I want to understand you.../後




―――ごめん


そう言った時の彼女の顔が、一日経った今でも脳裏に焼き付いていて。
それと反比例するかのように、少女から告白されたときに感じた僅かな喜びは薄れていった。

受け入れてくれる存在なんていない。だから、自分から人を愛してはいけない。

そんな、強迫観念のようなものが静雄の中には強く根付いていた。きっとあの少女には、他のもっと"まとも"な男が相応しいだろう。自分はきっと―――傍に居るだけで傷付けてしまうだろうから。


だから
     いいんだ

  一人で


でも、本当は――――



……ああ、いや

もういいか。
こんな自分なんて

  ・・・・・


――ドゴッ

鈍い音が閑静な住宅街に響いた。静雄は何かの衝撃に倒れ、一瞬遅れて、それが自分の左頬――臨也の拳による衝撃なのだと気付く。

「……い、ざ…」

呆然として、臨也を見上げる。しかし、当の本人も訳が解らないといった表情で狼狽えている。

左頬にじわじわと広がる痛みに、徐々にクリアになっていく思考。

臨也に殴られた。

その事実を脳がストレートに受け取ったとき、――静雄の中に怒りが沸き起こった。

「てめぇ……

ずっと前から可笑しいのは手前の方だろーがよぉ…臨也君よぉ……?」


「―……どういうこと?」

きょとん、という擬音が正に聞こえてきそうな程にきょとんとした顔で、臨也が聞き返す。

……自覚が無かったのだろうかこの男は。ああ苛々する。
静雄の中の怒りは、静かに沸々と煮えたぎっている。何処か押し込めたような喋り方で、静雄は臨也に語り始めた。


「…ちょっと前から、ずっと手前の様子が可笑しいと思ってたんだよ……丁度、あれだ……昼飯一緒に食うかとか訊いてきた日、あっただろ。」

臨也は無言のまま鋭い眼光をこちらに向けて続けている。

「……あん時からよぉ…てめーは前よりコソコソコソコソ――」
「ちょっと待ってよ」
「あん?」

構わず話し始める静雄の言葉を、臨也が途中で割り込んで中断させる。それが癪に触り、心の中で沸々としていたものが正に飛び出してきそうになって――その時だった。

「シズちゃんは俺の事、嫌いなんだよね?」
「――あ?」

急に真剣な面持ちで訊ねられ、静雄は一瞬固まってしまった。どうしてそんなことを今訊いてきたのかは解らない。だけど、

嫌いだ


そう言おうとしたのに、何故か喉の奥に引っ掛かって出てこないのだ。

どうして今更、何を躊躇っているのだろう自分は。

「……?」

そう言えば、コイツはどうしていつまでも俺の近くに居るんだろう。

「…シズちゃん?」

忌々しい呼び名も、呼ばれる度に段々それが日常になっていって、俺はそれが―――

「……嫌い、じゃ…ない」


  ・・・・・


気付いたら、良くも悪くもコイツが近くに居ることが"普通"になっていたんだ。
人との関わりを敢えて避けていた俺に、臨也は自分から関わってきて喧嘩になって、それは殺し合いにまで発展した。

初めて会った時からそんな感じだったのに、次の日からも臨也はわざわざ俺に会いに来て、その度に喧嘩をした。

俺も、初めのうちは「折原」と呼んでいたのに、気付いたときには仲が良いわけでもないのに、自然と「臨也」と呼ぶようになっていた。

それから直接喧嘩をする回数は減っていき、その代わりと言わんばかりに、大人数の不良たちが自分にいきなり襲いかかってくる。

それらを毎回全員ぶっ倒していたら、段々自分の名前が他校にも知れ渡るようになって、因縁をつけてくる奴も減っていった。

それから再び、また臨也と直接喧嘩をする事が増えた。前と少し違うのは、あいつがコソコソと裏で何かを企むようになっていたということだった。より手口が陰湿になっていたし、静雄の見えない所での不透明な動きが多くなった。


