ずっとずっと一緒に居る。 ※ちょいシリアス 「……ただいまー」 重たい身体を、玄関に滑り込ませる。本当にくたくたになっていて、臨也はふらふらしながら靴を脱ぎ、愛しい愛しい姿を見るべく廊下を歩く。 「…シズちゃーん、今帰ってきたよー」 しかし、家中何処もかしこも真っ暗で、およそ人の気配は感じられなかった。臨也はだんだん苛々してきて、静雄の姿を求めて部屋中を探し回り始めた。 そして、寝室のドアを開けたときだった。 「遅かったな。」 「……シズちゃん…」 暗くて良く見えないが、静雄がベッドに腰掛けているのが分かった臨也は破顔した。 「ただいま」 「お前今何時だと思ってんだ」 「……は?」 とにかくもう疲れていて、静雄の纏う固い雰囲気を感じ取れずにいた臨也は、当然笑顔で迎えられると思っていたのでふいを突かれて、そんな素頓狂な声を上げた。 「…もう2時だぞ…?」 ――あ、もしかして怒ってる? やっとそんな推測が立ち、臨也は抱き着こうと伸ばしていた腕を引っ込める。静雄は依然として堅い調子で口を開いた。 「お前が忙しいのは分かる、けどな。連絡の一つくらいしろよ。」 「……ごめん」 寝室に、廊下から差し込む光で臨也の影が伸びている。臨也はそれに目を落としながら、拳を握りしめた。 静雄が溜め息を吐いた。それが静かな部屋の中に妙に反響して、臨也をちくちくと責めているような気がした。 今日は、尾行調査をする日で、前々から早く帰れないだろうという事は解っていた。 そして、静雄はそれを知らない。 言わなかったのは自分のミスだ。でも、おかえりくらい言ってくれたっていいじゃないか。心配したんだって、そう言えばいいじゃないか。 そんな思いが、臨也の胸を渦巻く。自分が悪いと解っていても、疲れからか苛々が止まらない。 「……もういい。今日俺向こうのソファで寝る。」 そう言って、静雄が毛布をもって腰を上げる。――その時、臨也の中で何かが切れた。 「――なにすっ!?」 物凄い勢いで静雄をベッドに押し倒し、相手が抵抗する間もなく噛み付くように口付ける。 「っん、ぅ…ふっ!」 「は…っシズちゃ…」 着込んだコートを脱ぎ捨てながら、深く舌を絡めていく。忙しなく滑らかな肌に手をすべらせた。――しかし、静雄は一切抵抗しなかった。妙な違和感を覚えたが、瞳を潤ませて頬を染める静雄の表情に煽られて、服を脱ぐのもそこそこに、臨也は静雄を求めた。 最中、静雄はずっと涙を流していた。それすら更に欲を煽る結果となり、臨也はそれを舐めとって行為に浸っていく。 ――生理的な涙か、それとも。 そんな事を考える余裕は、その時の臨也には無かった。 ――翌朝。 妙に身体中がだるくて、でも何処かすっきりしていた朝。 ベッドの中に、静雄の姿は無い。 耳を澄ますと、シャワーの水音が聞こえてきて、臨也はしめしめと風呂に向かった。 磨りガラスになっているドア越しに、静雄らしき人物のシルエットが写っている。 「……」 キュ、とシャワーを止める音がして、静かになる。 あわよくば覗いてやろう、なんて疚しい心100パーセントで、ドアの取っ手に手を掛けたときだった。 「手前殺されてぇのか」 びくり、と身体が強張って、臨也は苦笑した。冗談に聞こえない。ましてや昨日から機嫌の悪い静雄だ。 そうこうしているとドアが少しだけ開いて、「タオル」と言うぶっきらぼうな声と共に手だけが隙間から突き出される。考えず、側に掛けてあったバスタオルを渡した。 バタン、と無言のままドアが閉まり、磨りガラスの向こうで静雄が身体を拭くような音が聞こえてくる。