Tell me why./後




「何であんな奴の事なんか…好きになっちゃったんだろ…」



―――ほんと

   何でだろう…



折原臨也はため息を吐いて、何処までも晴れ渡る青い空を見上げた。







「静雄」
「――……」
「……しーずーお!」
「あ?…何だ、新羅か…」
「…大丈夫?最近ずっとそんな調子じゃない」
「え。そうか?」
「うん、ぼーっとしてるっていうか…心ここに有らずっていうか…」

キュイ、とストローで牛乳パックを飲み干し、きちんと分別をしてゴミ箱へと投げ込んだ。割りとこういう所はきっちりしなければ気の済まない質で、静雄はいつも臨也に「意外だ」と言われていた事を思い出す。

――つか、何でまたアイツが出てくんだ…

ぶんぶんと頭を振りながら思考を追いやって、隣で訝しげにこちらを見やる新羅を他所にずんずんと廊下を進んでいく。

「あ、待って!」

出遅れた新羅がこちらに駆けよって来るが、既にその存在を忘れかけていたことに、自分でも少し驚く。


――あれから、三日が経った。

最早、静雄は臨也に彼女がいる事を疑ってはいなかった。実は、新羅からその話を聞いた次の日から、学校中がその噂で持ちきりだったからだ。

『あの折原臨也に彼女が出来た。』

そんな噂は、あっという間に生徒たちの間に広まり、それは情報に疎い静雄にまで伝わるほどの早さだった。

だが、肝心の、その相手が誰なのかという情報は回ってこなかった。

「……あ、なぁ新羅、」
「ん?」
「あのさ…………あ…いや、やっぱ何でもねぇ」
「?」

咄嗟にかぶりを振ってそれ以上口を開くのを止めた。疑問符を頭の上に浮かべたような顔をした新羅がこちらを覗き込んでくるのを、顔を反らして避ける。
―――馬鹿か、俺は。

新羅に訊いて、……それでもし相手を知ったところでどうなるっつうんだよ…。


「………静雄…やっぱり君、様子が変だ。」

いつの間にか正面に立っていた新羅から、そんな言葉が塗りつけられた。


  ・・・・・


あれから、シズちゃんは俺に殴りかかって来ない。

ポキリ、とポッキーを口に入れる。既に授業は始まっていたが、どうでも良かった。

臨也の溜まり場として、ここ数日間ですっかり定着した高校の屋上の、貯水タンクの後ろ。1メートルほど屋上の地面から敷居が高くなっており、普段はひんやりとしたセメントの床も、昼過ぎになると太陽が照って温かくなるのがお気に入りだ。それに、人目につかない。

「――…ま、シズちゃんにはもう見付かっちゃったけどね…」

ズルズル、と凭れていたタンクに背中を擦りながらしゃがみこむ。

「あれ…聞いちゃったかなぁ…、やっぱり。」

はぁ、とため息を吐きながら頭を掻いた。何だか顔が熱い気がする。それを押し隠そうとでもするかのように、銀色の包装をまさぐり新しいポッキーを口に運んでいく。

あれ、とは、数日前、臨也が今日と同じこの場所で授業をサボっていた時の、自分自身の発言の事だ。

――何であんな奴のことなんか好きになっちゃったんだろう


ぽつり、と。
本当に自然と出てきた言葉で、何も考えていなかったと言えば嘘になるが、それでも。

あの時、臨也は空を見上げていた。その独り言を呟いたとき――ふと屋上のドアが閉まる音がして振り返ると、既にそこには誰の姿も無い。しかし、漠然と、それは静雄では無かっただろうかという疑問に変わり、やがて確信した。
自分の立っている貯水タンクの高くなっているコンクリートが、抉り取られたようにその角が無くなっていたからだ。聞かれてまずい言葉でも無い。寧ろ好都合だと、臨也はほくそ笑む。


