Answer my question!!



――とうとう始まりやがったな新学期…

今朝にかけて妙に目が冴えていて、よく眠れていなかったような気がする。
起き抜けに弟とすれ違った時、目の下を指差され「隈すごいよ」と言われたから、やっぱり寝て無いようなものだ。

そしてそれはなんと言ってもあの『ノミ蟲』のせいであって。

「…殺す」

来神高校への道すがら、そんな物騒な事を呟く平和島静雄は、着実にノミ蟲――仇敵である折原臨也を如何にして確実に死に至らしめるかについて、脳内でシミュレーションを重ねていた。

怒りは怒りを呼び、冬期休業、即ち冬休みの間に積もり積もった臨也への憎しみが、静雄の纏う空気を鬼神のそれへと変化させている。道行く人は気圧されて遠ざかり、皆静雄の方を見ないようにして歩き去っていく。

そんな周囲の動きなど一切介さない大魔人は、その内で渦巻く感情とは裏腹に、実にいつも通りの速さで歩みを進める。

校門前までやっと辿り着いた時だった。

「静雄、明けましておめでとう」

後ろから肩をポンと叩かれ、聞き慣れた声が耳に入って静雄は一瞬気を緩めた。
「ん、ああ…なんだ新羅か」
「どうしたの?何か物凄く機嫌悪そうだけど」

怪訝な…というよりは怯えたような表情を浮かべながらそう言ったのは、静雄の数少ない友人である岸谷新羅だ。その言葉に静雄は溜め息を吐く。

「……理由知りたいか?」
「解った、深追いは止めておくよ」

気を効かせて――ではなく、あくまでも保身の為といった体で新羅は拒否する。既に二人の周囲にはぞろぞろと、登校してきた生徒たちが校舎目指して歩いている。静雄も、一旦己の中で渦巻く怒りを押し込めて、その集団に新羅と加わっていった。


新学期が、始まった。





  ・・・・・


「え……居ねぇのか?」
「うん、今日は折原くん来てないよ」
「そうか……ありがとな」

パシン、と閉められた教室のドアを何処か寂しそうに見詰めるのは、去年の秋、静雄に告白したあの女子だった。

――平和島君に告白したあの日…

彼女は臨也に連れ出され、そして酷い嫌味を言われた。「シズちゃんは俺のもの」だと言った彼の心中は未だに解らない。わからないが――ただ何となく、それは純粋に相手を嫌っている人間が口にする台詞では無いのではないか、と思うのだ。

そのあとで、臨也は静雄は自分の玩具なのだと言ってはいたが、そこに何か違和感を感じている。

――本当は折原くんって……

――…いや、
――やっぱ有り得ないよね
――だって普段からあんなに凄い喧嘩してるし…

先程彼女を訪ねて来たのは紛れもなく犬猿の仲と称されている平和島静雄だ。彼は、臨也は何処だと訊いてきた。

「……やっぱり喧嘩するた、め?」

いや、違う。平和島君は自分から喧嘩を売るような人じゃない。

じゃあ、どうして?


先程の二、三行の会話を思い返す。静雄の、その明らかに切羽詰まったような口調に加わえて、何やら只ならぬ雰囲気。今日は来ていないと言った時の、心底残念そうな、顔。

「――……もしかして、」

ふと、
ある可能性に行き着き――そしてそれを消し去る。

まさか

「…そんな訳無いじゃん。私のバカ」


  ・・・・・


昼過ぎ 池袋某所

始業式などの行事をひとしきり終えて気の抜けた雰囲気の漂う昼の来神高校。生徒たちは、いつもより早く終わった日課にかまけて、翌日がテストである事をそっちのけにして街へと繰り出していく。

そんな空気の中で、静雄だけが完全に浮いていた。

――何だかな…

ほぅ、と息を吐き出しながら校門を抜けて学校の敷地から出る。マフラーに鼻から下を埋めた。

臨也は、今日学校に来ていなかったらしい。
色々と複雑ではあったが、前に知り合った女子からそれを聞き、出鼻を挫かれた彼はだんだんやる気を失いつつある。

――いつもならうぜぇ位にちょっかい出してくる奴に限って必要な時に居やしねえ

ギリ、と歯を軋ませて、はらいせに電柱を蹴った。有り得ない窪みがボコリ、と鈍い音と共にできたが、それを無視して通り過ぎる。

…まぁ、アイツも殺されると解ってあんなふざけた真似をしたはずだ。

臨也でなくても、まずは保身に入って顔を会わせる可能性のある学校になど行かないだろう。静雄もそれは重々承知していたはずだが、どうにも気に食わないし、苛々する。
普段はウザい位に自分に絡んでくる相手が急に居なくなるという事が、何だか少し

――『少し、』…なんだ?

