まっかなおはなの
トラカリさんは
いちゅもみんなの
わらいもの♪

「…サイケ、ちがうよ」
「えっ?なにが」
「"トラカリ"じゃないよ、『トナカイ』だよ」
「と、とら…?」
「ちがうよ、『な』だよ」
「とら、とーら……ちゅがるぅ…」

―――べったり。

二人の状態を指すのにこれ以上相応しい擬音は無いだろう、という程にサイケデリックと津軽は身を寄せ合い手を繋いで歩きながら、気ままな会話を楽しんでいた。
その後ろをついていくのは、二人の保護者でありアンドロイドの持ち主――折原臨也と平和島静雄の二人である。

一行は、先ほど着いたばかりのここ、大型のショッピングモールのおもちゃ売り場へ向かって歩いている途中だ。

「……それにしても、」

臨也が口を開く。

「ロボットなのにおもちゃが欲しいなんて欲求…いや、好奇心があるなんてねえ」

それはごく単純な疑問だったが、実は全くその通りであって、たかだかアンドロイドに感情などある筈がないのだ。しかし、そのようなものが、あの二人には確実に存在しているのである。それは、"適当に遊ぶ"等のようにプログラムされたものとは全く別のところで発生している行動だった。

――まるで本当の子供だと錯覚してしまうよ…

「まあ、それはそれでいいんじゃねーの。あいつら楽しそうだし」

……その"楽しそう"ってのがもう既におかしいんだけどね…。

内心そう呟きつつも、静雄のその柔和な物言いに臨也の表情も幾分と解れる。
物事を正面からすんなりと捉え、自分の思っている事を自然に声に乗せる静雄。単純と言えば単純だけれども、そこにいつも、彼の内包された優しさを感じる。――そして臨也は、静雄のそういう所が好きだった。

くす、と笑って、臨也は指を静雄のそれに絡ませる。

「……ああ、そうだね」
「…ッ、おい…ゆびっ…」
「指?なんのことかなぁ〜」
「とぼけんなッ…!」

あからさまに顔を赤くして、手を振りほどく静雄。それに臨也は唇を尖らせる。照れ隠しなのか、サイケと津軽へと足早に駆けていった背中を見詰めながら、ひとりごちた。

「……あいつらにだけは甘いんだから…シズちゃんは…」

それがどういう意味を持つのかを知らずに――彼も三人に遅れを取るまいと、クリスマス前の休日にごった返す人混みの中へ消えた。


  ・・・・・

.数ヶ月前

「えほんよんで」
「ママー!えっほっん!」
「………だから俺はママなんかじゃねぇって…」

ママ、と呼ばれた静雄は、いつまで経っても慣れないその不当な呼び名に無駄とは分かるが軽く突っ込んでから、サイケと津軽が突き出してきた絵本をため息混じりに受け取った。

表紙には、クリスマスツリーのようなものが描かれている。

……随分季節外れな本を引っ張り出して来たなぁ

サイケと津軽、そして臨也と自分が四人で寝る寝室には大きなベッドがどかりと置かれており、子供二人はその上を転がるようにしてはしゃぎ回っていた。それをいさめて布団の中に潜らせると、丁度二人に挟まれるようにして寝そべった静雄は、渡された絵本を開いた。
どうやらサンタクロースの話らしい。読み進めると、自分の子供時代を思い出して少し懐かしくなる。

「…まま、」
「ん、どうした津軽?」
「さんたさん、くる?」

期待に満ちた瞳で、津軽が斜め下からこちらを覗き込みながら訊いてきた。サイケはもう眠っているようだ。
答えあぐねていると、津軽がいきなり横から抱きついてくる。

「ぉお!?」
「つがる、いいこにする。はやくねてはやくおきて、サイケのこともっともっとだいじにする……だからサンタさん、つがるにも、サイケのとこにもきてくれるよね?」

段々と懇願するような口調になっていくそれに、静雄は笑って、津軽の自分と同じ金髪の頭を優しくくしゃ、と撫でた。

「…なーに言ってんだよ、来るに決まってるだろ?サイケも津軽も良い子なんだから」
「……つがるとサイケ、いいこ?」
「ああ」
「じゃ、あ…サンタしゃ……くるね……」

むにゃ、と静雄に抱き着いたまま眠ってしまった津軽。どうやら静雄の言葉に安心したようだった。
――やれやれ、寝たか…

「……ふぁ、」

そして、それにつられるようにして静雄も眠くなる。欠伸をしながら津軽を布団に入れ、うつ伏せの格好から仰向いた。
丁度その時、ドアが開いて奥から臨也が入ってきた。それに身を起こす。

「…お疲れ様、シズちゃん」
「おう。つか俺も相当眠ぃわ……」
「じゃあ、今日は……」
「………悪い」
「――またそうやって俺の問題は先伸ばしにするつもり?もう1ヶ月くらいそんな感じだよね?」
「……」

