恋人だった、好きだった。









「あ、平和島先生!」
「ん?」
「診療所の表に、雑誌の取材の方が来られてるんですけど……」
「……取材?何だそれ。」

平和島先生、と呼ばれた白衣の男は、看護師の控え目な声に訝しげな表情を浮かべた。ふむ、と彼は一考し、面倒は追い払うべきかと結論を固め始めた頃、彼の居る診察室に「○×局の取材の者ですがー!」と言う男の大声が響いてきた。

傍の看護師と目を見合わせたあと、平和島はため息混じりに立ち上がった。





診療所の玄関口で、看護師が記者らしき男を押さえている光景が広がっていた。

「――困ります!アポ取り無しの取材なんて非常識ですよ!」
「別に良いじゃない、悪くは書かないし。寧ろ番組としてはですね、この離島の診療所で一人孤独に闘っている敏腕医師!ってキャッチコピーで――あ、平和島、平和島静雄先生ですよね?」
「誰が孤独に闘っている、だよ…」

記者らしき男は、看護師の制止を振り切り、飄々とした体で静雄の前まで跳び跳ねるようにして移動してきた。その瞬間に向けられた笑顔に、内心静雄はうんざりして、茶髪の頭を掻きながら、「あのね」と口を開いた。

「―……いきなり取材とか言われても…困るんスよね、看護師さんも言ってましたけど。アポ取りとか基本っスよね?こっちは今日も通常通り診察あるんで、暇じゃないんすよ?」
「あ…」

静雄が口を開くと、記者らしき男は何かを言いかけて、やがて口をつぐんで俯いた。

「……す、みません…」
「解りゃいんすよ、解りゃ。じゃあ、そう言うことで…」

割りとあっさり引き下がってくれそうな雰囲気に満足して、話を切り上げ引き返そうと背中を向けた時だった。

「――ちょっと待って!!」
「あ?」

後ろから引き留める声が響き渡る。静雄は、その眼鏡越しに、記者らしき男を振り返った。

「……何ですか?」
「実は…私、個人的な件でこちらの島まで遥々貴方を訪ねに来たんです。」
「……は、ぁ…。」

だから?と問い質したくなる気持ちを押さえ付けて、静雄は、先ほどまでとは打って変わって真面目な顔つきをしたその男を見詰めた。…変だ。何か様子が可笑しい。
それに……

静雄は、実はこの男を初めて見たときから抱いていたもうひとつの違和感について、思考を巡らせ始める。


「――少し、お時間頂けますか?平和島先生」

やけに目鼻立ちの整った黒髪の男は、そう言って爽やかに笑った。









「気持ちいい潮風ですね…」
「……ああ…」

門田京平と名乗ったその青年は、まずこちらに先ほどの無礼講を詫びてきた。そして静雄は看護師たちに「10分で戻る」と言い、門田を連れて、診療所の前の海岸をとぼとぼと歩き始めた。

違和感…
それは、過去、自分がこの男に会ったことがあるような気がしていることだった。

あまりに整った顔立ちと、爽やかな声色。その艶やかな黒髪に目を引かれていると、いきなり門田が立ち止まった。
そして

「10分しか無いなら仕方無いね」
「は…――」

それだけ聞こえた。
あとは――唇に触れた妙に柔らかくて、何処か懐かしい感触に全てを支配された。

一秒、二秒、…三秒程経っただろうか。何せ何が起きたのか全く解らなかった静雄が、自分が今門田と名乗る男に口付けられているのだと気付く迄。慌てた静雄がその身体を突き飛ばした結果、門田は地面に倒れ込んだ。

その瞬間、静雄の胸に沸き起こったのは、言い様の無い怒りと――そして何故か、やり場の無い哀しみの感情だった。

「ぁ、っ…な、何すんだ手前ッ!!」
動揺。

動揺だった。
今日初対面の筈のこの男に既視感を抱いたことに?
今日初対面の筈のこの男にキスをされたことに?

ごしごしと手の甲を唇に擦り付けながら、静雄は何故か泣きそうになっていた。

門田は、痛そうに肩を押さえながらフラリと立ち上がって、口を開いた。

「…シズ、ちゃん……覚えて、ない…?」
「え…」

――シズ、ちゃん ?


