Impression 「…………」 「ちょっと……その顔は無いんじゃないの?久しぶりに会ったんだし、もっと嬉しそうにしてよ、シ」 臨也の言葉はそこで不自然に途切れ、直後、彼が腰を預けていたはずの場所に自動販売機「そのもの」が突っ込んできて、めりめりと不吉な音をたてながら道路に沈んでいった。 自販機が飛んできた方向には、憤怒の形相の青い制服に身を包んだ男――平和島静雄が、ゆらりと影を現している。額にくっきりと目視出来る程の青筋を浮かべるその様と、ごろごろと転がり出てくる缶、更に破壊された道路沿いの手すりの三つに好奇の視線をうろうろと動かしながら、何やらもぞもぞと集まり出す周囲。 そして、それらとは一線を画したように少し離れた場所に立っていたのは、短く切った黒い学ランに赤いシャツを着た、他でもない――折原臨也だった。 これは、ほんの少し昔の話。 まだ、二人が高校生だった頃のお話。 ・・・・・ 「…新羅」 「なにー?静雄」 ずごごごごーと行儀悪く牛乳パックをギリギリまで飲み干し、ストローをくわえて揺らしながら少し考えるような顔をして、「あいつ」とだけ言った。 一瞬何のことだと目をぱちくりさせた新羅だが、すぐにそれがどういうことなのか察し「また何かあったの?」と口端を上げながら訊いた。 「……うぜぇんだよなぁ、あいつ。また危うく補導されるとこだった。」 心底迷惑そうなその口調に新羅は、ふふと笑い、 「今度は何使っちゃったの?」「……自販機」 「へぇ!またまた力強くなったんじゃない?どっか折れなかった?何ならうちで検査」 「…遠慮しとく」 どこも壊れなかった。 どこも壊れなかったが、臨也のせいで最近よく眠れない。…語弊があるな。正しくは、「臨也が仕組んだ最悪の計画みたいなモンにまんまと引っ掛かってる自分に腹が立って」眠れないんだ。 その最悪の計画みたいなモンは、日々着実に静雄の身体をより強靭にしていった。時には試すように。時にはただ面白い見物として。 そして、そんな臨也に対して、相手にしなければいいものを放っておけない自分に腹が立っている。 入学式当日、自分にナイフを向けてきた臨也。挑戦的な目線。口調。ふざけているのか本気なのか――恐らく両方だろうが、あの気違いじみた行動の数々。 全てが静雄の感情を逆撫でするもので、高校に入学した時に漠然と抱いていた理想の平和な日常は、臨也との邂逅と共に崩れ去って、自分から遠退いていった。 あいつのせいだ。 全部、あいつのせいで…。 連日に及ぶ不良たちとの喧嘩と、連日に及ぶ臨也との殺し合いで鍛え上げられた静雄の身体は、最早人間の域を超えた強靭さに達している。 この間なんか、トラックに跳ねられても死ななかった、どころか無傷だった。 『どうやったら死ぬの?シズちゃん』 「…んなの、俺が聞きてえよ」「?」 急に黙りこくった友人に対しどうしたんだろうかと様子を伺っていたら、ぼそりと呟かれたその何の脈絡の無い言葉に新羅は首を傾げた。 そんな友人の仕草に、自分の言動の可笑しさに気付いたのか気が付かなかったのか、静雄はゆっくりと机から腰を上げて、大きな教室の窓越しに曇天の町並みを見下ろす。 …… 果てしなく嫌な予感がした。 ・・・・・ 「……まーた、強くなってたねぇシズちゃん。ゾクゾクするよ、一体君が何処までその力を伸ばしていくのか。あるいは限界なんて無いのか…。俺はそこに一種の畏敬の念を抱くね。」 折原臨也は、今朝の静雄との喧嘩を思い出し、くっくと腹を押さえて控え目に笑いながら、自宅の回転イスにどかりと座った。――座って、一周くるりと回るとその顔から表情が消えた。 …予想外だよ、シズちゃん。君の力はいつも予想外で規格外で困る。 ――最初は遊びのつもりだった。遊び。そう、純然たる遊び。前々から裏で平和島静雄という名は聞いていたから、同じ高校に入学すると知って心が躍った。 どんな奴なんだろうか?面白い奴?それともつまらない奴? 臨也の、人間に対する愛情と好奇心が、事前情報からしてアブノーマル極まりない存在候補であった静雄に反応する。 初めは力を試す為に、手下と言っても良い適当な不良どもをけしかけ静雄を襲わせた。しかし彼はそれらをものともせず、あっという間に片付けてしまう。この程度のことは予測していた。だから、本当の意味で彼を試す為に、わざわざ自ら名乗り出て殺し合いをふっ掛けた。 ――それがどうだ! 彼――平和島静雄は、臨也が今まで対峙したどの人間よりも強かった。いや、「滅茶苦茶」強かった。彼の前では如何なる常識も物理的理論ですら通用しない、正に常軌を逸した存在。 自分の策略にまんまと嵌まり、不良やチンピラと闘いながら日々強靭化していく静雄の肉体に少なからず危機感を感じつつも、だからこそどうすれば彼を「潰せるか」―――否、殺せるかを思案し続けている。 ……いや、トラックに轢かれても死なない男だ。最早殺すことは諦めた方がいいのかもしれないが……出来るだけ自分から遠ざけておきたい。 それでもある程度相手と関わるのは、相手をよく知る必要があるからだ。弱点は無いだろうかと、常にその手に持つナイフのような鋭い眼で静雄と対峙する。 でも、臨也は知っていた。 平和島静雄という男は、元来善良な人間であるということを。 「……大嫌いだよ」 この俺をここまで恐怖させる君が。 ……ここまで夢中にさせる君が 「……」 外は灰色の雲が垂れ下がり、やがて、雨が降り始めた。 2010/11/08 |