Lost HIS memories. ※Tell me why./後の最後でシズちゃんが見た夢のお話。 「……あれ?」 少年は、街の中にいた。 「ここ…どこだっけ……」 さっきまで弟とかくれんぼをしていたはずなのに、弟を追いかけて追いかけて追いかけるうちに――見知らぬビルに囲まれた場所に出てしまっていた。 見たことがあるような、無いような、四角いビルに囲まれた街。大きな道路には沢山の自動車と人間が行き交っている。しかしそれらは、少年の存在などまるでそこに無いかのように移り変わっていく。 ――呆然とアスファルトに突っ立っていたけれども、だんだんと自分の状況が分かりはじめて、きょろきょろと不安気に辺りを見回した。 自分が何処からこの場所に飛び込んできたのかも分からない。かといって、弟も見付けられず、どうしようも無くなってしまった。 取り敢えず、勘で突き進もうと覚悟して振り返った。 その時、 「うぁっ――…!」 「おっと、」 誰かに真正面からぶつかりかけて、後ろによろめき――かけたところを、その人物に腕を掴まれて身体が引き上げられた。 ――ヤバい、怒られる…! そう思って目を瞑った。 「――…大丈夫かい?」 「ぇ…っ」 聞こえてきたのは怒声ではなく、何処までも優しい、まるで自分の大好きな青空に話し掛けられたような、そんな声だった。 目を開けると、そんな声のイメージをそのまま形にしたような、ひどく端正な顔があった。 だけどどうやら男の人らしい。 ……何処かで見覚えがある気がして、少年――平和島静雄は、暫くその男をまじまじと見詰める。 一方、相手の男はきょとんとした顔で、黙って固まってしまった少年をぱちぱちと瞬きしながら見詰め返した。 「…どうしたの?」 「な、なんにもないっ」 かぁ、と頬に熱が集まり、そう言って駆け出そうとした静雄少年だったが、しかしその第一歩は後ろから腕を引っ張られて遮られてしまった。 振り返れば、先程の男がにやにやしながら腕を掴んでいるではないか。 「はなせよおっさん!」 「おっさ…待ってよ…君、もしかして迷子?」 「っ…!」 図星を突かれて、耳まで赤くなるのを感じた。 ――こいつ、エスパーだ…! しかし、迷子と言われたのが気に食わなくて、むっと言い返した。 「ま、迷子なんかじゃ…っ」 「あっは、下手な嘘は吐かない方が良いよ?」 「う……」 にんまりと微笑むその男の前から、思わず逃げたくなった。 ――その人は、オリハライザヤと名乗った。静雄は、「へんななまえだな」と言って首を傾げたが、イザヤと名乗る青年は苦笑するばかり。そうして、「因みに俺は25だから。まだおっさんじゃないからね?」と付け加えた。 「で…何処から来たのかな?えーと…」 「しずお」 「へっ?」 「…へいわじま、しずお」 そう言った瞬間、イザヤの目が見開かれた。 「……嘘?」 「うそなんかつかねぇよ。」 何に驚いているのか、何に戸惑っているのか。オリハライザヤは一人でぶつぶつと「…似てるとは思ってたけど」「まさか隠し子…」などと呟き始めた。 だんだんイライラしてきた静雄少年は、人混みの邪魔にならないようにとイザヤに言われて寄っていたビルの壁から背中を離し、ふらりと歩きだした。 「――あ、ちょっと!勝手にどこ行くの!」 「帰る。」 「道も分かんないクセに…はいはい、ちょっと落ち着こうよ“シズちゃん”。」 「……っ?」 ――どうして? 静雄少年の心が、揺らいだ。 何故初対面のイザヤがその呼称で―…いや、そうじゃない。 どうして今、 なつかしい感じが したんだろう…? 何処か、懐かしいような。 