俺、何かまずい事でも言ったか?……いや、普通に殺すとか死ねとか言ってる時点で愚問だよなと項垂れて、静雄はベッドの上に背中から倒れ込んだ。

「―……臨也…」

先程から静雄の頭を離れないのは、臨也の事に他ならない。以前は癪に障っていたけれど、今となってはそんなくだらないプライドより、臨也が自分を避けているという事実に対する寂しさの方が遥かに勝っていた。
ベッドサイドの電気を消し、布団を大きく被って目をぎゅっと瞑る。

……きっとそうすれば、目が覚めた時には臨也が隣で寝ていて、温もりを感じられるだろうから。

「……っ…」

身体が震える。
考えないようにしていたある可能性がふと沸き起こり、それが怖くてならなかった。

「―…俺…嫌われた、の、か…?」

そんなの
 有り得ない
けれど、


びり、と握り締めたシーツが破れた。




  ・・・・・

「――……よぅ」
「やあデリ………ん?静雄くんじゃないか。一体どうした?」

デリックに呼ばれたと思い振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。日々也の王冠がきらりと光る。

日々也の愛すべきパートナーのデリック…ではなく、デリックのオリジナルである静雄がそこにいた。愛するデリックと同じ声、容姿をした静雄の事も、デリックには及ばないが日々也は愛している。

「……ひ、びや…」

するといきなり、静雄の肩が震え出した。ぎょっとして、日々也は思わずその両肩を掴み、その顔を覗き込んだ。

「一体どうし――」
「……っふ、…っ」

王冠に、水滴がぱたぱたと落ちる。静雄は――泣いていた。
そして日々也は、気付けばその身体を抱き締めていた。

「……静雄君…何があったのか図りかねるが、只ならぬ事態と受け取って間違い無さそうだな」

日々也は、取り敢えず静雄を落ち着けるためにその背中を擦ってやる。

――暫くそうやっているうちに、静雄の方から身を離してきた。

「―…悪いな、日々也…」
「いや、良いんだ。静雄君が笑顔で居てくれないと、俺のデリックも悲しむからね。」
「…っは、結局そこかよ」

肩を竦めながら静雄が笑った。日々也はそれに優しく微笑む。

「……日々也に…相談したい事が、あるんだ。」
「おや、何かな?」

躊躇うように視線を泳がせる静雄が少し微笑ましい。日々也はじっとそれを見詰める。「……あのさ、どうやったら臨也に…す、好きに、なっ…」

途中で恥ずかしくなったのか、真っ赤になって顔を伏せる静雄。

「…好きになって貰える…かな…?」

日々也は驚いた。

「何故――何故そんな事を聞くんだ?臨也はもう充分君を」
「俺、嫌われた…かも、知れない……から…っ」

少なくとも日々也の目から見て、静雄は、これ以上無いくらいに臨也から愛されていた筈だった。それはもうどろどろに甘やかされていたではないか…?
そこまで溺愛していたと言うのに、今更嫌いになったりするだろうか?…否。

そこで、日々也は一つの可能性に行き当たった。


――もしや静雄君は……
―――奇跡的な鈍感……?



「…日々也?」

キョトン、と首を傾げる目の前の静雄に一瞬胸のときめきを感じた自分を、ぶんぶんと頭を振って追いやった。

必死に頭の中でデリックを思い浮かべる。

――ダメだダメだ…!
俺にはデリックがいるだろう!

一方で、更に「こんな子を臨也が手放す筈がない」と言う自信を固くした日々也は、静雄の肩をがしりと掴んだ。

「静雄君!俺に考えがある!!」
「な、なん…っ」

しかし、デリックと見た目が全く同じ静雄に対して、少しも如何わしい気持ちが働かなかったかと言えば、そうでもなかったのだ。



  ・・・・・


「……………あのー、シズ、ちゃん?」
「……何だ」
「あ、いや、その……」

臨也は、気まずそうに目をきょろきょろと泳がせて挙動不審気味だ。目のやり場に困る、と言った風に。やがて、意を決したように臨也が重い口を開いた。

「…――何でメイド服?」

くいくい、と、臨也がスカートのフリルを引っ張った。その度に、白い肌が臨也の視線に晒される。静雄は、かぁぁと頬を染めながら臨也を蹴飛ばした。

「ぐっ…み、見えた…!」
「っ、るせぇしね変態ッ!」
「いや、どっちかって言うと朝からメイド服来てるシズちゃんのが変態だとおももももすみません…」

――日々也に言われて着てみたメイド服。本当は嫌だった。はっきり言って嫌だった。今だってそうだ。でも、日々也が「臨也なら絶対喜ぶ!」なんて言うから……我慢して着たんだ。
でも

「……やっぱり、気持ち悪いか?」

――自分は何を期待してたんだろう

臨也の反応に何処か落胆していることに気が付いた静雄は、複雑な気持ちになって、堪らず臨也にそう訊ねた。
すると、臨也の後ろからひょっこりと、意外な人物が姿を現した。

「あれ、静雄?」
「っ、デリック…!?」

そのピンク色の瞳が、静雄をストレートに捉えている。


「お前何だ…その格好?」


「…っ」

何故か、デリックのなに気ないその言葉が胸に突き刺さって、静雄は後退る。馬鹿にしている様な口調ではない。ただ、純粋な疑問としての言葉だろう。なのに、それは今微妙な心境に立たされている静雄にとって、まるで臨也に構われていない自分を馬鹿にしているような台詞として聞こえたのだ。

