これが日常だとしたら。




「――……くくっ、始まった始まった…」

双眼鏡越しに、言い争いを始めた男女の姿を捉え、彼は思わず口を歪めて笑った。

――夜の池袋には、様々な人間たちが集う。ビルの裏で言い争うあの男女も、そして――その彼らを屋上から眺めて一人笑う"彼"も、また、その内のひとりだった。

彼は、夜の闇に溶け込んでしまうような雰囲気を受ける服を身にまとっていた。まだあどけなさを残すその顔つきが、この深夜の池袋で少しだけ異質だ。

「――…さて、と…終わったな」

観察していたうちの女の方が帰ってしまったところで双眼鏡を下ろし、少年はビル風で流れる艶やかな髪を掻き上げながら、くるり、と踵を返した。

「明日も学校だし、とっとと帰って寝ちゃおう。」

くぁ、と眠そうに欠伸をして、伸びをしながら屋上のドアに向かって歩いていく。短く切った学ランの下から覗く赤の面積が、広がって、狭まる。
少年が去った後の屋上に吹き付ける都会のビル風が、何処か虚しく感じられた。


  ・・・・・

――キーンコーン…

「……あー…やっと終わった」

臨也にとって、学校の授業ほど恐ろしく退屈なものはなかった。教科書を読めば意味は解ったし、大体の事は頭に入っているからだ。だけど、一応形だけでも授業に出席しておかなければならない。

それに今、彼には学校に積極的に登校する――ある「特別な」理由があった。

「次、は……現国か…」

ふぁ、と欠伸をしながら鞄を探り、現国の教科書だけを引っ張り出す。つかの間の休み時間に、クラスの生徒たちは何やら騒がしい。

「――なぁ臨也、知ってるか?」
「なあにー、ドタチン」

後ろから話し掛けてきたのは、臨也とは友人と言えなくもない間柄の同級生、門田京平だった。およそ高校生らしくない大人びた風貌や、その性格から、周りから一目置かれた存在である。

そんな彼から話し掛けてくる事は珍しく、臨也は少し興味を抱きながら振り返った。

「で、何?」
「次の現国、静雄らしいぞ」
「…――……へぇ…」

それはそれは……
知らなかったなあ。


「通りで騒がしいと思ったよ」

肘を突きながら、臨也はいかにも納得したという風にうんうんと頷いてみせた。それに小さく溜め息を吐いて、門田は再び前へ向き直った。

「――…先生、か…」

ち、と隠れて舌を打つ。
次の瞬間には、臨也の顔から既に先程までの爽やかな微笑みは剥がれ落ちて、どこか暗い闇を感じさせる鋭い表情へと変わっていた。







  ・・・・・

国語準備室

相変わらず埃っぽい部屋だ。俺はここが嫌いだ。

臨也は、国語準備室に一台だけある回転椅子に悠々と腰掛け、ソファに寝そべる人影をちら、と一瞥する。

「……せーんせい…?」
「……っ!…」

猫なで声で、文字通り猫でもあやすかのような優しく甘い声色で、しかし何処か威圧感を含んだ物言いで臨也はその人物に話し掛けた。

ソファに力無く横たわるのは、この高校でちょっとした有名人である国語教師の、平和島静雄。

およそ教師とは思えない程の明るい髪に、何だか不釣り合いな眼鏡。長身の上に細身で、スタイルも顔も良いと、女子生徒たちの間では密かに人気の高い教師だ。

非常に短気ではあるが、元々の性格は穏和で優しい。

――そんな彼が、どうして現在、国語準備室のソファで"手首を後ろに縛られたまま"大人しく寝転がっているのかと言うと。


「――……今日さぁ、先生が俺のクラスで授業だなんて、聞いて無かったんだけど?…どういう事か、説明してよ…?」
「…ぅ、っせ……また…変な薬、飲ませやが、っ!…あッ」
「口答えは良いからさぁ……ね?どうしてちゃんと言わなかったのかな、先生…?」

足を組んで、肘を突きながら淡々と問い詰める臨也。それに対し、静雄は普段の馬鹿力も駆使することなく苦痛に顔を歪ませながら、もぞもぞと身体を揺らめかせ始めた。

それを何処か満足そうな微笑みを湛えて見詰めていた臨也は、椅子から立ち上がって静雄の傍にしゃがみこんだ。

「……ねぇ、先生…?俺はさ…別にアンタの事なんか好きじゃ無いんだよ。寧ろ、」

下唇を噛み締めて何かを堪えている表情の、彼の耳許でそっと囁く。

   大嫌い


「――…っ、…!」

捻り縛り上げられた手首。
肩。背中。表情。

全てがその瞬間に硬直した。


それを見逃さなかった臨也は、しかしそれを無視して目の前の耳殻をねっとりと舐め上げる。
小さな上擦った声が漏れたのを合図に、臨也はソファにうつ伏せに寝転がしている静雄の上に股がった。

