分かりにくい。





「シーズちゃん」
「………」
「ねぇー、シズちゃんってば」
「…………」
「シーズーちゃ」
「――うるせぇええッ!!!」
「どぅふッ!」

静雄のパンチが鳩尾にクリティカルヒットした。臨也はその骨と内臓が軋み破裂しそうな強力すぎる打撃に耐えかねて悶絶する。

臨也の私邸――今日は、二人のつかの間の会瀬の日。幸せに過ごす筈のその時間は、今この瞬間、完全に終わりを告げたのだと理解する。

外ではしんしんと雪が降り続き、ガラスは室内との寒暖差で結露だらけ。そんなところに身体を叩きつけられたものだから、ガラスに触れた部分から、じわりじわりと冷たい水の感触が広がってくる。

動けずに丸まっていると、どかどかと足音が耳元まで近付いてきて、やけにそっと身体を抱え上げられる。
目を開けると、臨也は、自分が静雄の肩に担ぎ上げられているのだと気付いた。

「――ななな何これ?」
「…五月蝿え、喚くな。」

ぴしゃりと言い放たれ、それからは口をつぐみ大人しく担がれたままでいると、静雄は寝室に向かって歩き始めた。

――どういうこと?
――何されるの、俺?

一抹の不安が脳裏を掠めたとき、ベッドの上にそっと下ろされた。あまりにも優しいその動作に呆気に取られて、恐る恐る静雄の表情を窺う。しかし、明るい廊下と暗い室内では、静雄の顔は逆光になっていてよく見えない。

「――えーと……シズちゃん?」

身を起こし、恐る恐る話し掛けてみる。すると――ベッド脇に立っていた静雄が、いきなり胸に飛び込んできた。

「―――ぐぁはっ!」

先程の鳩尾への衝撃とダブり、目から火花をチカチカと散らせながらベッドに深く埋もれていく。何が起こったのか瞬間理解出来ずに、半分飛びそうな意識を必死にかき集めて現在の状況を分析する。

「……え、と……ん?」

――シズちゃんが俺に
…抱き着いてきた…?

そんな結論に至り、ぼふんと頭が爆発する。依然として金髪の頭は自分の胸に食い込んでいるし、長い腕は腰に巻き付いている。――端から見れば、静雄がタックルをしたようにしか見えない光景なのだが、それは紛れもなく積極的なスキンシップと受け取る方が正しかった。

「……どうしたの、シズちゃん」

柔らかな金髪を撫でながら、臨也はほくそ笑んだ。しかし直ぐにそれを覆い隠し優しげな微笑みを湛える。

「……臨也…」
「ん?」

頭を抱き抱えると、腰にしがみついていた腕の力が弛んだ。

「………――好きだ」

「………ぇ?」


余りにも予想外の言葉。
戸惑いを隠しきれず、心中で呟いたそれが口から出る。そして――後からじわじわとむず痒い感触が広がって、かぁと顔が熱くなる。

その時、胸に埋まっていた顔が上げられて視線が交錯した。静雄は尚も口を開く。

「……お前と出逢えて本当に良かった」
「――…な、なんっ?!」
「俺を好きになってくれてありがとう」
「ほぇ!?」
「……臨也」
「はい何でしょう!?」

次々と投下される爆弾並みの威力を持つ恥ずかしいくらいの言葉の羅列に間抜けな反応を返していると、名前を呼ばれつい畏まって返事をする。
そして――


「…………愛してる」


そんな言葉が耳を掠めたかと思うと、ぶつかるようにして唇が合わせられた。

――なななななっ、なんっ?!
――何が起こって……っは、
――ん…何この子今日凄い…

このままいつもの定位置を逆転させられてしまうような勢いに戸惑いつつも、熱く絡ませる舌の動きに集中する。
気付かぬうちに金髪の後頭部を掴んで、更に深く交わろうと口付けを深くしていた。

「……っぁ、ふ……ん」
「――ホント…、どうしちゃったの?今日は……っん」

しかしそんな臨也の問いかけには全く応じない静雄は、臨也の上に乗っかったまま再び口付けていく。そして――手がズボンのベルトにかかったかと思うと、あっという間に膝の辺りまで脱がされてしまう。

――おいおい、正気か?

思わず眼前の男の正気を疑うも、布越しに誘うような手付きで撫でられそれは頂点に達した。

がばりと身を起こして肩を掴む。

「―――どうしたの急に!何かあったの?!」
「………ぁ」

弱々しい声が零れ、相手は気まずそうに視線を逸らした。いよいよどうしたものかと腕を組みそれを眺めていると、躊躇うように静雄が沈黙を破る。

「……何も…ない…」
「……は?」
「本当に、何もねーんだ……」

ええと、それはつまり……


「俺がしたくてやってんだよ」


熱を孕んだ視線が、臨也の瞳を射抜く。暫く時が止まっていたかと思うと、静かにシーツが擦れる音が暗闇の中で響き、知らぬ間に静雄の方が下でベッドに埋もれている体勢となっていた。

「……やっぱこっちのがしっくりくるね」

クス、と笑って目の前の白い首筋に唇を沿わせると、腕が首に絡まった。

「……まさかこんな甘えん坊さんだなんてねえ?」
「…ん……笑うな、って」
「っふふ、だって酷いじゃない。まさかパンチから入るだなんて想像つかないよ、誰も」
「…んゃ…っ…!」
「お…耳弱い?」

ちぅ、と耳の付け根を吸えば、びくりと身体が強張る。

――あー、堪んないや…
――何だこの可愛い生き物



もっと甘えるなら段階を踏んでよね。あんなに普段の君と差をつけられたら、こっちがびっくりするばかりで、ちゃんと取り合ってあげられないからさ。

……それにしても、このバーテン服ってやつはつくづく脱がしにくいな…。まぁ、その方が燃えるけどね。



始まりは強烈だったものの、こんな恋人の姿が見られるならそれもいいかな、と思う、そんな休日。

―――やっぱり、シズちゃんには敵わないや。




2010/12/26







テーマは、「普段素直になれない分臨也への想いが募り募って何か違う方向に爆発しちゃったシズデレ」でした。面白かった。



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