そんな中、デリックが臨也の服の裾を掴んでいるのが視界の隅に入り――静雄は思わず頭に血が昇った。


「――臨也から離れろ!!」

バシ、とデリックの手を叩き落とした。それに目を丸くする臨也とデリックをそっちのけにして、静雄は勢いのまま臨也を担ぎ上げてその場から離脱した。

――乱暴に寝室のドアを開けて、ベッドに臨也を放り投げる。

「い、ったぁ!…急にどうしたの?」
「……どうした…だと…?」

ピクピク、と指が動いた。

「どうしたもこうしたも――手前が不安にさせるからだろうがっ!!」

静雄の勢いに気圧されたのか、臨也は苦笑気味にこちらを見上げている。けれど、それがまるで今までとは違う冷徹な表情に見えて。そう考えると――静雄の中で膨らんでいた怒りが一気に収縮していった。

そして代わりに、目頭が熱くなってきた。

「……シズちゃん…あのね、」
「――みす…てんな、よ…っ」
「ぇ…っ」

――ああ、何を言っているんだろう自分は。

スカートがぐしゃぐしゃになりながら床にぺたんと座り、静雄は、ベッドに腰掛ける臨也の膝に掴まった。

「…俺、が…何か悪いとこ…あったらっ、直、すから…っ」

だからお願い
捨てないで


前みたいに触れてほしい
抱き締めてほしい
自分とだけ一緒にいてほしい

―――


気付けば、塩辛い水が自分の頬を伝っていた。暫く沈黙が落ちる。

「………シズちゃんさぁ、勘違いしてない?」
「――…え?」

勘違い?
咄嗟に顔を上げた。
すると、頭を両手に挟まれて、額に口付けられる。

「っ…!」

かぁ、と耳が熱くなり、目をぎゅっと瞑った。

「……俺もさ、不安になってたんだよ。シズちゃんが本当に俺をウザがってるんじゃないか、このままじゃ嫌われちゃうんじゃないのか、ってね。」
「……あ?」

それは今までの臨也とは到底結びつかない言葉だった。それに、それではまるで――自分と同じではないか?

「…だからさ、止めてみたんだ。シズちゃんに必要以上に触るのを。」

さら、と耳に金髪を掛けられ、またもや耳に熱が集まる。それに臨也がくすりと笑った。

「――俺は相も変わらずシズちゃんが大好きだよ?…だからこそ、大切にしたかったんだ。」

顎に手を添えられて、静雄は微笑みながら目を瞑った。

「――……うん。」

触れ合った唇は、何だかいつもより柔らかくて、温かくて、心地よかった。



  ・・・・・

「…おや?」

んー、と、遠くを見るようなオーバーな仕草をしながら、日々也はリビングの様子を観察していた。昨日、静雄に相談を受け、自分が見たいが為にメイド服を着ろなどと投げ槍な作戦を提示してみたところ、意外や意外。効果はあったらしい。

――今、臨也と静雄はリビングのソファに並んで座って、仲睦まじく談笑していた。

そして、日々也の目は、ある異常も捉える。

――あれは……鍋?

そう。
日々也が視線を注ぐ先には、野菜や肉などの具がたっぷりと入った鍋が、ぐつぐつと煮えていたのだ。

――おいしそうだな

指をくわえてドアの隙間から覗いていると。

「あれ、日々也」
「―…っっ?!…ああ、デリ雄…驚かさないでくれたまえよ」
ある意味ドキドキする相手が、肩をいきなりポン、と叩いてきたのだ。日々也は、僅かに頬を染めながらデリックに向き直りこう言った。

「鍋…食べに行かないか?」




―――
それから、賑やかな鍋パーティーが幕を開いたのだった。


「――デリ雄。俺にそのネギを可愛く食べさせてくれないか?つまり、『はいあーん』だ。あー…」
「え…あ、うちょ…っ!それは…」
「ん?何だ出来ないと言うのか?俺はデリ雄になら何だってやって見せることが出来ると言うのに!」
「騒々しいなぁ日々也…もう少し落ち着けってぇ…あーん…」
「…現在進行形で静雄君から施しを受けているお前には言われたくないな、臨也。」
「…う、まい、か……?」
「うん、美味しい。ほら、シズちゃんも…」
「っ!?俺はいい!!」
「俺がしたいんだから素直に従いなよー、ね?ちゅーされたいの?ん?」
「………聞いてるのか臨也。おい。」
「日々也、あいつはほっとけよ。ああいう奴なんだから。」

先程から野菜ばかりを頬張るデリックがそう日々也を諫めた。日々也はそこではた、と何かを思い出し、そしてそれを口にする。

「……そう言えばデリ雄。君は最近臨也と良く一緒に居たね。」
「…ああ」

ぱくぱくと、デリックは食べ続ける。それを日々也がじっと見詰めていると、デリックが口に運んでいた箸を止めて、そのまま日々也の目の前に突き出した。

「……嫉妬、してた?」
「っ…」

ピンクの瞳が、不思議な魔力を持ってこちらを射抜く。それが妙に扇情的で、不覚にも日々也は顔に熱が集まってしまう。デリックはニカリと笑って、再び鍋に箸をつけ始めた。

「……今夜は俺が食べられそうだな…」

日々也はため息を吐いた。










20110310



5000HIT企画、屍蝶様からのリクエスト「臨静&日々夢で、超乙女思考な静雄と夢雄→ラブラブ」でした!!
お待たせして申し訳ありませんでした…

日々也のキャラが掴めなくてですね…すみませんなんか…日々也…ビジュアル的に大好きなんですが

慇懃無礼な日々也でも良かったかな?と今は思ってます

静乙女炸裂で、美味しかったです。屍蝶さま、素敵なリクエストをありがとうございました

テルル


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -