昔の話をしよう。 昔の話をしよう。 これは、まだ俺とシズちゃんが付き合っていた頃の話だ。 「―……嫌だ。絶対ぇ嫌だ。一人でやれ。」 「いや、一人じゃデートにならないよね?」 その日、俺はシズちゃんの家に電撃訪問していた。まあ、とどのつまり気が向いたからシズちゃんの家に寄ってみた。それだけ。そして気が向いたから、デートにも誘ってみたんだ。シズちゃんはデートが苦手だから、初めは断られるって解ってたけどね。 今日は仕事が休みの日だったから、シズちゃんはまだ眠たそうに目蓋を擦っている。ぴょんぴょんと寝癖のついた金髪に触りたくなって、一緒にベッドサイドの隣に座るシズちゃんの頭を撫でてみた。 「………何だよ」 「いや〜…シズちゃんって時々、小動物みたいだよね」 「は……んだそりゃ」 軽く笑いながらシズちゃんは、でも俺の行為を拒む事は無い。やがて、欠伸をしつつ背中からベッドに倒れ込んだ。 「ふぁ……あー…まだねみぃ…」 「まだ眠いの?夜遅くまで何してたの」 「………手前が言うか…」 その瞬間、シズちゃんがじとりとこちらを睨む。 「……はいはい、俺のせいだったよね…。」 「はいはい、じゃねぇよ!お前のせいで何かだりぃんだよ身体中が!」 「正確にはナ」 「――言わなくていい」 ぁあー、と、額に手を宛てるシズちゃん。その時、少しだけめくれたシャツの下から、滑らかな地肌が見え隠れしている。 …ホントにいい体してるよね、君は。 「……エロいなぁ」 「っ、はぁ?」 ギシリ、とベッドが軋んだ。 俺は気がつけばシズちゃんの上に覆い被さって、その手に自分の手を重ねていた。 「……離せ」 「ふふっ…嬉しいくせに。シズちゃんはもっと、俺に愛されてるって自覚を持った方が良いよ?」 「黙れ…誰がそんな…」 ぷい、と顔が背けられるけど、耳が赤い。ホントこういうとこ可愛いよねこの生き物。何、ちょっとさっきから絡まった指に力が籠っててててて―――!!! 「――ああああ!!ちょっと、ちょっと痛い!痛いから!」 「るっせぇ、このセクハラ野郎」 「ってて!!っていうかセクハラって…!シズちゃん乙女?!」 「……あ…お前死にたいのか」 「違います嘘ですごめんなさいだからお願い手を離して!!」 そのうち絡まる指に込められる力で手が粉砕しそうになり、必死になって訴えたら、やっと離してくれた。 「……シズちゃんは変なとこでSだよねぇ……もっと優しくして欲しいなぁ」 俺が手を擦りながらそう言うと、未だ俺の下でベッドに埋もれていたシズちゃんが軽く笑った。……やばい。滅茶苦茶可愛い…なんて思ってしまう俺かなりやばい。 「………」 やがてお互い静かに見詰め合って、何やらいい雰囲気になりかけたとき―― 「…デート……しないのか…?」 「………。」 ――……はぁ。 そんな誘い方、アリなの? 「―――……だからって、何で俺が女装な訳!?」 むす、と腕を組み仁王立ちする、俺。その姿を側で見るシズちゃんは、何やら納得したように首をうんうんと上下に振りながら「似合う」などと呟いている。 ロングの艶やかな黒髪、白ニットのトップスに動きやすいカーキのチノパン、更には首にファーを巻いて大人っぽくエレガントな女性……じゃなくて、女装。 「――何でだよ!!……ていうかさ、このサイトも前々から静臨っぽいシチュエーションが多い気がしてたけどこれは流石に酷いよ!!――…何で攻めの筈の俺が女装?!おかしい!!絶対におかしいから!!」 「え?さ、サイト?なん…お前、さっきから何言ってんだ?」 きょとん、とした顔でこちらを見るシズちゃんを、ぎろりと睨み上げる。 ――結局、デート自体は行く約束をこじつけた。それはそれ。だけど、その条件が 『見た感じ普通の組み合わせになるようにしろ』 だなんて…… それでシズちゃんじゃなく"俺"が女装するだなんて、有り得ないでしょ。ていうか、それ以前に俺たちが普通にデートしてる時点で普通じゃないよよね? つーか普通の『組み合わせ』って、何?男と女? 今更? 「俺たちが付き合ってる時点で"普通"の枠組みから大分逸脱してる様な気がするんですけどシズちゃん!」 遠回しに自分自身も否定している事に気付いて、そう言ったあと俺は後悔した。