結構混んでるな、というのが最初の印象だった。 大晦日の今日、静雄は新年の初詣に向かうべく神社に来ていたのだが、既に周囲は参拝客でごった返しており、妙な威圧感を放っている。しかしこのような喧騒が割りと好きな静雄にとって、夜中にも関わらず多くの人が押し合い圧し合いしているこの空間は、少しだけ心地好くもあった―――のだが。 「……どうしよう、はぐれた」 彼が置かれた状況からすれば、何とも呑気な声色で。 人混みの中青年は一人、途方に暮れていた。 ・・・・・ 『そうだ、初詣に行こう!』 と、臨也が言い出したのがそもそもの始まりだった。新宿の臨也邸にて、のんびりゆっくり年を越す心持ちでいた静雄は些か驚き、そして初めはそれを拒否する。 『このくそ寒ぃ中出たくねーよ。一人で行ってこい。』 『ええーっ!!行こうよ!ね、ね?』 『五月蝿ぇ、行かねーもんは行かねー。』 『……じゃあ年明けと共にシズちゃんの"姫はじm――』 『殺すぞ』 『いだだだだっ!シズちゃん痛い痛い放して!腕!折れちゃう!!――……分かった、分かったけど初詣は行きたい。』 『……そこは譲らねぇのな』 はぁ、と溜め息を吐く。 臨也の部屋の中は充分に暖房が行き届いており、いつものバーテン服のベストを脱いでも支障の無いほどの暖かさだが、ガラス張りの外の景色は正に"冬"そのもので、雪らしき白い粒がふわふわと舞っているのが見えている。 寒いのが余り得意ではない静雄にとって、この寒い中外に出る行為は正に自殺行為に等しい――と言うのは、池袋で喧嘩人形と恐れられる人間とは思えない程に意外な感覚なのだが。 『シズちゃんは寒いの苦手だもんねぇ…』 『……』 揶揄するような口調に、少しだけむっとなる。だからどうした、と鋭い視線を向けると、予想外にも臨也は静かな微笑みを湛えていた。 『……何笑ってんだ気色悪い』 『ははっ、酷いなぁ』 すると、ソファの向かいに座っていた臨也が立ち上がって静雄の後ろに回った。追い掛けるように首を回そうとすると、背中に重みを感じ焦って顔を戻して俯く。 黒い七分袖からのぞく白い腕が、自分の首周りに絡み付いているのが見え、熱が顔に集まる。 『……お参りとか…そんなのはどうでも良いんだよ、俺はさ』 『いざ、や…』 耳元を、臨也の低く抑えた声が掠める。それに肩がびくりと震えた。 『ただシズちゃんと―――』 ・・・・・ 「っっ―――はぁ〜……」 色々と思い出して、静雄はそこで考えるのを止めた。まだ耳が熱いような気がして、手袋を嵌めた手でそっと耳を押さえる。 …結局こうして臨也の甘言にコロリとやられてしまい、初詣に来ることになったが、肝心のその臨也とはぐれてしまった。 私服のダウンのポケットに手を突っ込み、空を見上げる。 ――変に動かない方が良いだろう。きっと臨也の事だ。直ぐに見付けてくれる筈… と、そこまで考えた所でまた顔が熱くなる。 ――これじゃまるで俺があいつを信用してるみたいじゃねぇか。 普通は恋人に対してそのような疑問は湧かないのだろうが、静雄にとって臨也とは、そんなに甘い関係ではない(と、静雄は思っている)。よって、自分が相手の行動を待つという受け身の姿勢は、些か納得がいかなかった。 ――やっぱ、俺も捜してみるか…… そう決心し、参拝客の列を出来るだけ手加減して掻き分けようとした時だった。 ――ゴーーーン 「………あ」 除夜の鐘。 とうとう年が明ける――。 そう思ったとき、何としても早く臨也を見付けようとなり振り構わず人を掻き分けその黒い姿を捜す。 その間にも、人間の煩悩を落とす為の百八回の鐘が鳴り響く。 ――早く、見付けないと… 「―――シズちゃんっ」 ぎゅ、と袖を後ろから掴まれて我に返った。振り返ると、そこには真冬にも関わらずうっすらと額に汗を滲ませる黒装束の臨也の姿がそこにある。 一気に力が抜け、安堵の息を吐いた。 「………っっはぁ〜〜…」 「いやー、あッはは!面白そうな不良の喧嘩を見かけたからね、ちょっと見物に行ってた」 何を悪びれる調子もなく、笑いながらそう言い放つ臨也に対しめらりと殺意が沸いたが、げんこつで勘弁してやることにする。 ――コイツに至っては…存在自体が煩悩の塊だな… 等と心の中で呟き、我ながら的確だと頷いていると、いきなり手が温かいものに包まれる。 「……っ、なん」 「しっ」 かぁ、と朱が走るのもつかの間、臨也は人差し指を唇に当て、こちらに向かって片目を閉じてみせた。 静雄の左手の手袋が、するりと抜かれ、そっと、温かい手に指を絡ませながら握られる。 「シズちゃんて、青いマフラー似合うよね」 と、静雄が余りの衝撃に固まっているのを余所にそのまま普段通り話しかけてくる。 周りの人間に気付かれやしまいかとどぎまぎしながら、じりじりと本殿に近付いていく列を進んでいく。極度の緊張に、頭が可笑しくなりそうだった。 「……おいっ」 苦し紛れに呼び掛けるも、臨也はにっこりと笑みを返してくるだけだ。その微笑みで二重に頬を染める静雄は、舌を打って、腹いせに左手の力を込める。 すると、ギチ、と嫌な音がし、横で臨也が叫び声を堪えているように唇を噛み締めて、こちらを睨み上げた。 「……仕返しだ馬鹿野郎」 そう言って、ニヤリと笑うと、臨也が何故か可笑しそうにくつくつと笑う。 「…なんだよ」 その様子に焦れて脇腹を小突くと、予想以上にめり込んだのか臨也はよろめきながら、しかし一方で笑い声を絶やさない。 「おい、臨也」 「―っははは!シズちゃんさっきから顔真っ赤なんだもん」 「な、な…!」 かぁぁ、と更に顔が熱くなるのが解る。同時にそれが悔しくて堪らなかった。ごしごしと右腕で顔を擦り、臨也の角度から顔が見えないよう背ける。 そんな時だった。 「シズちゃんシズちゃん!俺たちの番だ!」 握られていた手が離され、僅かな熱を残したそれをぎゅっと握る。眼前には、大きな賽銭箱が佇んでおり、ややあってその中に適当な貨幣を投げ込む。 パンッ、と手を合わせ、横で臨也も手を合わせているのを感じつつ、心の中で願った。 ――願わくば また今年も二人で―― ………… ・・・・・ 「――…ふぁ……っんく」 階段を下りながら、欠伸が洩れた。それと伴うように、大きな伸びをする。 「――…人間て…伸びをするときに漏らす声がとてつもなくエロい気がするんだけど、気のせいかな?」 「…そりゃ手前の歪んだ感性が生み出したんだ、気のせいだろ」 またずれた事を言い始める思い人に、はいはいと慣れたようにいらへつつ、遠くの空を見渡した。 自分達の周りには、今から参拝に向かおうとする家族や、自分たちと同じように初詣を終えたカップルなどがまだまだ沢山階段を昇降している。 空は夜中にしてはやけに明るくて、もう夜明けが近いのかもな、などと妙な感慨に浸り、そしてふと疑問に思った事を口走った。 「―……お前…俺の何処がいいんだ?」 「――えっ?」 意外にも戸惑うような声音。それまで静雄の質問に対してこのような反応を返すことは無かった為、逆に静雄自身が驚いた。 「な、どうした…?」 歩みを止めた臨也を見上げると、先程の声がまるで嘘のように、彼は意地悪な笑みを浮かべている。 嫌な予感がして、静雄は身構えた。 ――こんな表情のときは、録でもない事をしでかすに決まってる。 「あー…やっぱ今のナ」 「勇気あるなぁシズちゃんは!新年早々こんなに人が居る場所で、そんな事を聞いてくるなんて!」 ――シ、と言いかけた静雄の声は、臨也の挑戦的な大きな声に阻まれた。慌てて階段を駆け上がりその口を塞ぐが、既に周りの何人かは異常な空気に気付きこっちの様子を伺っている。それにははは、と苦笑を返して、臨也を小脇に抱え足早に階段を下りた。 ――何であんな事訊いちまったんだ俺は!! 過去の自分を恨みながら、適当に人が少なくなった所で臨也を下ろす。 「――なにするの!」 「……悪い」 臨也の言い分も一理あるか、と原因を自分に認めて素直に謝る。しかし、臨也は思った程気にしていないらしく、逆に機嫌が良いようにも見えた。 殆ど人の通らない道を、二人で歩き始める。妙な沈黙がのし掛かり、静雄は気まずさに臨也と少しだけ距離を空けて歩いていた。 やがてそんな空気は、実に爽やかな声によって破られた。 「――好きだから」 「………は?」 いきなり口を開いた臨也は、訳の解らない事を呟いた。それを訝しげに見やると、臨也は進行方向を向いたまま、実に楽しそうに嬉しそうに言葉を紡いでいく。 「ほら、さっきの"俺の何処が好きなんだ"ーっていうシズちゃんの質問。それに対する俺の答えだよ。"好きだから"。」 「……な」 「好きだから、好き。残念ながらそこに理由なんて存在しないよ。」 平然と言い放つ、臨也。 一方で、静雄は真っ赤になりながら口を開く。 「……っそれは…、答えになってねぇだろ」 消え入りそうな声は冬の寒気に吸い込まれ、やがて顔を出し始めた日の光が二人が歩く道を照らしていく。 「ええ?なってない?」 「全然なってねぇよ」 「そうかなぁ?……じゃあ、シズちゃんは俺の何処が好きなの?」 「は、はぁ?」 「ねぇ答えてよ、俺に訊くだけ訊いといてそれはズルいよ」 「………………… す、き…だから…?」 「何で疑問系?しかもそれ答えになってないし」 「手前が言うか」 二人はお互いの温もりで寒さをそれ程感じることなく家路に着く。 きっと今年も――今までと変わらずにこの"日常"が続けばいいと、 そんな願いを抱きながら、静雄は握られた手をそっと、握り返した。 ―――― 「――ねぇ知ってるシズちゃん」 「あん?」 「神社って、お願い事したら駄目なんだよ」 「は?嘘だろ!?」 「ホントホント!ただ、"今年はこんな事がありました〜"って報告するだけなんだってさ」 「……なんだそりゃ、じゃあ行く意味ねえじゃねーか。」 「………」 「………っぁ」 「…………」 「…っ……何だよ」 「いやぁ〜、神様なんか信じてない俺にとっては、寧ろああいう所に人並みにお参りに行くと言うことは、ただシズちゃんと思い出を作りたい、ただそれだけの行為に過ぎないから。だから、俺たちの目的って今回それで果たせた訳だし、良しとしようよ。って思って☆」 「……何勝手な事言ってんだ」 「因みにシズちゃんは何お願いしたの?」 「………言わねぇ」 「あ、じゃあシズちゃんって、神様信じてるんだ!」 「…何か腹立つなその言い方。」 「で、で!何お願いしたの?」 「……取り敢えず、抜け」 I stand by you forever. 2011/01/01 あけましておめでとう!! 最後下ネタ投下してすみませんwこういうオチが好きな変態ですみませんすみまs(( あけましておめでとうございます。今年もテルルと「みぜらぶる」を宜しくお願い致しますm(__)m |