ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る♪ 「……その不愉快な鼻唄を止めろ、腹立つ」 「ええ?世間は今やクリスマスムードなんだよ?別にいいじゃない」 今日は待ちに待ったクリスマス。イブの昨日から静雄を家に泊めて迎えた今日という日。 久しぶりの会瀬に昨日はついつい加減が出来なかったので、シズちゃんは今日だるそうだ。機嫌も良くはない。……まあ、その辺は夜の事情だから察してほしい。 因みに今俺たちは、ぶらぶらと街をあてもなく歩いている。日はもうすっかり落ちていて、辺りにはイルミネーションの施された街路樹が、クリスマス当日を鮮やかに彩っていた。 周囲には男女のカップルが多い。まあ、それが普通で。対してなかなか人前で手を繋いだり出来ないこちら側としては非常に羨ましい限りだ。 ふと隣を歩くシズちゃんを見上げると、どうした?とこちらに顔を向けてくる。「別に?」と、俺。 ……本当は、なりふり構わずここで手を繋いだり、抱き着いたり、キスしたり、そのくらい全然してやったって良いと思ってる。でも、シズちゃんはそれを嫌がるから、俺も渋々我慢している。 端から見ても、シズちゃんは本当に綺麗で整った顔をしている。俺も美形だけれど、シズちゃんは美青年っていうより、二枚目、イケメンって感じだ。我が恋人ながら、惚れ惚れするくらいに。 背も高いし、馬鹿力の割にというか、一般的な成人男性としてカウントしても細身の部類に入るし、スタイルは抜群だ。俺もスタイルは良い筈なんだけど、隣にシズちゃんだと平均並みの俺の身長がかなり低く感じられるから何か悔しい。 平和島静雄を知らずにすれ違う女性たちは、シズちゃんが来ているバーテン服が珍しくもあるのだろうけど、大抵はその顔やスタイルに反応して振り返ってくる。 俺はそれに鼻が高い一方で、少し苛々する。俺のシズちゃんなのに……。 でも、俺だけが知ってるシズちゃんもある。 最高に可愛くて、格好良い。 俺だけの。 そんなシズちゃんに、今日はクリスマスプレゼントになって貰おうか。 サンタクロースに幸せを。 シズちゃんには勿論内緒で、俺はあるものを用意していた。クリスマスという本日今日この日の為に。 世間では、可愛い彼女がサプライズでサンタ服を着て登場だとか、ベタな展開だけれど人気のシチュエーションとして不動の地位を誇っているものが数多ある。俺も、正直言って、彼女がサプライズでサンタのコスプレで登場とかいうものは、もう時代遅れのおとぎ話だと思っていた が、しかし、だ。 ――ちょっと待てよ… もしそれがシズちゃんだとしたらどうだろう……? そう考えたのはつい三日前。 たまたまつけたテレビ番組で、どこかのグラビアアイドルが色々とギリギリなサンタ服を着て出ているのを観たのが発端だ。 その瞬間、俺は即座にそのグラドルをシズちゃんに脳内変換する。 ――黒ニーハイにギリギリミニスカしかもフード付きの赤いサンタ服……だと!?(注:シズちゃんで) ……きっとあんなの着たら、シズちゃん、必死にスカートの端掴んで中が見えないように頑張るんだろうなぁ……その前に恥ずかしくて真っ赤か…いや、その前に殺され―― ぶんぶん、とかぶりを振る。 いや、ミニスカサンタは男の夢と希望が詰まってるんだ! 『…恥ずかしいから早く脱がせろよ……いざや…っ』 そんな恥辱にまみれたいつになく気弱でエロティックなシズちゃんを見たい―――!! 「……よし」 回想終了。 俺は早速行動に移すべく、風呂場へと向かった。 ・・・・・ シャワーを浴びながら、静雄は気を張り巡らせていた。何故なら、臨也の家に泊まる日は必ずと言っていい程、彼が風呂に乱入してくるからである。 するすると肌に液体ソープを滑らせていると、コンコン、と浴室のドアがノックされる。 嫌な予感しかしない。 今日に限って正攻法ときた……。 曇りガラスの向こう側の人影が再びノックする。 