Present for me!!




――あー…クリスマスか、もうすぐ…


今日から冬期休暇の為、静雄の通う来神高校は午前でその日課を終えようとしていた。
担任の長たらしい前置きが終わったあとは、午前授業を良いことに街へ繰り出そうと教室を飛び出る生徒が大半で、残っている生徒は数人という状況だ。

――その数人の中に、静雄はいた。

早く帰ろうとも思うが、ただ何となくわざとゆっくりと荷物を纏める。窓は内側から結露しており、外の寒さが窺えた。

バッグからマフラーを取り出して首に巻き、教室を後にする。

「さむっ……」

廊下は風こそ吹いていないが、教室との体感温度差は歴然で、そして誰もいないことが更に寒く感じさせる。

両ポケットの中に手を入れて階段へ向かって歩を進めると、目の前に何者かが姿を現し、行く手を遮った。

「――臨也!」
「やあシズちゃん」

飄々とした体でこちらに近付いてくる彼――折原臨也は、爽やかな第一声を発した。それに静雄は苦々しくマフラーの下で舌を打つ。

「何の用だよ」
「もうすぐクリスマスだけど、シズちゃんって何か予定あるのかな?」
「は?」

余りにも唐突すぎる質問に、静雄は一瞬何を言われたのか分からなかった。目を丸くするこちらの様子を見て軽く笑った臨也が再び口を開く。

「予定、無いの?」
「……まあ、無ぇ…けど」

そんな事訊いて何になるんだ?

静雄の頭にはそんな疑問が沸き起こる。そして、静雄の答えに対して更に口角を上げる臨也に若干の気味悪さを覚えた。

「ふーん」
「な、んだよ…」
「いやぁ?別に?」

ニヤニヤと笑い続ける目の前の男に、いつもの怒りが舞い降りてくる様な感覚がして、静雄はキレる前に帰ろうと臨也の横をすり抜け、階段を下り始めた。

「――ねえ!!」

「?」

上から降ってきた臨也の声に思わず立ち止まって見上げると、心底愉快そうな表情の彼が後に続いて階段を下りてきた。
そして、静雄の目の前に数段飛ばして降り立った。

「24日、午後6時、校門前に来てよ。」

何を言い出すのかと思えば、突然そんな事を捲し立てる臨也に、静雄は「はぁ?」と首を傾げた。しかし相手は聞く耳を持たなかった様で、「絶対だよ!」と言いながら先に階段を下りて行ってしまった。

呆然と、一人階段の踊り場に立ち竦む静雄。急速に、何か嫌な予感がじわじわと背中を伝って襲いかかってくる。

やっぱり目が合った瞬間ぶん殴れば良かったと、今更後悔する。



先日の一件以来、臨也と静雄の喧嘩の回数は減ったかと言うと、そうでも無かった。しかし、以前と確実に違うのは、静雄がキレるまでに"余裕"ができたことだ。それまでは臨也の顔を見たり、その名前を聞くつど怒りを爆発させていた静雄なのだが、最近はそんな事がめっきり減っていた。まあ、臨也が更に静雄をけしかけるような事を言うので結局喧嘩になるのだが。

変態眼鏡の同級生にも、「最近柔らかくなったよねえ、雰囲気!」と、臨也との殺し合い紛いの喧嘩を終えたあとにそんな事を言われるものだから、どこが…?と内心疑問に思っている。
しかし、一番振り返ってみても良く思い出せないのが、

『嫌いじゃない』

と、臨也に言った自分だ。

昔から…出会った時からムカつく奴には変わり無いし、現にさっきだって……。

――あああ、うざってぇ。
頭でぐるぐる考えんのは好きじゃねえんだ。

一度言った事はどう足掻いても取り消せないし、これ以上臨也について考えるのも癪に障る。

思考を置き去りにして、静雄は自宅へと入っていった。今日は20日。


  ・・・・・


「俺……どうかしてる」


.12月24日 午後5時50分
来神高校校門前

とっくに補習授業を終えた生徒たちが各々の時間を過ごす今日の夜は、高校の敷地内にはほぼ誰もいない。
白い息を吐きながらそんな校門前に一人で立つ人影があった。

私服の平和島静雄だった。

「――何で俺がノミ蟲野郎の言うことなんざ……っくしゅん!」

ぶつくさと呟きながら、くしゃみを洩らす。
クリスマスイブの今日、静雄は階段で臨也に言われた約束(?)を果たすべくここに来ている。理由なんか簡単だ。喩えどんな人間と交わした約束であれ、それを反故にするのは後味がかなり悪いからだ。

臨也だけは例外……だと自分で勝手に思い込んでいたが、結局無視する事が出来ないで今ここにいる。

しかし、外気は想像以上に冷たく、寒いのはあまり得意ではない静雄の肌をちくちくと刺し続けていた。数刻前の自分を少しだけ恨み、

――トンズラしやがったらあの野郎ぶち殺してやる

そんな物騒な事を考えているものだから、その表情を目にした通行人が小さく悲鳴を上げてこちらを避けて通っていく。

やがて周囲の人間の数が減り、再び殺風景な道に戻ったかと思うと。

「お待たせ」
「!?」
.静雄の"真上"から声が降ってきて、驚いて見上げると、いつの間にか校門の塀の上に立っていた私服の臨也が静雄の横に颯爽と降り立った。

「手前ずっと中に居たのかよ…」
「うん、ずっと見てたよー。シズちゃんが寒さに震えて多分物騒な事考えながらでかい図体の割に可愛いくしゃみしてたとこも全部。あ、因みに私服のセンスい」
「臨也ッ!」

あーやっぱり。コイツ腹立つ!!