ふと疑問に思い歩みを止める。一体何だと言うのだろう。

確かに、この胸に込み上げる怒りをぶつけられないでいるという苛立たしさは、ある。

ぎゅ、と胸を掴む。

「……くそ…何だってんだよ」

何だか、

胸が苦しい

  ような気がして――

ふと顔を上げると、そこはいつかの公園前だった。少女からの告白を断った次の日、落ち込んでいた自分がフラフラと迷い込んで、挙句辿り着いた寂れた公園。

あの日の自分が、まだセメント山のてっぺんで蹲っているような錯覚が起こる。――ゴシゴシと目を擦り、再び公園を見渡した――その時、


「あ、やっぱりここに居た」


聞き慣れすぎた声が、鼓膜を震わせた。


ドクドクと鼓動が高鳴る。
声がした方を反射的に振り返れば、そこにはやはり予想通りの人物が立っていた。

「――臨也っ!」

へらり、と笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる全身黒ずくめの男。そう言えば初めて私服を見たのはあのクリスマスの日だったなと思いかけた所で、今まで溜め込んできた怒りが腹の底から沸き起こる。

「去年振りだね……あのプリン美味しかったでしょ?」
「……五月蝿え」

いきなり喧嘩を売るような文句で肩に手を置く臨也を、憎々し気に睨め付ける。

早く殴ってしまえ

身体が動き――しかしそれは理性によって、何と拒まれてしまった。

「―……ッ?!」
「?」

焦る。
こんなことは初めての経験だった。静雄の――自分の怒りが理性によって鎮められた…などと…。

考えてしまった。
もし自分がここで暴れれば、この公園はどうなってしまうのだろうか、と。

弟と昔よく遊びに来ていたこの公園、首無しライダーと話した事や――あの日の臨也とのやり取りも全部全部…

消えてしまうのではないか?



――動きを完全に止めた静雄を、訝しげに臨也が覗き込んでくる。それにじり、と後退る。

「なに、どうしたの?俺を殺さなくていいのかな?」

クスクスと、可笑しそうに笑う臨也に拳を握り締めた。

――五月蝿え

しかし、そんな台詞は、きつく噛み締めた自分の口からは出てこない。殴りたいのに殴れない。だけどここで逃してしまうのも折角のチャンスを不意にしてしまう様な気がして立ち去れない――。

どうする事も出来ずにただただ時間だけが過ぎ―― 一行に帰る気配の無かった臨也が、口を開いた。

「……シズちゃんが何もしないのなら、少し予定を早めて俺の話をしよう」
「は?」

そんな言い草……まるで自分がここに来ることなどとうに解っていたとでも言いたげな口調に、少しだけ腹が立つ。待ち伏せされていたのか、と。はなからこれが目的で自分に話し掛けてきたのか――そんな憶測が脳内を飛び交うが、無視する。偉そうなのは健在らしい。チッと舌打ちをして顔を反らした。

「まず質問から始めるよ。質問その一、『シズちゃんは冬休みの間中ずっと俺の事を考えていた?』」
「……は?」
「良いから良いから!答えてよ」

一体何なんだと思い顔を上げると、相変わらずへらへらと笑う臨也が早く答えるように促してきたので、「あぁ」と呟く。
まあ、そうだな。冬休みの間は臨也への怒りが日に日に積もっていく一方だったし、毎日どうやって潰すか考えてたしな。
どうしてそんな事を訊くのだろうと、頭に疑問符を浮かべながらも臨也の質問に正直に答えていく。どうせ録でもない事を裏で考えているのだろうから、変に嘘を吐くよりはマシだと思った。
そんな静雄の答えに口角を上げた臨也は、更に言葉を紡ぐ。

「じゃあ質問その二、『シズちゃんは俺を捜していた?』」
「…ああ、まぁ」

楽しげな臨也の声はまだ続く。

「じゃー質問その三、『シズちゃんは俺に会いたかった?』」
「…あ?ああ…」

そりゃそうだな、と頷きながら答える。会ってぶん殴ってスッキリする予定だった。直ぐに狂ってしまったけれど。それを見た臨也は、口を手で押さえていた。
――それはまるで、込み上げてくる笑いを堪えているかのような。

