キュ

と、静雄の聴覚に場にそぐわない音が入ったかと思うと、勢いよく冷たい水流が身体に降りかかった。

「――つめたっ!!」

空気をひぅ、と吸い込み、壁際に追い込まれていた体勢から臨也を引き剥がす。暫くすると、先程まで頭上にあったシャワーノズルからは温かな湯が降り注いで、瞬間的に冷えた二人の身体を温める。
依然として心臓がどくどくと早い脈動を続けていたが、我に帰った静雄は、共に濡れそぼる目の前の臨也を睨め付けた。

「臨也……!」
「あっははは!可愛い反応だったねぇシズちゃん」
「五月蝿え馬鹿!しね!誰だって驚くだ――…ひぁっ」

叫んでいる間にシャツを捲り上げられ、お腹を臨也の手がまさぐる感覚にあられもない声が口から飛び出た。
ぼん、と顔が熱くなる。
にやにやとにやける臨也が調子に乗って胸の辺りまで手をのばすのと、状況を飲み込んだ静雄が臨也を突き飛ばすのは、ほぼ同時だった。

「んっ、ゃ…――めろっつってんだろぉおおがぁぁああ!!」

「がはッ!!」

ドガァァン、と、激しい音を立てながら風呂場の出入口のドアに叩きつけられた臨也は、咳き込みながら羞恥と怒りで真っ赤に頬を染めた静雄を見上げる。

「ごほっ、し、シズちゃんは…本ッ当……暴力的なんだから」
「五月蝿え!手前がいつまでもネチネチネチネチ攻めてくるからだろうが!」
「喜んでたし、嬉しそうだったじゃない」
「……何処をとったらそんな解釈が出来んだ」

キュイ、と静雄が逆の方向にレバーを回し水流を止める。しかし温水を浴びるのを急に止めた事で、地肌に張り付いたシャツの布地が冷たく感じられる。

「―…っくしゅん!」
「シズちゃんってばくしゃみ可愛いよね」
「笑い事じゃねーよ、しね。……っあ〜さみ」

のろけた事を言い出す臨也に死の宣告を言い渡し、早く風呂場から撤退しようと腕を擦りながらドアに近寄った。しかし、ドアの前に立っている臨也が邪魔になって出られない。

「……そこどけ」
「いや、ちょっと待ってよ」
「あん?」

訝しげに臨也を見詰めると、いきなり腕を掴んで引き寄せられ、抱き締められた。濡れそぼったお互いの身体が密着して、濡れた布地が押し付けられたそのあまりの冷たさに息が詰まる。だが、認めたくは無いが、だんだんと相手の体温が密着した布越しに伝わってきていた。

僅かに見じろぐ。

「……気持ち悪い」

不貞腐れたようにそう言えば、臨也は笑ってこう言った。

「だって濡れて透けてるんだもん、白いシャツなんか着てるからシズちゃんさぁ。思わず愛しさが込み上げてきて抱き締めたくなった」
「…てんめ……」

後半の言葉に、心臓が僅かに跳ねた。更に強くなる抱擁に、静雄はただ抵抗せずにその行為を受け入れる。

――そんなときだった。



「ぱぱ!まま!みーっけ!!」

そんな元気な声がドア越しに響き渡り、反射的にびくりと身体を離して湯船の中に駆け込んだ。臨也もかなり驚いたらしく、ドアから身を離して身構えている。すりガラス越しに見える小さな二つの、ピンクと白、蒼と白のシルエットに、静雄は取り敢えず正体が分かった事にホッと胸を撫で下ろした。それも束の間の事なのだが。

ガチャリ、とドアが開けられ、中を覗き込むようにしてニコニコとサイケが顔を出した。

「――サイケぇ…脅かすなよ」

臨也がほう、と溜め息を吐きながらこちらにも視線を向かせた。静雄はぷい、と目を反らし湯の張ってない湯船から出る。

すると、サイケが飛んでもない事を言い放った。

「ぱぱとまま、ちゅーしてた?じゃましてごめんね!」

……は?

その言葉の意味する所を飲み込めずに、静雄はポカンと呆ける。一方で臨也は、ばつが悪そうに頭を掻いて、「あのなぁサイケ、津軽…」と諭している。

――今、なんて…?
――え?

「――……見てたのか?!」
「うんっ」

そんな結論に達した所で、ぼふんと顔が爆発する。余りのいたたまれなさに怒りも沸く前に、湯船の中に隠れるようにしてしゃがみこんだ。見られていた、というショックと、正月早々自分たちが行なっていた行為に対する罰の悪さ。

それに追い討ちをかけるようにして、サイケが湯船の縁までとててっと歩いて掴まり、中を覗き込んできた。

「まま、どうしたの?ちゅーしたときのちゅがるみたいにまっかっかだよ?」
「っさ、サイケッ」

――色々とどういう意味だッ!!

そんな言葉を飲み込んで、立ち上がりサイケを抱き上げる。奥の方で同じく臨也に抱き上げられた自分の子供時代と全く同じ顔をした津軽が、ピンク色に頬を染めているのを見て、静雄は更に居たたまれなくなった。

……臨也なんて、嫌いだ

にやけてこちらを一瞥した臨也を見て、そう思った。



2011/01/06





20110310

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