そして最近になって。
臨也は変わったと感じていた。

喧嘩をしている時や、ふと見掛けた時に、何処か影を帯びた表情をすることが多くなっているのだ。
腹黒くにやついた顔や、人を小馬鹿にするような顔は昔からよくある表情だったが、影を帯びた、というのは……。
寂しそうな表情の、それだった。

静雄はそれが何故か気になっている。


――別に心配なんざしちゃいねぇ
……だがよ、そんなん全然

――"らしく"ねーんだよ……


  ・・・・・



―――嫌いじゃない

ぽつり、と聞こえたその言葉に、心の奥の奥で、何かが決壊した。それと同時に、臨也の中で確実に何か新しい感情が芽生える。

友情――なのだろうかこれは。さっき静雄を殴ってしまったのも、あの時、静雄は自分のものだと言ってしまったのも、いつもいつも気が付けば静雄の事を考えていたのも全部全部。

いや、――違うな。


そして臨也は、自分でも驚く程にすっきりとそれを認めた。


(……そうか、だから)

先程静雄に最近様子が可笑しいと言われたとき、自分でも気が付かなかった自分の異変を、静雄が感じ取っていたという事実が

単純に嬉しくて


だから思わず、再確認してしまったんだ―――



そして、ずっと自分の事を嫌いだと言っていた相手が、今「嫌いじゃない」と、はっきりそう言ったんだ。


ああ……

物事の真理というものは、
――こんなにも単純で残酷だ。


 俺……シズちゃんの事が

 好きだったんだ……



「はは…」

反吐が出るくらい、最悪だ。

自嘲気味に、乾いた笑いが溢れる。あとからあとから――目の前の男に対する名前のついた感情が生々しく溢れ出てきて、胸が苦しかった。

静雄は、何が起きたか解らない様子で、急に笑い出した臨也を訝しげに覗き込んでいる。


「はは、あはっ…」
「おい…どうした?」


――シズちゃん
シズちゃん…っ…


どうしよう俺、こんなにも

……シズちゃんのことが
大好きだ…


いつからこうなったかなんてどうでもいい。今、俺がシズちゃんを好きならそれが全てなんだ。


「―……何でもないよ。じゃあ…」
「え、おい!ちょっと待て…!」

もう逃げたくなって身体の向きを変えた途端、静雄に腕を後ろから掴まえられた。

「…何のつもりか知らないけど、放してくれる?」

感情を押し殺して問えば、相手は「あー…」と言いながら掴んだ腕をそのままに、目の前でポケットを探り始める。

何だろう

そう思いながら様子を見ていると、――何か小さな物を取り出して、掴んだ臨也の手にそれをむんずと無理矢理握らせてくる。

それから腕が解放されて、ちらと静雄の方を窺いながら指を開くと、

そこには、包装された小さなチョコレートの姿があった。


余りに意外な事で、臨也は驚いて静雄を見る。

「え……どういうこと?」

思わず訊ねると、静雄はややあってこう答えた。

「……チョコレートはな、体に良いんだよ」

「……え?」

「それでも食っとけ」

意味の繋がらない答えに臨也は戸惑うが、その一方で、その言葉の真意に気付き喜びが込み上げてくる。

「元気出せよって、普通に言えばいいじゃない…」
「――ッ!?…な、ち…違うっ!」
「違うの?じゃあ、バレンタインかなぁー?」
「んな訳あるかノミ蟲野郎ッ!殺す!!」


嬉しくて、ついついイジってしまう。そしてその反応が楽しくて、またイジってしまう。

それの繰り返しで、その何の変哲もないことが今の臨也には嬉しくて堪らなかった。



  ・・・・・


その日、家に着いた臨也は早速静雄に貰ったチョコレートを口に入れた。

―――あっま…!!

ミルクチョコレート…。
意外だよシズちゃん……君がこんなに可愛い食べ物を持ち歩いてるだなんて。

それにしても、元気が無いのは寧ろ向こうの方だったというのに…。

「……優しいなぁ、シズちゃんは」

それから、何処か元気が湧いてくる気がした。


心の中でくすぶっていた想いを開放させた今、目指すものは一つしかない。



「覚悟しなよ……シズちゃん」


俺は、欲しいと思ったものは必ず、何としてでも手に入れる人間なのさ。








2010/12/03

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