Eyes to eyes.





「あ、静雄じゃねえか」
「ん?ああ門田…はよ」
「倒れたらしいなお前、大丈夫か?」
「おう。あんがとよ。」


一日ぶりに味わう学校の空気。静雄はのんびりと廊下を歩きながら、その僅かな違和感に眉をひそめた。

――???
…なんかさっきから皆に見られてる気がするな…

それは決してナルシズムなどではなく、純粋な感想として静雄はそんな疑問を抱いていた。
実際は、

――あの平和島静雄でも倒れるんだ…

と言う単純な興味が、普段の畏怖に上塗りされただけなのだが。

そんなこんなで、静雄はそれを大して気に掛けず教室の窓際、一番後ろという定番の席に向かった。その時、ふと黒板を何気なく見遣った。

「――…げ。今日グループマッチかよ…。」

黒板の左端に書き加えられていた連絡事項。そこには、『今日は球技大会!絶対優勝B組!!』とチョークで書かれていた。グループマッチとは、体育祭とは別に年に3回。5月と10月と1月に行われる、学年別に競技の違うちょっとした球技大会のようなものだ。

静雄はそれが――大嫌いだった。




静雄は、常人より遥かに力が強い。そして、時々その調整が上手くいかず、体育の授業では誰かに怪我をさせてしまったりだとか、器物を破壊してしまったりだとかいった事が多々あった。そして、その度に――畏怖の視線に晒されてきた。

静雄はそれが嫌で、高校に上がってからの体育の授業は真面目には受けず、頑張って力を通常の三分の一以下に抑えてきた。

しかし――こういった学校行事となると話は別で。
周りの応援や、雰囲気に呑まれて意識せずに実力通りの力を振るってしまう…と言うことがあるのだった。

やたら多いグループマッチなどといった行事の度に、静雄は決まって当日だけはサボるようにしていた。だが、今日それがあるなど、全く予定を確認しない静雄にとっては正に青天の霹靂であり。

「――……はぁ…」

机に肘を突いて、周りで着替え始めたクラスメイトたちを尻目に、窓から空を見上げた。


――シズちゃんが心配だったんだ。

ここ二、三日。
自分の周りで、自分の知らない所で何かが確実に変わりつつある。臨也にしても――自分自身にしても。

ずっと嫌いだと思っていた。
大嫌いな筈だった。
……そのはずなのに。

雲の流れていく空をぼんやりと眺めていれば、段々と眠気が襲ってくる。


   ああ、何でまた俺は

  臨也の事ばっか

 考えてんだろ…



その時、ガラッと教室のドアが開く音がした。直感的に何かを感じ取った静雄は、眠気は何処へやら、反射的に顔を上げた。そして、やはりそこには

「―…やぁシズちゃん。」

臨也が立っていた。



  ・・・・・


「もう元気?治った?」
「……ああ」
「そう…そっか。」

やや驚いた様子の静雄が頷き、それに内心で臨也はホッとした。そしてため息を吐く。

「…もう。止めてよねぇ、いきなり倒れたりされたら迷惑なんだからさ。」
「……。」

そう文句を言ってやれば、逆ギレされるかと思いきや、意外にも少し真剣な表情をして黙ってしまった。静雄は肘を突いて、そして不貞腐れたように窓の方を向いた。

「……悪かったな。」
「……っ」

ひどい棒読みで。だけど何だかそれは只の照れ隠しのように臨也には思えてならなかった。

――可愛い…

胸のときめきを落ち着かせながら、臨也は「別にそんなに迷惑とか思ってないから」と余計な一言を放って、それに目を見開いて振り返った静雄に手を振りながら教室を出た。

――ああもう…!

廊下を歩いている間も、心臓がばくばくと五月蝿い。途中で知り合いに声を掛けられた気がしたけれど、無視して足早に自分のクラスに向かう。

「……っくそ、バカか俺は…」
そろそろ、自分で制御出来ない程に想いがつのっている事を、臨也は実感していた。胸を押さえながら、深呼吸をする。

今日はグループマッチ…
そして通常日課の6時間目に推定する時刻に放課となる。ならば……。

「――……」

臨也はある決意を秘めて、教室のドアを開けた。


  ・・・・・

静雄たち二年生の競技はバスケットボールだ。体育館にわらわらと、青い上下長袖ジャージを着た生徒たちが集まり、そして自然に割り当てられた場所に散らばっていく。
静雄たちB組が最初に対戦する相手は、臨也のいるA組だった。

それを聞いたB組の生徒たちは大喜びで、「A組は勉強しか出来ねぇ奴らだから楽勝だな!」と初めから勝利を確信したような台詞が口々に囁かれる。

――そんなモンか…?