「ッくく…」
「何笑ってんだ?」
「あ?ああ、いや…何にも」

――やっぱり何か考えてやがるな

ピシリと額に血管が浮き出る。しかしそんな静雄の様子を意に介さずに、再び臨也が手振りを加えながら口を開いた。

「――質問その四、『シズちゃんはイチゴクーヘンが好き?』」
「…ああ…好きだ」

――何考えてんだ?
先程の流れとは全く種類の異なる質問に、完全に脳内が疑問に包まれる。

依然として臨也の調子は崩れない。楽しそうに楽しそうに。

「好き?」
「好きだ」
「一番好き?」
「…プリンの方が好きだな」
「あー…じゃあ、プリン大好き?」
「だいs――…って…おい、手前いい加減にしろよ」

余りにも低次元な会話に段々と阿呆らしくなり、痺れを切らせて突っ込んだ。すると、何かが吹っ切れたように臨也が腹を抱えて笑い始めた。

「――あっはははははははっ!!」

「な、なん…っ?!」

全く状況が飲み込めずに立ち竦む。

――何で笑ってんだ?!
――あ、俺がプリンとか言ったのをバカにして…

そこまで考えが及んだ所で、今度は静雄が羞恥に顔が熱くなる。

「だ、だって…っく、あはははっ!!」
「て、てめぇ!!」
「わー、赤くなってるよシズちゃん、ぷぷっ!かっわいい〜!!」
「な、な……」

わなわなと唇が震える。

――人を子馬鹿にしやがって……!!

「…場所なんて―――知るかああああ――!!!」

先程迄は、様々な想いがあってここでは暴れまいと理性が働いていたが、今となってはそんなものよりもただただ目の前の男に対する怒りの方が遥かに勝り――気が付けば鉄棒を引き抜いて臨也の方へと投げつけていた。

ひょい、とそれを避け、臨也はぴょんぴょんと塀やフェンスの上に飛び乗り静雄から離れていく。

「――待てっ!!」
「ははっ、やーだよ」

そして二人は去年と同じように、池袋の街を駆け巡り始めた――。



  ・・・・・

「……ええーっと…」
『ししししっ、新羅!!今のは何だ?!』

実は、その一部始終を影から見守る人物が居た。塀の死角に隠れてそれらのやり取りを目撃していたのは、新羅とその同居人(?)であるセルティ・ストゥルルソンの二人である。

『迎えに来てよ』と言う新羅の我が儘に、セルティが渋々学校まで新羅を迎えに行き、後ろに乗せて走っていたときだった。

「ん?あれ!静雄と臨也じゃない?」

そう言って新羅が指差したのがこの公園だった。そちらを見れば、臨也と静雄が向かい合って立っているのが見える。巻き込まれるのは嫌だったが、何やら喧嘩をしている雰囲気でも無かったので単純な好奇心で近付いていく。

塀沿いにシューターを停め、二人でそろそろと影から覗く。あまり趣味が良い行為では無いと思うが、それはそれだ。

静雄の背中が見える。少し距離があるので、こちらからは静雄の声が辛うじて聞こえると言った程度だ。

すると。

「――好きだ」

――は?

二人の胸中が一致する。

『…今、静雄…好きって…』
「う、うん。臨也に…」

余程驚いているのか、セルティのPDAを打つ手つきがもどかしい。

「―…だいs…って、おい、……いい加減に――」

「っはは!かっわい〜!!―」

そんな信じられないやり取りが耳に入り、セルティは更に肩を震わせる。

『静雄が真っ赤になって臨也が笑ってるぞ!?』
「どういうこと?」

そこでセルティの脳裏に、今までの二人の姿が次々に思い起こされる――――そう言えば、前に静雄がこの公園に一人で居たときも何か喧嘩って言うより……


『…し、ししししっ新羅!!確認したい事がある!!』
「何だい?」

震える手でPDAを新羅に突き出すセルティ。

『あいつらは……あいつらは男同士だよな?!!』

――明らかに余りのショックで判断力を欠いているらしい彼女は、そんな素頓狂な疑問を新羅にぶつけた。対して新羅は、至って真面目にその疑問に対する答えを紡ぐ。

「―…そうには違いないけど、世の中には同性愛者と言うものが存在するからね…。あの二人ももしかしたら…もしかしな」
『――いいいっ、いい!!それ以上は言わないでくれ!!』
「も、もがっ!」

影で新羅の口を押さえながらシューターに飛び乗り、首無しライダーとその同居人はそこから離脱した。


二人は知らない。
そのあとで臨也と静雄が喧嘩を始めた事も――実はあながち二人の勘違いも一理あると言うことを。


そして、実は二人の姿を、臨也がしっかり目撃していたと言うことも。





2011/01/10
















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