愛と君と、君との愛。





気付けば、見慣れた天井が目の前に広がっていた。ずっと長い永い夢に追い回されて、絡み付かれてもがきながら這い出して――その結果目が覚めた、といった風に。

「…………目が冴えちゃった」

折原臨也は、闇に溶け込む漆黒のかけ布団を取って、上半身を起こした。…久しぶりに気持ち悪い夢を見た。悪夢など、臨也は滅多に見ない質ではあったけれど、今日は何だか様子が違っていた。

「―…シズちゃん、」

自分の真横ですうすうと寝息を立てる金髪の恋人の肩を、そっと揺すってみる。しかし、その後も変わらず規則的で静かな息が続くために、臨也は諦めて再び布団に潜り込んだ。

どこか不安だ。
――夢のせいかも知れない。

不安で不安で仕方がない。ふわふわと宙に浮いているような感じだ。

「……シズちゃん…は、俺のこと……」

広い背中に後ろから抱き着くと、少しだけ不安が無くなるような気がして、臨也は右腕を静雄とベッドの間に捩じ込み、完全に抱き着く体制に入る。

じわり、と温かさが伝わってくる。

――思い出す必要のない事で、いつまでもくよくよしてるなんて…

「―……らしくねぇな」「っ!」

埋めた首筋が僅かに振動して、低い声が伝わってきた。どきりとして顔をこちらに向かせると、案の定目を開けた静雄が、どこか不機嫌そうな面持ちでこちらを睨めつけていた。

「……やだなぁ、いつから起きてたの」
「肩揺すられて、その後手前が俺に抱……。……だ…き、ついてきた、とき…」
「…何照れてるの」
「照れてなんか…っ、おい!」

――シズちゃんのバカ
ちょっと救われたじゃないか。君なんかに、さ。

首に腕を絡めながら、後頭部を掴んで引き寄せ、口付ける。ふにふに、と柔らかい感触を味わうように唇を食んだ。やがて、相手の呼吸を奪うようにしてそれをぱくりと覆う。

「……っ…」

布団が、もぞりと動いた。
然したる抵抗もせずに一方的に行為を受け続ける静雄。

あるいは――


――臨也が涙を流している事に気付いていたからなのかも知れない。

だが、臨也は気付かない。
気付いていない。

自分が涙を――弱味を他人に、恋人に見せてしまっていると。普段の彼からすれば、それは確かに“異常”ではあったが、一方で道理なのかも知れなかった。

完璧な超人に、臨也はなりたかった訳ではない。
常に自分の感情と行動を把握した上で、自分を犠牲にしない程度に人間を弄ぶ。ただそれだけの為に、全力を注いでいくだけの知識と体力は必要だと思ってはいたし、実際それは彼の強みでもあった。

“愛”

と呼ぶには歪な、しかし実際臨也の人間たちに対して抱く感情は紛れもなく純粋な“愛”。

そして、そこへある日突然入りこんできた要素――平和島静雄。

真っ黒か、或いは真っ白だったそれまでの生活に、最近では静雄という色が加わり、少し昔には新羅という要素が加わり――徐々に、徐々に…臨也が信じていた世界や、臨也が望んでいた世界から遠ざかっていく毎日。

そのような“日常”など、彼には必要が無かった筈なのに。



誰か一人を嫌悪する代わりに、全てを“平等に愛する”事に決めた臨也。では、誰か一人を愛する代わりに、何をどうすれば良いのだろう?


きっと自分は極端で、どっちつかずの状態が実は一番嫌いだったりする。

でも、そんな問いを繰り返すうちに、柄にもなく中学時代の“あの事”を思い出してしまい、あまつさえ不安に駆られてしまうなど―――。


……俺も、“人間”…か…


愛するべき観察対象に、自分を入れなかった――入れられなかった青年は、やり場の無い無力感を恋人にぶつける。心の安らぐ場所を、彼は平和島静雄という男に求めていた。

「……ねぇ、折角起きたんだったらさ。相手してよ」
「………………死ね」



愛してるよ、多分。
これも愛だ、きっと。




20110216



子ネタです。
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