静雄は首を傾げてそれをやや離れた所で聞いていた。ポンポン、と肩が叩かれ振り向くと、眼鏡を掛けたいかにも運動神経の悪そうな奴が笑顔で立っていた。

「A組って…そんなに運動出来ない訳じゃないと思うんだけどなぁ。文武両道な奴が結局成績も良いんだしさ。」
「あー…やっぱそんなモンか?」

話し掛けてきた少年――岸谷新羅が、何故静雄と同じB組かと言うと、一年生の間はわざとテストをギリギリ欠らないように調整しながら受けていたらしいのだ。一年生のとき、新羅はA組だったが、その勉強勉強という雰囲気に嫌気が差したらしく、わざとクラスを落としたらしい。模試の結果はいつも1位だったが。

来神高校は、クラスがほぼ成績順になっているため、臨也は自然A組となる。静雄はそこそこ真面目に勉強をしていたので、B組だった。

「あ、静雄って確か出番最初だよね。僕と一緒で。」
「え。そうなのか?あー…全然知らなかったわ。」
「1週間以上前から決まってたよ…?あ、はい、ハチマキ。」

新羅に青いハチマキを手渡され、小走りに掛けながら額に結びつける。気乗りはしないが、まぁ誰かに怪我させなきゃ大丈夫だろ、と自分に言い聞かせ、腕を捲った。

「整列して下さーい、礼!」

お願いします、と頭を下げた後、何気なく相手のチームを見ると、静雄の真ん前に、一人だけ真っ黒なジャージを身に纏い、赤いハチマキをつけた臨也がにこやかにこちらに手を振っているのが見えた。

――くそッ…何だようぜーな…

胸に抱いた感想は、背が一番高いという理由でジャンプボールをする事になったので霧散した。
ビーッというホイッスルの音と共に、垂直に投げ上げられたボールを軽く味方に向けて叩くと、体育館の中は唸るような歓声が響き渡る。

余りボールに来て欲しくない静雄は、のんびりとそれを追いかける。意外にも新羅が得点を決めてしまったことに、やや驚きながら、そんなゴール下の様子を離れたところから眺めていた。
――すると、青いジャージの集団の中から一人だけ真っ黒な奴が飛び出してきて、反対側のゴールにドリブルしながら駆け出してきたではないか。

――あ、ノミ蟲…

臨也はこちらを一瞥してニヤリと笑い――あっと言う間にスリーポイントシュートを決めてしまう。静雄の後ろ側から、わっと歓声が上がった。
臨也はそれに手を上げて応えるような事はせず、淡々と静雄のチームの生徒にボールをパスする。そして、臨也は後ろ向きに走り、丁度静雄の真横に付けた。

「――ねぇシズちゃん、勝負しない?」

臨也がそんな事を口走る。それに片眉を上げれば、臨也は更にこう言った。

「俺とシズちゃん…どっちが多くシュートを決められるか、ね?」
「はぁ?」
「じゃっ、お先に!」

そんな事を言い捨てて、臨也は直ぐにボールがある場所に駆け出した。静雄はその言葉を理解するのに暫く立ち止まり――そしてその後を追いかける。

「っくそ!待てッ」
「ひょいひょいっ、と」

ボールは臨也の手に渡り、静雄はそれを奪おうと腕を伸ばしたが、軽やかにかわされて、あっという間に抜かれてしまった。それが妙に癪に触って、対抗心が芽生えた静雄はゴールを目掛けて走った。

「待て臨也ぁ!」
「…待てって言われて誰が待つ訳ぇ?」

あっという間にシュートが決められる。あ、と思った直後に、臨也がにやりとこちらを振り返って言った。

「俺が先制ね?」

ピキ、と額に青筋が立ち、いよいよ怒りのボルテージが最高頂に達した静雄は、味方がスローしたボールを受けとると。

「おらぁ!」

ぶん、と小気味良い空気を裂く音と共に、反対側のゴールに向けてそれを投げた。周囲が唖然とした中――それがパスンと決まってしまった瞬間に、どよめきが広がり、それはすぐに大きな歓声に変わった。くるんと臨也を振り返って、静雄はにかりと笑う。

「ノミ蟲!俺は絶対ぇ手前にゃ負けねぇからな!!」
「…少年漫画の読み過ぎだよシズちゃん。ポージングから何まで決まり過ぎてて逆に気持ち悪いんだけど。」
「―…っんだとてめえ!」