だけど、シズちゃんがそんな微妙なニュアンスを感じ取る訳もなく、あくまで真正面からの喧嘩文句だと捉えてくれたみたいで、案の定バキボキと手を鳴らし始めた。 「モゴモゴいつまでもうぜぇんだよ……日が暮れんだろーが」 「絶対嫌だ。シズちゃんが女装すればいいじゃない!」 「ああ?!」 「シズちゃんのスカート捲りたい!!」 「ふざけんな死ね!」 「パンツは白でぇぇええあああやめて――っ!?」 ダダンッ、と、凄い衝撃が身体中を背中から突き抜けて、そして俺は、自分がシズちゃんに"押し倒された"のだと、気が付いた。 ――え… つか、俺が下? ! もしかして……シズちゃん初めからこれが目的で俺のデート話を了解してくれたのか……?! あまりに突然の事態に、流石に頭が混乱して録な事しか思い付かない。ただ、こちらを見詰めているシズちゃんの顔を、目を丸くして見詰め返す事しか出来なかった。 「――は、はは……シズちゃん…これはどういう冗談…」 フローリングの固い床が痛い。 するとシズちゃんは、はぁ、と息を吐いて――それから俺の胸に頭を預けた。 「……ねぇ、重いんだけど」 「うっせ…」 真意が読み取れず、はてどうしたものかと俺にしては珍しく頭を捻る。仕方無しに、所在無さげなシズちゃんの手を握って話し掛けてみる。 「……」 「……おーい、シズちゃーん」 シズちゃんにしては珍しく、無反応。その時、俺はハッとした。 「――…本当は普通にデートしたいんだけど、周りの目線が気になる……そんな事今更気にしたってどうにもならないって解ってる筈なのに、心の何処かでそれが出来ない自分がいて…だからって苦し紛れに言い訳をしてみたけれど、それが予想以上に似合いすぎてて思わず惚れ直しちゃって……でもそんな自分に少しだけ嫌悪してしまって、結局自分のしてる事が解んなくなっちゃった……。 そんな感じ?」 頭に浮かんだ言葉の羅列を次々と並べ立てて、シズちゃんに突きつける。すると、顔を上げたシズちゃんは案の定、バツが悪そうに舌を打った。 「…惚れ直してはねぇぞ…。っつーか、大分思い上がりも甚だしい推測だな」 「お誉めに預かり光栄です。」 「……ムカつく」 「あは、結構当たってた?」 「……」 「そっかそっか」 「手前には嘘吐いても無駄だろ」 うわ…何か嬉しいそれ。 言い換えたら、「お前に嘘は吐かない」って事だよね。 ……シズちゃんは時々こうして、俺が思いもよらない形で、俺が喜ぶような言葉をくれる。 「シズちゃん、俺の事好き?」 調子に乗ってそう訊ねると、やっぱり胸に顔を埋められた。髪の間から見え隠れする耳が真っ赤だ。…可愛いなあ。 女装してる俺を押し倒して、抱き着いた格好で俺の胸に埋もれるシズちゃん……っていう状況、凄いよね。 「ねぇーシズちゃん…じゃあ、女装した俺と普通の俺。どっちが好き?」 「そりゃふつ…っ…な、何でもない!!」 「えっ?よく聞こえないなぁ〜、もっとハッキリ言えるでしょー?」 みしり、と抱き締められた身体が軋むのを耐えながら、俺は更にシズちゃんを追い込んでいく。こういうの大好きなんだよねぇ…。 ――仕舞いには、俺とシズちゃんのポジションが替わっていて、曖昧な格好のままいつもの流れとなってしまった。 デートは、結局次の週になった。勿論女装は無し。 それでも最後まで、俺の女装はやっぱり似合うと絶賛してくれたシズちゃんだった。 ・・・・・ 「――あー…んな事もあったな」 ズズ、とお茶を飲みながらシズちゃんが頷く。俺はソファに座るシズちゃんの膝を枕にして横になった体勢で、先程の昔話をシズちゃんに語っていた。 「でもさぁ、結局初デートも散々だったよね。」 「あー……トムさんに会ったり、門田たちに見られたり…」 うんうん、と頭上で懐かしそうに頷いているシズちゃんに対して、急に愛しさが込み上げてきて、俺は身体を捩ってシズちゃんの胴に腕を回した。 「――っおい!」 「なんでもない、から…暫くこのまま〜」 「……はぁ」 仕様がない、といった体のシズちゃんに、俺は思わず笑みが零れた。 シズちゃんは、これからも俺だけを見てればいい。 20110201 |