臨也は後ろを向いて背中をガラスに付け、腕を組んだ。 「……何て言うか…ごめん。」 はしゃいでいたさっきまでの自分を、少しだけ悔やむような声色で。反応は無い。 「心配かけて、ごめんね。」 相変わらずごしごしとタオルで拭く音だけが響いている。 「…まだ怒ってる?」 「……怒っては、ねぇよ」 そんな答えが返ってきた。 タオルの摩擦音が止んで、そしてドンと背中のドアが揺れた。二人は、磨りガラス越しに背中合わせになっていた。 「怒っては、ねえ……ただ、」 「ただ?」 ずず、と静雄が風呂場の床に座り込んだらしい。振り返ろうかと思ったが、臨也はまた前を向いた。 「……“また”離ればなれになるのかと思って」 怖かったんだ と。 その瞬間、臨也は全てを理解した。静雄が――帰宅が遅いと言うだけでここまで態度に顕れていた訳を。泣いていた訳を。 「――…っ」 振り向いて、 抱き締めたかった。 でも、磨りガラス越しに背中を丸めて体育座りのような格好をしていた静雄がドアを塞いでいたために、それは叶わない。 ――たったガラス一枚の壁が、自分と静雄の間を挟んでいる。 「シズちゃんっ!」 ――ああ、俺は馬鹿だ! 何故気付かなかったんだ? ドンドン、とドアを叩く。 「開けてよ!」 「――黙れ!!」 静雄の怒鳴り声に、しん、と空間が静まり返った。臨也はガラスに手を当てたまま、こちらを責めるでもなくただ――まるで何かに怯えているような背中を見詰めた。 頭からすっぽりとタオルを被ったそれを暫く無言で見詰めていたが――拳を握り締めて、目の前のガラスに打ち付けた。 ――割れない。 自分じゃ、このガラスは割れない。 「……っくそ、シズちゃん!」 ――たった一度だけ、 臨也と静雄は別れた事がある。 あの時、離れて行ったのは静雄の方だった。消息を絶った静雄を臨也が見付け出したから、今彼らは二人一緒に居る。 そして、その時に、静雄は深い心の傷を負っていた。 「……シズちゃん…」 ずる、と、ヒビの入ったガラスに手を力なく滑らせて、臨也はぺたんと床に座り込んだ。 静雄は肝心な事に対して、外部から――臨也からでさえもその心を遮断してしまう。それは臨也にすらどうにも出来無い事だった。 ――暫くして、自ずとドアが開いた。 「っ!」 顔を上げた途端、冷えた腕が首に絡み付いた。 泣きそうになった。 「一人にしてごめん…ごめんねシズちゃん…」 「……しね、いざや」 「…俺が死んだら泣くくせに」 「…泣かねえよ」 「今泣いてるじゃん」 「っ、泣いてねぇ!」 「ていうか風邪引いちゃうよ?もっかい入り直しなよ」 「………」 「……ん、一緒に入りたいの?」 「お前ホントにしねよ」 「平仮名のしねに愛を感じた!」 「だから文面じゃねえとわかんねえだろそれ」 「ねえねえ、入るの?入らないの?」 「……入るよ」 「ついでに挿れてm」 「死ね。」 結婚なんて、所詮カタチだ。 俺とシズちゃんの間には、目には見えない壁がある。どうしても超えられない、破れない壁が。 それはもしかしたら――シズちゃんなら破れるのかも知れない。いや、シズちゃんにしか、破れないのかも知れない。 俺はいつだって君を受け入れられる。だからさ、俺はせめて―― 20110306 確か二話目くらいに「この夫婦パロ、隠れ設定があります」とか書いてた筈なんですけど、その設定を含めた話ですので、ちょっと伝わりづらいかも知れませんね>< 新婚パロは楽しく!が基本コンセプトなんですけど、どうしてもシリアスを書きたくなっちゃう(笑) 設定はこれから徐々に明らかになります…! |