垂れ下がる、伸び上がる。



※トムシズ要素有


中学生の頃、静雄は先輩である田中トムに対して、淡い憧憬を抱いていた。
初めこそ、それは只の、彼の人間性に対する憧れに他ならなかったのだが――気付けば、いつしかその単なる憧れは、恋心に変わっていた。

単純な好きという次元の問題でも無い。
思春期の恋慕と言うものは本当にまっすぐで、純粋だ。
隣にいるだけで幸せな気分になり、その背中を見るだけで頬が熱くなる。
言葉を交わすたび、好きという気持ちが大きくなっていく。
ずっと、ずっと一緒に居たい…と、思う。

静雄も例に漏れず、そのような片想いを胸に抱き続けていた。
初恋とはまた違う。ましてや相手は異性ではなく同性であり、気持ちに気が付いた時の動揺は大きかった。
しかし、気付いた時にはもう遅く、否定したところでどうこう出来る大きさでは無くなっていた。

“好きです”

――トムが、自分より早く中学校を卒業したあの日、
静雄はありったけの勇気を振り絞って、自分の気持ちを告白した。
満開の桜から散る沢山の花びらが、青い空に、それはとても眩しい日だった。

どうにかなりたいと言うわけでも無かった。
ただ、気持ちを伝えるだけで十分だと――
そう思っていた。

でも、

「…ありがとな。」

と。
ずっと憧れ続けていた先輩は笑顔でそう言って、後輩の頭をくしゃりと優しく撫でたあと、桜の木の下から歩いて行った。


暫く呆然と立ち尽くしていた静雄は、振り返ることが出来なかった。
呼び止めることも、名前を呼ぶことも――どれも全ておこがましいものに思えて、
自分がとても小さい存在のように思えて。

“俺が居なくても、お前は大丈夫”

――と、
暗に言われたような気がして。

気付けば、目から大量の涙が溢れ出していた。



それからの生活は、まるで色を失ってしまった。
既にトムは、静雄にとって精神的な支えとなっていたのだ。
――その彼を失ってしまったこと。
そして、告白を受け入れて貰えなかったことが、いつまでもいつまでも頭から離れなかった。
常に“心ここにあらず”といった調子の静雄を心配した新羅が、何度か家に招待してくれたりもした。
幽にその状態を指摘されて、静雄は漸く目を覚ました。

それからは、トムの居なかった頃の生活に戻った。
売られた喧嘩はキッチリ精算し、周囲の人間に当たらず触らずの姿勢を貫いた。
友人と呼べるのは新羅くらいで、他のクラスメイトは怯えて近寄って来ない。
――それでいいと、昔は割り切っていた筈だった。

しかし、喧嘩の後でいつも思い出すのは、いつかの先輩の後ろ姿だった。
こんな時、“あの人”ならこう言ってくれるんだろうな、などと直ぐに考えてしまっては、じわりと瞳に涙が溜まる。

慣れていたはずの生活が、こんなにも苦しいものだったなんて…。
一人で居ることが、こんなにも寂しくて…。

アンタが居ないと…俺…、……――

“ごめんなさい”




そしてある日、とうとう静雄の中で何かが“壊れてしまった”。








数年後


「…ブレザー」
「自分で取れば?」
「…腰が…身体中だるくて動けねえんだよ。察しろ。」
「何で付け加えたの……ハイハイ。」

ホテルの一室に、静雄は居た。
ここに来る限り目的は一つしか無い。今しがた“コト”を終えたところで、ものの5分も経たないうちに静雄は早くも帰宅しようとしていた。
同じベッドに入っていたのは、艷やかな黒髪の――普段静雄が“ノミ蟲”と呼んで嫌悪している男だ。

「っはー…またやっちゃったよ…糞…」

場にそぐわない、爽やかな空色をしたブレザーを静雄に手渡した後、半裸状態の折原臨也が額に手のひらを当てながらそう言った。
静雄はそれを見て、特に何の気持ちも抱かずにただブレザーだけを受け取り、ベッドの端に引っ掛かっていたシャツを黙々と着始める。

「…ヤッちゃったな。」
「…つーかさ、いい加減俺に飽きない訳?そんなにセックスしたいなら他に出来そうな奴いくらでもいるでしょ。」
「別に…手前が良いって訳でも無ぇよ。」

ベッドに後ろ向きに腰掛けながら溜め息まじりに臨也がそう文句を言っても、静雄は特に動じなかった。ボタンを締める手の動きに、一切の乱れも無い。
臨也は、そんな静雄の様子を目を細めて見詰めていた。

「…ねえ、何様のつもり?ひょっとして女王様気取りなのかな?」
「…はぁ。何が言いてぇんだお前は。」

話の見えない事に苛々した静雄が、手を止めて臨也の方を向いた瞬間だった。
肩を掴まれ、シーツの上に押し倒される。
少しだけ驚いて、静雄はハハハッと嗤う。

「ヤリ足りねーなら先に言えよ。」

臨也の、線の整った頬のラインに手を添えながら、徐々に色を醸し出す静雄。
僅かに揺れる相手の瞳の奥――しかし、直ぐにそれは冷徹な、静雄の全てを否定し、見下すような表情に変わっていた。

「シズちゃんみたいな汚い身体、もう金輪際抱きたくないんだけど。」

そう言われた時、静雄の中で言い様のない快感が広がった。

――そう言う性癖と言うわけではない。
静雄は、自分が否定する、大嫌いな自分を“他人から否定されること”に、一種の満足感を得ているのだった。
そしてそれは、静雄の精神の安定――安心に繋がっていた。

臨也とこういう関係になったのは、初めこそ勢いもあった。
しかし、本当の理由は臨也からのこの、“安心感を得られる態度”にあったのだ。
臨也は静雄を圧倒的に、他のどんな存在よりも毛嫌いしている。
つまりそれは、自分自身を圧倒的に嫌っている静雄に沿うものである。
そこを他人によって補強・確立されることで、自分自身のバランスが保たれるのだと思い込んでいた静雄は、それからも臨也をこうして連れ込んでは自分を“犯させて”いた。

既に色々な相手と援助交際を繰り返してきた静雄の身体。

案の定、臨也も感触は悪くは無かったようだった。
それからの誘いにも、初めこそやんわりと断られる事も多かったが、次第にそれも無くなって、いつでもしたいときに、時には臨也の方から誘われるようになっていった。

学校生活の中では、二人は犬猿の仲、という事になっている。
勿論それは正しい。
静雄は臨也が嫌いだし、臨也も静雄が嫌いだ。
しかし、裏ではこれほどお互いの存在を求め合う関係にあった。

「…もうやらない、俺は知らない。」
「そうか、じゃ…あっ、てめ…ん…ッ」
「……ごめん…やっぱり無理。ってか…シズちゃんも俺以外の相手じゃもうイけないんじゃないの?」
「ふ…それは…無い、んっ…な…」

半分締まっていたシャツの下から胸をまさぐられ、鎖骨に口付けられる。
挑戦的な瞳で静雄がそれを見下ろせば、臨也が暗い笑みを浮かべたのが見えた。
またそこでゾクゾクとした感覚が体中を這い回り、弛緩した身体がひくりとうち震える。

「臨也…早く…」



20111008

続きます。

久々更新ですね(ノ∀`)
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テルル




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