気まずさに目を逸らす。
臨也は、口調こそ平常のそれだが、表情が無く、目が据わっていた。

「…別に欲求不満とか言ってる訳じゃ無いけどさ、仮にも恋人同士としてそういうのを簡単にはぐらかすのはどうかと思うんだけど。」
「でも……子供がいるだろ」
「確かに子供が欲しくてその二人を作ったのは紛れもなくこの俺だよ?…だけど、こいつらは只のアンドロイドだ。本当に俺たちの子供って訳じゃないし、ましてや人間ですら」
「黙れ」

初めは自分に非があると臨也の話をこんこんと聞いていたが、その言葉の羅列に流石に我慢の糸が切れかけた静雄は、一瞬で臨也の目の前に立ち、その胸ぐらを掴み上げた。

「俺は只事実を述べただけなんだけど?」
「…五月蝿え、言って良いことと悪いことがあんだろーがよ…」

腹の底から沸々と沸き起こる怒りを潜ませた静雄の口調に、臨也は苦笑してその腕から逃れる。

「っは……ほんっと、シズちゃんはつくづくこいつらには、優しいよね…」
「あぁ?」

何処か棘を含ませた物言いに、静雄は首を傾げる。さっきから妙につっかかるなと目の前の男を見ると、先程の無表情が微妙に変わり、自嘲気味に口角を上げて目を伏せていた。

……まるで、何かを我慢しているような。

「……」

ドアを後ろ手に閉めて、臨也と二人、廊下に出る。電気はついておらず、暗闇に慣れない目はお互いの輪郭を捉えるのでやっとだ。
気まずさに俯いていた静雄は、意を決して自ら臨也の唇に自分のそれを重ね合わせた。

「っ!」

驚いたのか、びしりと身体を硬直させた臨也。しかしキスが長くなっていくと、次第に臨也がリードし始める。

「…っは……ん…」
「っ……積極的だ、ね…」

いつの間にか廊下に押し倒されていた。汗で服がはりつく夏の夜には、硬いフローリングの床が冷たくてどこか心地いい。
一方で、周囲の空気は二人の熱でどんどんと温かくこもっていく。

「ぁ…つっ」
「っはぁ、いいんじゃない?暑さで頭がヤられてるから、こんなとこであんなことしちゃいました、って言い訳出来る」
「誰に。あー…やっぱすんのか?」
「当然」
「……ここ腰にキそう」

その言葉に軽く吹き出した臨也は、笑いながら首筋に顔を埋めた。

少しだけ泣きそうな声で

ありがとう

と呟きながら。


――翌朝、静雄が目を覚ますと、ベッドには自分一人しかいない事に気づいて飛び起きた。

「っい、今何時だ!?」
「午前8時丁度をお知らせします」
「うわっ、………なんだ、津軽か…おはよう」

機械的な声にベッドの下を覗くと、何故か床に仰向けに転がった着物姿の津軽がふわりと笑っていた。自分の顔とは言え、それが可愛らしい。
「おいで」と手を伸ばすと、それに掴まって、立ち上がる津軽。すると、いきなり飛び上がってお腹に抱き着いてきた。

「…まま、サンタさん来なかった」

……ん?
泣きそうな弱々しい声に、静雄は笑っていた。外からは蝉の喧騒が聞こえている。

「津軽…昨日絵本で読んだろ?サンタさんはな、クリスマス……12月24日の夜にプレゼントを配るんだ。だから、その次の日の朝にあるもんなんだぞ?」
「そうなの?」

ほっとした表情の津軽。
傍から見ると何の表情の変化も無いように見えるが、弟の無表情から感情の起伏を読み取る能力を培っている静雄には、それは容易い。

津軽の頭を撫でながら脇に手を差し込み、膝の上に持ち上げて、後ろから抱き締める。津軽はゆらゆらと身体を揺らしながら、愉しそうに言葉を紡いだ。

「じゃあ、あとでサイケにもいわなきゃ。あと、ぱぱにもいわなきゃ。」
「?いざ…パパにも言うのか?」
「うん。ぱぱにはね、ままがふだんぱぱにいえないことをつがるがいってあげるんだ」
「――え」

何を言ったのか一瞬解らずに津軽の頭を見下ろすと、「たとえばね」という言葉を合図に津軽が恥ずかしい事をつらつらと声に出し始めた。
…まるで静雄の心を見透かしているような、そして本人ですら自覚していない深い深い臨也への想いを。

「――――、―――。―――、――――!」
「わあああああっ!つつ、津軽っ!!」

羞恥に爆発しそうになり、慌てて津軽の口を押さえたものの時已に遅し。恐らく静雄を起こしに来たのであろう臨也とサイケが、ドアを半分開いた状態でびしりと固まっていた。

口をぱくぱくさせながら、何か言い訳をしようと視線を泳がせる静雄だったが、臨也もサイケもニヤニヤと同じ笑みを浮かべてこちらに近付いてくる。

「…パパもなかなか凄い事を思ってるんでちゅね〜♪」
「でちゅねーっ!」
「あ、因みにシズちゃん。サイケも津軽もね、お互いのモデルになった人間の心が読めるみたいだよ?表情とか日常の所作でさぁ」
「サイケとちゅがる、すごいでしょ!!」

えっへん、と胸をそる二人。
サイケに関しては許せるが、臨也に至っては胸をそるというよりも、人を見下したようなあからさまなどや顔で、とてつもなく腹立たしかった。




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