「……はいはい!」 苛立ち混じりにシャワーで身体の泡を急いで洗い流して返事をすると、見計らったようにドアが開いて臨也が顔をひょっこりと覗かせた。 「相変わらずいい身体だねぇシズちゃん」 「んな事言うためにいちいちノックしたのか、用件だけ話せ」 「……やれやれ、鋭いのも相変わらずだなあ…」 「つーか寒い。もう出るから後にしろよ。早く扉閉めろ」 「分かったよ、じゃ」 案外あっさりと扉は閉められ、曇りガラスの向こう側の影も薄くなっていく。 ……嫌な予感しかしねぇ…。 「…一体何だってんだ?」 湯船で身体を温めるのもそこそこに風呂を上がり、脱衣所に出たときだった。 洗濯機の上にぞんざいに置いていた筈の着替えの服が、下着もろとも無くなっていたのだ。 「ッあいつ!!」 タオルを腰に巻き、走ってリビングへ向かう。 「臨也!手前俺の服何処へやった!!」 「おやおや、なんの事?…っていうかその格好、もしかして誘ってるのかなあ?」 ソファで悠々と寛いでいた彼が肩を竦めて惚け、余計な軽口を叩きながら振り返った。血管が切れそうになり、後ろから服を掴んで臨也を持ち上げる。 「ぐあ!!ちょ……くひ…しまって!シシシズちゃっ!!」 「いーざーやーくーん…」 背中から掴む腕を叩きながら、服によって首が絞られ苦しみ喘ぐ臨也に、ドスの効いた声で顔を近付ける。 すると観念したのか 「わかっだ、ぁう!ッか!わあっだがら!」 と必死に弁明してきたので、手を離してやった。涙目でゼイゼイと首もとをさすりながらソファの端に掴まるその姿を見て、少しやり過ぎたかと顔をしかめる。 「……大丈夫か…」 「げほっ…ああ、まぁね…」 原因は相手にあるにも関わらずこちらが謝っているという矛盾には気付かずに、静雄は本題に移すべく口を開いた。 「で、服は?」 「ああ、服ね、ハイハイ……」 そう言ってソファの、こちらからは死角になっていた場所から『何か』を取り出した。 ……。 いや、……え? 一瞬視覚を疑う。 ごしごしと目を擦るが、逆に視界がかすれた気がする。 いや、つか………え? 「サンタ?」 「そう、サンタ。因みにミニスカサンタ。」 誇らしげにそれを持ち上げる臨也。それから―― 一秒、 二秒、 三びょ 「―――はぁああああッ?!おま…俺の服は!!下着は!?」 「燃やした」 「も、もやっ!?」 「代わりにこれ着ればいいじゃない、つーか、着ろ。命令。それ以外のこの家に存在する服という服は全部俺サイズだし、シズちゃんには合わないからね。」 「い・ざ・や、てんめ…っくしゅッ!」 「っはは!ホラホラ〜早く着ないと風邪引ーいちゃーうぞ☆」 安心してよ、ちゃんと下着も用意してるからさぁ、と言いながら臨也が取り出したのは、どう見ても女物の白いショーツだった。 絶句。 静雄は今まで生きてきた中で一番のショックを受ける。何処までも愉快そうにサンタ服やパンツを掲げる臨也に、怒りを通り越して恐怖を覚えた。 「や…めろッ!!まさかそれを穿かせる気か!?」 「あったり前じゃない!」 「嫌だ!!絶ッ対ぇ嫌だ!!」 しかし、そんな中でも身体はどんどんと冷えていく。直ぐに取り返せると思って出てきた腰タオル一枚という出で立ちのままであることにそろそろ限界が近付いていた。湯冷めなどという段階はとっくに越している。 「……シズちゃん」 「…っ!」 急に相手の口調が、やけに扇情的になった。ソファの背に腕を置き、その間に頭を乗せ上目遣いでこちらを見上げている。 不意打ちのそれに心臓が撥ね、恨めしげに睨み付ける。 「……お願いだよ…一生のお願い。俺さ、ずっと楽しみにしてたんだ……」 きゅ、と臨也がサンタ服を握り締めた。弱々しい口調で、それでも何処か確実な悪意を感じる。なのに ………どうしよう それは静雄にとって効果的な光景だった。普段は自分が言いくるめられ弄ばれているが、クリスマスの今日この日、やっと目の前の男より優位に立てた、という優越感があったからだ。 