もしかすれば、“今までずっとそうやって呼んでいたような”小慣れた感じが、イザヤの声からは漂っていたのだ。 そして、自分にも、今までずっと誰かにそう呼ばれていたような――そんな感覚があった。 「…!」 気づけば、右手をイザヤに握られていた。見上げたときに見たイザヤは本当に――本当に優しい笑顔で、それに静雄少年も思わず微笑みを返した。 それから、静雄が何も言わないのに、イザヤは全て分かっているのか分かっていないのか、さりげなく、こちらと歩く速さを合わせながら何処かへ向かって歩みを進めた。 時々ちらと様子を窺うと、イザヤは決まって「どうしたのシズちゃん?」と話し掛けてくる。静雄少年は何も言わずに、ただ目を伏せるだけだった。 ――握られた手を、きゅうと握り返すだけで。 「――いっ!?」 直後、イザヤの顔が歪んだ。 驚いた静雄少年は焦って手を離した。 「わ、ご、ごめんっ!」 「あ…あーいや、良いんだよ」 それまで、静雄はすっかり忘れていた。――自分が、およそ普通の小学生とは比べ物にならない程の力の持ち主であると言う事を。 急速に萎んでいく気持ち。 ――力など持っていても、こうして誰かを傷付けてしまうだけだ。 静雄少年は、立ち止まった。 ややあってそれに気付いたイザヤは、少し先で立ち止まって振り向く。 「…シズちゃん?」 「……」 「どうしたの?もうすぐだよ?」 何故か目的地を知っているイザヤがそう言うのが、静雄には嬉しく感じられなくなっていた。 そうして唐突に―― 涙が溢れ出てきた。 「え、シズちゃんっ?!」 大声で泣きわめくことはしない。静雄少年は静かに、そして僅かな嗚咽を漏らしながら、次から次へと溢れ出てくる涙を腕で拭う。 「―ふ…っ…ぅ、く」 「…どうしたの?」 傍に来てしゃがみ込んだイザヤの優しい声が届く度に、寂しい気持ちになった。何故だか解らないけれど、 悲しくて やるせなくて 思わず、抱き着いた。 「っわ!シズちゃん?!」 「っ、ふぇ…ッ」 イザヤが尻餅をつくのも構わずに、その肩に顔を押し付けたまま静雄少年は泣き続けた。 ――大きな街。 空が、大好きな青い空が、ビルに覆い隠された街。 そんな街を、嫌だと思った。 嫌いだと思った。 怖いと思った。 「っうぇ…いざ、やぁ…っ」 「―……おやおや…」 急激にその恐怖が甦って、また一方で自己嫌悪に陥りつつ―― 「……ほんと、手がかかるんだから…君は」 イザヤの手が背中を撫で始めると、不思議とそれらの感情が鎮まっていった。目は腫れぼったくなってしまったけれど、取り敢えず涙は止まった。 「……治まった?」 「う、うん…」 そして、初対面の相手に泣き顔を見られたと言う羞恥が頭をもたげ始め、静雄少年は頬を赤らめる。 暫くして、イザヤが静雄を背負い歩き始める。静雄少年は、恥ずかしいやら嬉しいやらで、むすっとした顔でイザヤに掴まっていた。 「…イザヤは細いな、こんなんすぐに折れちまうぞ」 「……まぁ、会う度君に折られかけてるけどね」 「?」 「や、何でもないよ」 そんな会話を交わしているうちに、ふと弟は今どうしているだろうかと不安になった。 だが――その不安は、ほんの数秒後解決することとなる。 「ほら着いたよ」 「えっ?」 見上げると、目の前に自宅のマンションがあった。ゆっくりとしゃがんだイザヤの背中から下りて、驚いた表情でその顔を上目遣いに見上げる。 「なんで知ってんだ?」 「―……さて、何ででしょう?」 そう言って、オリハライザヤは微笑んだ。 「――兄さん、」 ぺちぺちと、軽く頬を叩かれて目が覚めた。 …… 20110228 Don't leave me please.に続く しずおの潜在意識を込めてみました。 |