まいだーりん!



俺とシズちゃんが同棲を初めて1ヶ月が経とうとしていた。

「何か記念にケーキでも買おっかなぁ」

軽い足取りで、高級菓子店の並ぶ通りへと向かう。

俺たちの共同生活は極めて順調に進んでいた。お互い職があるから、会えるのは俺とシズちゃんが忙しくない時、真夜中から朝にかけてだけ。……これで果たして順調と言えるのかどうか些か不安だけど、でもちょっと前まで会うたび派手な喧嘩をしていた自分たちには、この位の距離感が逆に丁度良かった。

「ん?そういや今日の料理当番って俺だっけ。」

色とりどりのスイーツの並ぶショーウィンドーを眺めながら、そういやそうだったと思い出す。なら、わざわざ買わなくても今日はとびきり上手い料理を食わせてやろうかな、という考えに至って、そうだ、そうしよう!と踵を返した。

その時、

「ぅわッ」

録に確認もせず急に向きを変えた瞬間、いきなり眼前に現れた人影にぶつかりそうになり大袈裟に後ろへ仰け反った。
――すると、目の前の人物の長い腕が臨也のそれを掴んで、倒れ掛けていた身体を力強く引き上げてくれる。

そしてその人物とは、掴んできた手の感触で分かる―――


「シズちゃん?」

どうしてこんな所に?こんな時間に?

様々な疑問が臨也の頭をよぎってはすぐに立ち消える。

「あー……何でお前こんなとこにいんだ?」
「お菓子でも買いにね、シズちゃんは?」

あくまで嘘は吐かない。しかし、同棲1ヶ月記念だということは伏せておいた。

「奇遇だな、俺も、……何か久しぶりにこういうとこで買ってみようと思ってよ。」
「へぇ?」

刹那、臨也は赤い瞳を光らせる。が、直ぐににっこりと笑いかけた。

どうせバッタリ会ったのだ。このまま一緒に夕食の為の買い物に行って、帰宅しよう。と考え直し、静雄に言う。

「今日ね、ちょっと晩御飯の買い物に行かなきゃなんだけど…お菓子、後でいいかな?」

すると、静雄は表情を一瞬硬くした――
かと思うと直ぐに綻ばせ、ああ、と大人しく臨也についていくそぶりを見せる。
その様子に満足したように、臨也は静雄を連れて、近くの百貨店の地下へと向かった。



「ふう。シズちゃんと偶然会えて良かったよ。まさかこんな量になるなんてさ!」
「おまえ………何も持ってねえじゃねえか。」

僅かに顔をひきつらせた静雄がこちらを見て呟く。しかし、それ以上は何も言葉を発さなかった。
百貨店から出てきた二人は、菓子を買いに再び先程の通りへ向かっている。
静雄は買い物袋を片手に4袋ずつ持ち、対して臨也は何も持たずに、足取り軽くスキップをしていた。明らかに二人暮らしにしては多すぎる今回の買い物の量に、静雄は首を傾げて問う。

「別にどうでもいいけどよ、今日はいつもより多いな、量」
「んー?帰ってからのお楽しみだよっ、と…」

器用に渡り歩いていた歩道の縁から降り立ち、片手に4つある買い物袋を持ちにくそうにしていた静雄の方を振り返って「シズちゃん」と言った。

「あん?」

「シズちゃんさぁ、今日が何の日か知ってる?」

にこやかに尋ねる。
静雄は狼狽して、「あ、いや」と視線を合わせずにいらへたが、その反応を見た臨也は鼓動を跳ねさせた。

「………"今日"だから、ここのお菓子買いに来たんでしょ?」
「っ!!」

確信を持って更に問い詰めると、明らかに図星らしく、相手は目を見開いて驚いた表情を見せた。

―――わお、ビンゴ。

「あ、いや、別に…っ」
「やっだなぁもう!シズちゃんったらぁー!」
「き、気っ色悪ぃんだよ!死ね!!」

振り回された買い物袋を難なく避け、臨也は一つのこじんまりとした店の前に立った。

「さ、入ろうか?」

怒りと羞恥で真っ赤な静雄を視線で茶化しながら、手を差しのべる仕草をする。
すると静雄の動きが一瞬止まり、ややあって不貞腐れたようにぼそっと独りごちた。

「……触れねえし」
「んー何か言った?」
「いや」



さあ、二人の記念に。


   最大級の祝福を―――






そのお店に纏わる思い出は、また別のお話。




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