そこで初めて静雄の中に「着る」という選択肢が加えられ、そして「着る」か「着ない」のかという二者択一の問題となる。 「シズちゃん……お願い…」 ……… ムカつくくらい コイツ必死だ …ムカつくくらい やがて観念したように盛大なため息を一つ。 「――ッはぁー…、わかった…着るから。それ、寄越せ」 「え!?マジで!?」 「…嘘にしたくなかったら早く寄越せよ。それから、直ぐに着替えも出せ。どうせ燃やしたとか嘘なんだろ」 「……全部分かって合わせてた訳?俺が観念するまでそうするつもりだったの?…やられたよ……はい」 差し出された下着と赤い服を受け取る。 「……後でぶち殺す」 「あれ?勝ったはずなのに物凄い敗北感」 ――数分後 「シズちゃーん、まだー?」 そわそわ。 そわそわそわそわ。 ああ、待ちきれないよ! 楽しみだなんてもんじゃないよこれは! 脱衣所にシズちゃんがこもってから、何分か経つ。俺はリビングをうろうろと歩き回り、その姿を待っているのだが、一向に現れない。そのうち、余りにも着替えに時間がかかりすぎている様な気がして、もしかしたら着方が分からないのかも?という都合の良い考えに行き当たって、そろりと現場を覗く。 すると、 脱衣所に …サンタクロースが立っていた。 「ぇ……おい、まだ来んなって!」 紛れもない。 ――ミニスカートのサンタ服を身に纏った静雄の姿が、そこにはあった。 普段は日を浴びることの無い白い太ももが惜し気もなく曝され、更にそれ以外を覆う黒のニーハイソックスとのコントラストが、言い様の無い色気を醸し出している。かなり大きめに作らせた特注品だから、袖が余って手が半分隠れている。それと反比例するように短いスカートは、やはり臨也の思った通り左手で押さえられている。 ………やっばい これ想像以上に…… 「………かわいー…」 「…うっ、せぇ!っていうか、ちょっとまだこっち来んなよ手前…」 左手でぐい、とスカートの裾を頑張って伸ばすようにして押さえつけ、頬を赤らめながら言葉で牽制する静雄。 しかし、――もう遅かった。 そして、臨也は気付かなかった。静雄の右手に掴まれているものに―― ドタッ 「――ぅわッ!?い、臨也!ゃめ…っ」 「……シズちゃん、エロすぎ。つーかもう色々と限界なんで、その…いただきまー……… ……あれ?」 勢い任せに無駄に広い脱衣所の床へ押し倒し、外もも伝いに指をスカートの中に忍ばせたときだった。 ……パンツ パンツの感触がない…… そこでやっと気が付いたのだ。 静雄の床についた右手には、先刻からずっと"女物の白いパンツ"が握られていたと言うことに。 「………ッ…こ、んの…っ」 「え!……ぇえ?!ちょっと待ってじゃあこれ今何も履いてn――」 「ッ死ねぇぇぇえええぇええ――ッッ!!!!」 ・・・・・ ああもう、可愛い。 何が可愛いかって? …直ぐに照れちゃう所とか、拗ねちゃった顔とか、ええと、たまにしか見ないけど、笑った顔も。 ………ん? ああ、勿論昨日の彼も可愛かったよ。しかもさあ、あの時なんでパンツ穿いて無かったのってさっき聞いたら、『恥ずかしくてなかなか決心がつかなかったんだ』って…!堪らないよ!! 残念ながら、俺はあの後気絶して気付いたら朝…。折角のクリスマスだったのにちょっと悲しかったな。 でも、何だかんだで機嫌も直ってたし、一緒に寝てくれてたし、案外寂しかったのはあっちの方かもね。 ……あ、内緒ね? で、今俺たちが何を始めようとしているのかも、諸事情につき割愛させて貰うよ。 ま、何だかんだ言って結局幸せってことかなぁ………って、どうしたのこの子、さっきから必死すぎて涙出てるんだけど。 「っふ…ん…ッ、は…」 ……くぅ… やばいなー堪らない。 はい。 そんなこんなで実に素敵なクリスマスプレゼントを頂きました。 早くこっちにも集中しなくちゃね……っと。 「ふふ…かーわい」 「…ぃざや…っ…ぁ」 2010/12/25 戻る |