ぶちん、と何処かが切れる音がして、臨也に殴りかかる。しかし、相手はそれを易々と避ける。

「おっと!危ない…。ちょっと待ってよ、今日俺はシズちゃんにプレゼントを持ってきたんだから」
「―――ああ?」

動きが止まる。
それを確認した臨也がこちらに近付いて、静雄の顔の真正面に、ラッピングされた小さな箱のようなものを突きだした。

「?何だ……こりゃ」
「メリークリスマス、シーズちゃん」

……。
………。
……………は?

時が止まる。
コイツ今何つったよ?
『メリークリスマス』?

他人に幸せを運ぶような、赤い服の……そういうのとは駆け離れた存在の人間から発せられたその言葉には、余りにも毒気が無さすぎた。
直ぐ様箱の中身を疑い始める静雄は、突きだされたそれを受け取らない。

「…いらねぇ」
「ひどいなぁ、前のチョコレートのお返しだよ。俺だって借りは作りたく無いんだ。」

――チョコレート……
ああ、あん時のか。

目の前の人間に、あんな些細な事を気にしてお返しをする程の神経があるとは思えなかったが、その言葉に静雄の心が揺れる。

「…じゃあ中身をまず見せやがれ」
「……信用されてないなあ」

大袈裟に肩を竦めてみせる臨也。それに「早く」と促すと、しぶしぶといった体で、その細い指がラッピングのリボンを外していく。

そして中から現れたものは

――静雄のあらゆる悪い予想を裏切るものだった。

「な……」

プリン。
牛乳瓶のような形の容器に入ったプリン……にしか見えない。

それと臨也の顔を見比べていると、彼が笑った。

「ははっ、驚いた?因みに毒は入れてないから、安心してよね。」
「……――はぁ?!お前これ…何で」

自分があげた安いチョコレートなんかよりも数倍の値が張りそうな贈り物に、静雄の頭の上にはいくつも疑問符が浮かび。
臨也はいつもの微笑みを貼り付けて、ラッピングを綺麗に元通りに施し、静雄の手に押し付けてくる。

「はい!」
「いっ、ぁ、ちょ!…え?」
「美味しいよ?要らないの?」

臨也がマフラーを着け直しながら訊ねてくる。
食べたくないかと言われれば嘘になるけれど、納得がいかなかった。

「……なんで…わざわざ…」

手の中のプリンに視線を落としながら問うと、さも面倒臭そうな溜め息と共に臨也が口を開いた。

「わざわざ?いや、さっきも言ったじゃない、『借りは作りたく無い』って。聴いて無かったの?」
「……」
「………シズちゃん?」
「……ありがと」

その言葉に目を丸くするのは今度は臨也の方だった。

あー、いつもはムカつくノミ蟲野郎だけど、こういうのは評価してやってもいいかな、なんて。そんな気持ちで呟いた感謝の言葉。

相手は余程驚いたらしく、いつもの五月蝿い文句が聞こえてこない。その事に若干の優越感を覚えながら落としていた視線を上げると。

――そこには、真っ赤になったノミ蟲が……



「………お前どうしたんだ?顔真っ赤だぞ」
「え?!な、寒いからだよ?」
「熱でもあんじゃねーのか」
「や、ちが……ある意味熱……だけどでも違うから!そんなんじゃないからね!」
「どんなのだよ」
.今まで見たことが無いような臨也の慌てふためく様子に静雄は思わず吹き出した。

「ぷ―――あはははっ」
「…笑わないでよシズちゃん、理由なんか手にとるように分かるから余計に腹が立つんだよ」

もういいや、作戦変更…じゃあね!!と良くわからない文句を放ちながら足早に去っていった臨也。

先程までのやり取りが嘘のように、校門前は再び静寂に包まれた。
でも、静雄の手の中には確かに臨也が渡したプレゼントがある。

「……」

普段はムカつく野郎だけど、今日くらいは……。

まあプリンに免じて…


ああ、早く帰って食べよう。



毒入ってねーかな、とやはり気になりながらも、足取り軽く家路につく静雄だった。


  ・・・・・


前言撤回。
やっぱあの野郎殺してやる。

いや……ただ殺すだけじゃもの足りねえから二回殺す。


それでも結局殺すことに変わり無いのだが、今の静雄には最早そんな矛盾などどうでも良く。

闘いを終えた静雄は憔悴しきった顔でベッドに倒れ込んだ。


―――下剤入れやがってあの糞野郎!!

何考えてんだ畜生!
ちょっと手前を信じかけた俺が馬鹿だったんだ!
畜生畜生畜生―――!!



襲いかかるその波のせいで録に眠れなかった静雄は、最悪の形でクリスマスの朝を迎える事となった。


  ・・・・・


クリスマスの朝。
折原臨也は実に愉快でならなかった。

――きっと今頃、シズちゃんは苦しんでるんだろうなあ…?

「あっははは!」

まあ、本当はあの後みすみす静雄を置いて帰るなんて事をする予定では無かったのだ。
感情に左右される自分の未熟さを憂う。

「――ああ…でも、あそこでお礼なんか言う程のお人好しだとは流石に思わなかったしなー。」

そういうとこ、好きだけど。


「ちぇ、作戦失敗なんて俺らしくない……ま、でもシズちゃんの中に俺っていう存在をより強く位置付けられただけでも良しとするか……」

喩えそれがどんな形でもね。

誰もいない部屋で、臨也は延々と一人言を話す。


「俺の事だけ考えときゃいいんだよ……ね、シズちゃん?」






2010/12/13









臨也さんの作戦は、当サイト(R15)ではどのみち実現できません。
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