何故だろう。
誰からもそんな呼び方をされた覚えは無い筈なのに、どうしてだろう。

呼ばれた事がある気がする。


「君さ……昔、事故に遭っただろう?」
「――じ…こ…?」

そうだ、
俺は15年前に事故に遭った。

その時、俺は高校に上がったばっかりで、確か親の急な転勤で他県に引っ越す事になって。
そしてその移動中――

いや待て


「……何で、あんたが…?」

率直な疑問を門田にぶつけると、門田は自嘲気味に笑って言った。

「だって俺…シズちゃんの………友達、だったから…」
「嘘だろ…?じゃあ俺はアンタの記憶を失ってるってことか?」
「………これ、見てよ。」

そう言って門田が鞄から取り出したのは、一葉の写真だった。恐る恐る受け取り見てみれば、そこには、確かに高校時と見られる自分と、門田の二人が写っていた。そして何よりその写真を異常にしているのは――過去の自分が、郵便ポストを持ち上げた恰好でそれに写り込んでいると言うことだった。

「――これ、合成じゃねえのか?」
「昔の君は、それこそ比喩じゃなく馬鹿力だったんだよ。トラックとかに轢かれても全然平気で…」
「いや待て、待て……流石にそれはねぇわ。からかうのも時間の無駄なんで…」
「からかってなんかいないよ!!」

いよいよ馬鹿らしくなってきた静雄が、その写真を払い落としたとき、門田が今までに無い剣幕で叫んだ。流石に驚いて、静雄は目を見開いた。門田は両拳を握り締めて、鋭い眼光をこちらへ向けたまま口を開く。

「――ああそうだよ?何より俺が一番何もかも信じられないし信じたくもないさ。自販機を投げたり標識を何本もへし折ったり、トラックに轢かれても平気で……理屈も道理も通じなかった君が俺は大嫌いだった!…なのに……あっさり電車の脱線事故なんかに巻き込まれやがって…その人並み外れた膂力を失うどころか、挙句人の事ポックリ忘れちゃう…なんて……」
「……お、い…?」

何が何だか解らなくて
ただ、目の前の人物が何となく、『門田京平』では無いような気がして。

――確かに、自分は昔、乗っていた電車の脱線事故に巻き込まれて大怪我を負ったことがある。しかし、医者からは記憶障害などという診断は下されていなかった筈だった。現に静雄は、親兄弟の事は覚えていた。いや、しかし……そう言えば、高校に上がる前の記憶が所々抜けているような気がしていたことは無いか。

そこまで考えが及んだとき、いきなり頭が割れるかと思うほどの頭痛が静雄を襲う。

「――っあああぁああ!!」

痛い
――痛い…!

そしてその時、遠くの方で聴こえた気がした。







   シズちゃん







「――シズちゃんッ!!」
「っ!?」

急に現実に引き戻され、静雄は我に返った。痛みは自然と引いていた。

目を薄く開けば、うずくまったこちらの顔を窺うようにしゃがむ門田の必死そうな顔がそこにあった。


 門田……
  いや、違う か


「い、ざ…や……」

自然と口から溢れた名前。
まるでそれまで何十回何百回と呼んできた名前であるかのように自然と出てきた名前だった。

イザヤ、臨也

――折原、臨也…
何故だろう。
涙が溢れて止まらなかった。


「シ、ズちゃ…っ…」
「臨也っ……ん!」

どさ、と、静雄は誰もいない防波堤に押し倒されて、唇を塞がれた。しかし、不思議と嫌な気はしなかった。

長くて、先ほどのものとは比べ物にならないような深いキスは、脳の奥を痺れさせるには十分で。必死に吸い付いてくる舌に愛しさすら感じて。何も出来ないならせめてもとそれをつつき返せば、後頭部に回る手の力が少しだけ強くなった気がした。

静雄の中で、響き続ける声がある。それはまるで、檻の中に閉じ込められて出られない内なる自分による、悲痛な叫びだった。堪えきれずにそれが、涙となって頬を伝い、そして


「――ご、め……ん。ごめん、ごめん、な…忘れちまっ、てて……臨也…」
「っ…ぅ、…バカ…っ…シズちゃんは、バカだよ本当に…」

声となって、溢れて。



――そうだ
俺と臨也は友達なんかじゃなかった。友達なんかじゃなくて、













20110521


訳解んないの書いてすみませんm(__)m離島の診療所の医者しずおに都会っ子高校生イザヤを絡ませるほんわかギャグの予定がとち狂ってこんなことに……orz

閲覧ありがとうございました(^O^)皆様の声が励みです!!


テルル



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