内心で少し言ってみたかった台詞だった為に、図星を突かれて耳が熱くなる。臨也は愉快そうに腹を抱えて笑っていた。
周囲の観戦者たちは、矢継ぎ早に決まる二人のシュートに、終いには歓声も息絶え絶えになってしまっていた。





――結局、臨也の方が一回多かったので、その良く解らない勝負には負けてしまった。試合の最後に、静雄がダンクを決めようとしてゴールを破壊しさえしなければ、きっと勝っていたのだけれど…。

放課後、静雄は体操服のまま、上にブレザーを羽織ってやや寒い屋上へと上がる。空は焼けていて、綺麗な赤い太陽が遠くの方にビルの影に埋まりかけているのが見えた。

ベンチに腰掛け、やがて寝転がる。

――そう言えば、

静雄は思う。
嫌いな筈の学校行事を、あんな風に過ごしたのは初めてだった。元々誰かと競い合うのは好きじゃない。でも、今日は純粋に“勝負”を楽しむ自分が居て、周りの視線も、然程気にならなくて…。

「…………楽し、かった…」

空に伸ばした手を、ぎゅうと握り締めて呟いた。

初めて、楽しいと思えた。

相手はあの嫌いな臨也のはずだったのに、何故だか心はすっきりしていて―――静雄は目を瞑る。

その時

  「シズちゃん」



「―…っ?!」

突然一人の世界に入り込んできたその声に驚いて目を開けると、眼前に臨也の顔があった。覗き込むようにして、学ラン姿の臨也が、静雄の寝転がるベンチの横に立っていた。

「…何で、ここに…」

驚きのあまり言葉が出てこない。臨也はにっこりと微笑みながら、言った。

「――シズちゃんに会いに。」
「…………は?」

意味が解らなくて、思わず聞き返して身を起こそうとすれば、ダン、と肩を押し返されて、臨也が横になっている身体に乗り上がってきた。

「何す…!」
「…―シズちゃん、」
「なん、っ!?」

――近い近い近い近い!
身に乗り上げた臨也が顔をこちらに近付けてきて、思わずぎゅうと目を瞑る。

「……俺は、シズちゃんが嫌いだった。」
「……は?」

そっと、瞼を開く。
後ろから照りつける夕日のせいで、影になってその表情は読み取れない。

一体何なんだろう?
どうして臨也は、最近いつもやけに突っ掛かってくるようになったんだろう…――そんな疑問が沸き起こると共に、胸の何処かで燻っていたものが、ふと、頭をもたげ始めた。

「それなのにさ…」
「…っ!」

ぐいと手を捕まえられて、臨也の胸に押し付けられる。思わず顔に熱が昇って、目を瞑って首を反らした。

……息が苦しい。
苦しい。――どうしてこんなに苦しいんだろう?

自分の手を掴む臨也の手に、力が込められる。思わず、じり、と身を捩った。

「―…俺さ、思ったんだ。嫌いっていう気持ちは、好きの裏返しなんてよく言うけれど、それはあながち間違いじゃ無いのかも知れない、って…」
「……そうか」
「…ねぇシズちゃん、」
「っ…」


「シズちゃんは俺の事、
“嫌い”…なんだよね?」

「…っ…」

――シズちゃんは俺の事、
嫌い、なんだよね?

あの日。
同じような夕方、公園で臨也に投げ掛けられたのと同じ台詞だった。だが――あの時とは違う。「何か」が、確実に違っていた。


「…っ、」

何も返す言葉が見つからなくて、頷いた。そして気付けば、臨也に抱き締められていた。

「いざ…」
「俺…疲れてるんだ…バスケで」
「っ…う、ん」
「だからちょっと…このままでいてくれる?…」
「……うん」


何故だか解らないけれど、
――泣きそうになった。

「…俺も


  シズちゃんなんか
  大嫌いだよ…。」







20110316






お待たせ致しました!
復帰後第一弾となります、四位さま9000HITキリリク「来神イザシズイザで球技大会」でした(^O^)素敵なリクエストありがとうございました!

何だか静雄めいんのもにょもにょしたものになってしまいましたが、す、すみません…(>_<)何だか折角の球技大会を活用出来ていないような…!!

いよいよな感じに来神過去編も佳境に近付いてきましたね。これから二人がどんな形でお互いの関係を築いていくのか、私にも解りません。

結末まで、どうぞ優しく見守っていただければ…と思います。


四位さま、嬉しいお言葉と一緒にリクエストを送って頂き、ありがとうございました!これからも、他素敵サイト様をご覧になったあとの超超余暇時間にでも、遊びに来てくだされれば…。


そして、当サイトにお越しくださる全ての方々へ最高級の感謝を。

テルル
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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