――実は、彼女がいる事など真っ赤な嘘だ。

それをわざわざ新羅に、静雄に言うように頼み、学校中に、噂の発信源がまさか本人であると悟られないよう注意を払いながら噂を流したのも、全て理由があった。

新羅は、あの様子ではまだ気付いていないだろう。

「――さて、と…」

もう一度描いていた計画を頭の中で反芻し、整理した所で、臨也は伸びをしながら立ち上がった。

雲の量が先程より増え、風が強くなってきた事を感じる。

「ひと雨来そうだな…さっきまであんなに晴れてたのに」

のどかな時間に終止符を打って、次の授業は出るかと屋上に下り立とうとした――その時だった。





「…いざや」


「……え…」


見慣れた金髪。

「――シズ、ちゃん…?」

――しまったな…
まさか意外と真面目な君が、また授業をサボってここに来るなんて考えもしなかった…

臨也はきまりが悪そうに明後日の方向を向いて、はぁ、と溜め息を吐いた。

――また計画が狂った

ちら、と静雄の方を見ると、彼はいつになく穏やかな表情で、屋上のドアの前に佇んでいる。特に怒っているという気配が無い事に、少しだけ臨也は落胆した。

――ちょっとはあの噂で落ち込んでくれてたら良かったんだけど…

「……そう上手く行くものでも無いか、と……」

そんな独り言は風に流されて、静雄には届かなかったようだ。それを知ってか知らずか、ぴょん、と静雄の前に下り立ち、臨也はにっこりと微笑む。

「で、何?何か用があって来たんでしょ?」
「な、…んな訳ねぇだろ!たまたまここに来たら手前が居ただけだ!」
「ふーん…ま、シズちゃんは本っ当、嘘吐くの下手だよね。」
「だから…っ」
「―で、何の用なの?」

間延びした声で、首を傾げながらそう尋ねる。若干顔に赤みが差したような様子の静雄は、挙動不審気味に下を向いて目を泳がせた。

「――…あ、いや、その…」
「ん?」

――もしかして、……逆?
落ち込んでるのかも知れない。

そんな期待が高まる。
思わず笑みが零れた。

「………お前…彼女いんのか…?」

――ビンゴ!


  ・・・・・


――別に気になる訳じゃねぇ、本人に確かめるだけだ。

そう自分に言い聞かせながら、静雄は幾度と無く自分の中で繰り返していた疑問を口に出して反芻した。

「あ……いや、うん。だったら?」

あっさりと、肯定される。

その時――胸の奥で何かがチリリと痛んだ。裏切られたときのような、正にそんな痛みだった。

「……へぇ…」

辛うじて絞り出した相槌は、力無く風に流されていく。冷たくなった拳を、ぎゅう、と握り締めた。

「だからさぁシズちゃん、俺の顔殴らないでよ?その子、びっくりしt――――――」



気付いたら、臨也が吹っ飛んでいた。

屋上の端のフェンスにぶつかり、金属の軋む嫌な音がする。

「―がっ!!ッは…」

床に崩れ落ちた臨也は、腕と足をついて四つん這いの体勢になり、顔を押さえる。

静雄は、自分の中に瞬間的に沸き起こった怒りに身を任せて臨也を殴り飛ばしてしまっていた。そしてそれに――自分自身で驚いてしまっていた。

「い、ったいなぁ……顔は殴らないでって言ったじゃない…彼女がいるんだから…」
「――るせぇ…」

――わかんねぇ…
何だこのもやもやした感じ…

どうしてか、吐きそうだ。

「……さい、てー…ゴホッ!…いった…」

そう言いながら臨也がフェンスに掴まって立ち上がるのを見ていたら、急に視界がぐらぐらと歪みだした。



  え?ご飯一緒に
食べたくてさ。

    シズちゃんさぁ
 何か今日はいつもと違うね

シズちゃんは俺の事
 嫌い なんだよね?