「うぁっ、――な…?」

そして下敷きにしている下半身をまさぐり、ベルトをするりと抜いてしまう。事態が把握できていないらしい静雄を置き去りにして、臨也はてきぱきとその着衣を乱していく。

「やめろ」とか「いやだ」とか、まるで子供みたいな拒否の言葉が吐き出されるが、臨也はそれらを全て無視していた。


数分前、臨也は静雄の飲んでいたカフェオレにある薬を溶かして、何も知らない静雄にそれを飲ませる事に成功した。

その薬とは―――媚薬。

全体的に筋肉を弛緩させる働きもあるため、馬鹿力の奴にはぴったりだと思った。


その効能――本来の目的ゆえに現在静雄の頬には朱がさし、瞳は涙で潤んでいる。

「――……あれま、もう限界かな?」

くるん、と身体を仰向きに回転させてズボンを下着ごと下にずらした。そこにある欲の証をしっかりと確認しながら臨也は頷きながら言う。

それが余計刺激を与える事になったのか、静雄が苦しそうに身体を捩った。

「…っ!み、んなよ…!」
「苦しい?…辛くない?……楽にしてあげるよ…?」
「や、やっ、あ!…さわ、んな…っ!」

きゅう、と握り込むと、泣きそうな顔をした静雄が急に動かなくなり、臨也はニヤリと笑みを浮かべる。

「……気持ちいい?」
「っな訳…っ…ひぁ…」
「…――…ねぇー…気持ちいいんでしょ?」
「…折、原…ッ!」

折原。

そう呼ばれた瞬間、臨也の心の中に何かもやっとした感覚が広がった。手の動きが止まり、冷たい沈黙がのし掛かる。しかし依然として握ったままのそれは熱を上げたままで、その度に小さな喘ぎ声が響いた。

折原

  折原  か。

何となく、気に入らない。

「…臨也、って…呼んでよ」

手の動きを再開させると、小刻みに甘い吐息が吐き出されて、その合間合間を縫って声が漏れ出る。

「な、んで…っは、ぅ…!」
「呼んでよ。俺が呼んでって言ってるんですよー、せんせ?」
「ふ、っは…ぁ!あ…っも…、」

臨也の手の中で、水音が響く。

「イ…く、ぅあっ…!あ、あ」

断続的な喘ぎ声のあと、静雄が臨也の手の中で果てる。中途半端にめくり上げられたYシャツから見えている白く引き締まった腹にその白濁を擦り付けた。

「…は、あはっ!あはははっ!――…イッちゃったね…?」

腹を手のひらで撫で回しながら、耳許に顔を寄せて笑いながら囁く。悔しそうに涙を目にいっぱい溜めながらこちらを睨み付けてくる静雄に、臨也は僅かに目を細めた。








「…もう、"ごっこ遊び"は終わりにしようか…」

そう言って、しゅるり、と静雄の首に巻かれていたままのネクタイを取り去って、惚けた表情の彼の目に、それを巻き付けた。

「なに、すんっ…!」


「大人しくしててね…


――…『シーズちゃん』…?…」




  ・・・・・


窓を開けると、少し強い風が入り込んできて、埃っぽい室内の空気を一掃した。

「――気持ちいい…」

赤いシャツの前が開き、地肌が見えた上半身を吹き込んでくる風に晒しながら、臨也は素直な感想を述べる。
肉欲にまみれたものとは違った健全なそれは、先程まで自分のしていた行為と正反対に位置しているように思えた。

後ろからすうすうと、実に穏やかな寝息が聞こえてくる。

「――……」


自分は、この男に執着している。確かに、執着してしまっている。

片時も離れたくない、とか。
そう言うのとはまた別のところの感情が働いていて、自分でも掴めないもやっとした塊がこの男を見るたび胸に詰まって、自然と見下したような言動を取ってしまう。

支配欲と言ってしまえば、それまでだろうか。


「――……シズちゃん…」


ソファに横たわるその金髪を、風が撫でている。臨也はそれに近づいて手を伸ばし――触れる直前で、きゅ、と拳を作った。

――バカだな…

眼下の男も、そして自分も。













――これは、歪んだ物語。
歪んだ、愛の物語。








20110127






リュテイル様3333HITキリリクより誕生致しました生徒×先生設定の「偽愛DEEP」のシリーズ化第一弾。

……やっと完成致しましたー!!長かった…(涙)

まだまだよく掴めないと思いますが、今後ともお付き合い下さいませ(笑)


最後は原作の文を引用させて頂きました。一応ここに記しておきます。
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