったままの生徒がひとり。

「――静雄、」

マフラーを巻いた、黒縁眼鏡の真面目そうな少年が、その生徒に話し掛ける。彼はそんな少年の呼び掛けに対し一瞥をくれただけで、何処か上の空といった調子で立ち上がった。

鞄の中からずるりとマフラーを引き出し、無造作に首に巻くその動作を見てため息を吐く眼鏡の少年は、彼をそのままにして教室からひょこりと首を廊下に突き出した。

何人かの廊下を歩いていた女子生徒がキャッと悲鳴を上げたが、少年は気にも留めない様子できょろきょろと何かを窺っている。それからまた首をしまい、その窓を閉めた。

「静雄、他の窓も閉めてくれる?」
「…おう」

静雄と呼ばれた彼は、先程からびゅうびゅうと風を吹きしだく直ぐ横の窓を閉めた。暫く施錠をする音が会話のない二人の空間に響き、そして作業を終えた二人は廊下に出て、眼鏡の少年が教室の鍵を閉めた。

ぶるり。教室と廊下の寒暖差に身が震え、静雄はマフラーに顔を埋めた。そして、暫く廊下の窓から夕日を眺めていた。

「……新羅、わり…俺今日寄るとこあっから先帰る。」
「え?あ、うん解ったよ。」
「じゃ…」
「うん、じゃあまた明日。」

新羅を廊下に残して、静雄は走り出した。





  ・・・・・


とある廃工場跡。折原臨也は、ある人物と待ち合わせる為にここへ来ていた。
ところどころ、凹んだり穴が開いたりしている壁を見詰めたあと、赤い空へと視線を移す。

――…いつだったか、誰かがこの空を好きだと言っていた気がする。

「いや…あの子が好きなのは青空だったっけ…。つか、あの子って誰だっ」
「――よう折原」


臨也の回想は、そこで強制的に途切れてしまう。やや冷たい目でその声のした方を向くと、そこには金髪の――顔の至るところにピアスをした如何にも不良といった体の少年と、その後ろに何十人という思い思いの格好をした不良たちがいた。

臨也は、紅い目を細めた。

「……やぁ、待ちくたびれたよ」
「ハハ、悪ぃな待たせちまったみたいで。」

ポン、ポン、ポン。
肩に鉄パイプをリズミカルに叩きながら、中心にいる少年が臨也に近寄ってきた。そして――臨也に幾らかの札束を突き出した。

「おや…今更何の報酬かな。」
「報酬?……ハハ、違ぇよ。違ぇんだよなぁ折原…」
「は?」

臨也は眉を潜めて、札束を受け取ろうとした手を軽く引っ込める。相手は、ガラン、と鉄パイプを地面に落として、にやついた。

「……用件はなに?」

手を、ナイフを忍ばせているズボンのポケットに突っ込んで訊ねた。すると相手は臨也を真っ直ぐに見据え、

「平和島静雄の情報」

とだけ言った。
臨也は黙ったまま、ポケットの中のナイフを一回強く握りしめ、ポケットから手を出して大げさにジェスチャーする。

「それを聞いて君たちは一体どうしたい訳?シズちゃんに喧嘩でも仕掛ける気?…残念だけど勝てないよ、どう見積もっても。」
「ハハ、いやあ…ッ、す、すいませんっ!!」

不良少年が、へらと笑って臨也の言葉に軽口を言いかけると、その首筋に鋭くナイフが突き付けられた。一瞬の華麗な所作で、少年はその動きに着いていくことが出来なかった。

臨也の紅い紅い瞳が細まって、そのナイフのように鋭い眼差しで不良少年を見据えている。

「……シズちゃんにはもう関わるなって、言ったよねぇ?」
「ッ、じょ、冗談だよ…っ!」
「冗談でこんな金用意する訳――ッ!!」

ボゴ

と、鈍い音が鼓膜に響いたかと思うと、下半身に力が入らなくなって、臨也の身体は地面に倒れ込んだ。息が詰まって咳き込む。

「――っごほ…!くそ…お前、ら…」
「ハハ、残念でしたぁ折原臨也くぅん?あのさ、平和島静雄の情報が頂けないなら手前に用なんざ無ぇんだよなぁ…でもよ、」

何人かに後ろ手に地面へと押し付けられて身動きが取れない。先程まで臨也に怯えきっていた少年は、偉そうに歯を剥き出しにして言葉を続けた。


「今まで手前に散々“こき使われてきた”コイツらのサンドバッグくれぇには、なるかもな?」






  ・・・・・


「……腹へった」

くぅぅ、と鳴り始めたお腹に手を当てて、静雄は空を見上げた。先程までの茜色は何処へやら、今ではそれに藍が混ざって、夜が近づいてきていた。
新羅との下校を断って静雄がやって来ていたのは、いつか、臨也とよく会ったあの寂れた公園だった。

ブランコに座っていたが、立ち上がって背伸びをする。かじかんだ手が冷たくて、息をはきかけつつ鞄を肩に公園を出ようとする。――しかし。

「うらぁあぁああああ――っ!!!」
「っ!?」

ゴシャリ

何者かの雄叫びがしたかと思うと、いきなり後頭部にかなりの衝撃が走る。訳も分からないまま膝から崩れ落ちて――気付けば頭から流れ出ている血が道路に血溜まりを作っていた。







―――臨也と、話がしたいと思った。それでどうこうしようと思った訳では無いけれど、昼休みに腹をくくって、隣のA組にいた臨也に初めて自分からまともに話し掛けて。

『…放課後、暇か?』
『え。』

驚いているのかボケッとした表情の臨也。静雄はその時、自分が余りにも似合わない事をしてしまっているのだと自覚して赤面した。

『あ、いや…え、っと…』

耳が熱くなって、羞恥にいっそこの場から逃げ出してしまおうかとすら思い始めたとき、臨也が立ち上がって、言った。


『――じゃあさ、今日の放課後…いつもの公園で待っててくれる…?』

  すぐに行くから


――教室から出たあと、心なしか自分の足取りが重いような気がした。本当にこれで良かったのか……それとも。

きっと、このまま臨也と放課後に会ってしまったら、何か越えてはならない一線を、越えてしまう気がした。

『………どうすれば…』

気が付けば来ていた屋上に、いつもいる筈の臨也の姿は無かった。
ああ、そう言えば教室でさっき会ったばかりだ、と思い出して、苦笑する。

『……あー…クソったれ…』

ベンチに座り込んで、大好きな青空を仰いだ。









20110321







R○Dを聴いたらテンションが上がる今日この頃です。
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