――臨也との沢山のやり取りが、静雄の脳裏に浮かんでは消えていく。……ああ…よく考えてみれば、俺、この三年間で臨也との思い出くらいしか無いんだっけ、と。断続的に続く頭痛の合間合間に、そう思った。


「――シズちゃんっ!?」

そして、意識が遠退いていった。目を閉じる直前に見えた臨也の表情が余りにも必死だったから、笑える。


――俺の事嫌いなんじゃねーのかよ…



そして視界が暗転し、そこで意識が途絶えた。





  ・・・・・



「――ん……」

目覚めたら、見知らぬ天井がそこにはあった。四方をカーテンに囲まれた、どこか閉鎖的で、清潔感の漂う空間。消毒液のような匂いが空間中に漂っていて、ここが保健室だと分かった。

(……あ?俺…屋上で……臨也に…それから真っ暗になって…)

まだガンガンと響く頭痛が、思考力を大分低下させる。外で、何やら人の気配と話し声がするのが聞こえて、耳を澄ませる。

「――で、本当の所はどうなの?」

――新、羅…?それと…この匂い…

布団をぎゅうと握りしめる。

「薄々感づいてはいたんだろう?新羅。……シズちゃんには、さ…正攻法じゃ通じないんだよ。特に、俺らみたいな関係だとね」
「……じゃあ、やっぱり君…」

ドクドクと、心臓が高鳴った。
――臨也だ。臨也が、新羅とカーテンの向こう側で話してる。自分の名前が出たような気がして、更に耳を澄ませると、小さな溜め息が聞こえた。




「―――ああそうだよ、


  俺はシズちゃんが好きだ。






「――……っ」

小さな叫び声を、口を押さえて飲み下す。痛かった頭も、高鳴る鼓動も、消毒液の匂いも全部全部全部――――霧散していった。




「…え?」
「何だよその顔。人が折角勇気を振り絞って告白したって言うのに。」
「――い、いや……え…本気?」
「本気に決まってるだろ?…俺は絶対奴を落とす。まあ見ててよ、こう見えて俺って結構一途なんだ」
「…歪みまくってるけどね」
「あっははは!自覚してるよ」



夢、だろうか?
現実味が無さすぎて、思わず自分が本当に覚醒しているのか疑った。

――臨也が俺を……
でも、でもじゃあ、彼女は…?

頭が混乱している。
顔が熱い。

自分がどうなっているのか、それすら分からない。同時に、臨也の本心も分からない。




「――臨也…」

新羅が、溜め息混じりに臨也の名前を呼んだ。

「ん?」
「だったら嘘を使って静雄を振り回すのは止めなよ……それは好きな人にする事じゃ無いだろう?冗談じゃ済まされないよ…あんなになるまで追い込まれてたんだから…」
「―……そうだね…思ったより効きすぎちゃったみたいだし…。」


――俺の、ことか。

ばくばくと打ち鳴る心臓が五月蝿くて、布団の中で温まる身体が熱くて、身を捩った。


(熱が出たのか――俺…それで倒れて……)

今となっては至極どうでもいいことが、頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え…。

疼く胸の奥を抱き抱えるようにして、布団の中で身体を丸めた。


「――なんだ、これ…」


熱が出ているせいだ。
熱が出ているから、身体中が熱くて堪らないんだ。

「……っ、ぅ……」

――臨也に彼女はいない。

そう信じたかった自分。
確かめたかった自分。

分からない

臨也の本心が、分からない



  自分さえも――――

その時、空間を引き裂くようにカーテンが開けられた。びくりと身が震えたが、目覚めている事を悟られないよう必死に穏やかな寝息を演出する。

「――…まだ寝てる」
「熱だね。分かんないけど…疲れが溜まってたんじゃ無いのかな誰かさんのせいで」
「…俺だって言いたいの?」
「はは…まあね。でも前から顔色悪かったし隈もあったし…。散々様子が変だって言ってあげてたのに聞き入れようとしないんだもん、静雄――」




それから、不覚にも眠気が襲いかかってきた。吹き飛んだような気がしていたのに、何故だか眠くて堪らない。

必死に眠気と闘うも、意識は遠退いていく。

――いや、だ…
消えちまう


  "嫌だ"








しかし、いつの間にか再び眠りについてしまっていた。夢の中で、臨也と自分は――……









20110206









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