囮捜査はほどほどに 新米刑事の受難 [3/4] ――それから数分後。 車の中で遠藤を奪うことに成功した進藤も、自分の膝の上で静かに眠る遠藤にホッとした。思ったより酷い怪我を負っていることから病院に向かうことになったが、この様子だと数日で仕事に復帰出来るだろう。 進藤貴弘(しんどうたかひろ)、26歳。 進藤は特殊能力捜査班のムードメーカーで、新人の遠藤の教育係を任されている。遠藤が入って来るまでは一番下っ端で、それこそ、お茶汲みから雑用までなんでも一人で熟していた。 進藤の持つ能力は特殊能力捜査班の中でもある意味、特異なもので、所謂、霊能力もどきの能力を持っている。能力と言うにはまだ少し心許ないが、進藤の実家は由緒正しい神社で、進藤は子供の頃から霊感があり、人(ひと)ではない何かを見たり感じたりすることが出来た。 どんなに科学が発達して、どんなに技術が向上しても、科学では証明出来ないことがある。霊や妖怪、その他の摩訶不思議な超常現象がそれで、進藤は幽霊や動物霊の類を見ることが出来た。実の姉であり上司のあさ美は鬼や妖怪まで見ることが出来て退治も出来るが、それは後ほど触れるとして、進藤にはまだ、そこまでの能力はない。 それでも、進藤はその人懐こく誰とでも仲良くなれる性格を活かして、様々なエリアに知人がいた。高校時代は俗に言うチャラ男で不良少年だった進藤は、藤堂が立ち上げた黒彗と敵対する不良グループに所属していた。 藤堂と同じく今も当時の仲間と繋がりがあり、現役メンバーから情報提供を受けることも多い。その他にも近所のおばちゃんから掛かり付けの病院、行きつけの美容院、行きつけのバー、それこそ様々な所から情報を得ることが出来る。 言ってみればありとあらゆる所に情報屋と言えるような仲間がいて、この情報量の多さは進藤の持ち味だと言える。 肝心の特殊能力のほうは幽霊が見えたり、目には見えない存在を関知出来たりする程度で、今のところは所謂、悪霊を退治することが出来る能力はない。今はまだ誰かに取り憑いた霊と対話することで、解決の糸口を見付けることが出来る程度だ。 実は、迷宮入りしている事件の半数近くは霊や超常現象によるもので、進藤は姉や神主である父の力を借りつつ、迷宮入りした事件の解決にあたっていた。特殊能力捜査班には姉の他にも霊媒師のまね事が出来る刑事もいるが、まあ、こちらも別の機会に。 進藤は膝の上で静かに眠る遠藤の前髪をそっと掻き上げた。汗で張り付く束をそっと避(よ)け、目の前に現れた額に自分の額を寄せる。 「もう駄目かと思った……」 実は、遠藤の特殊能力は憑かれ体質だと言うことで、遠藤自身には全く霊感はなかったが、遠藤は霊に取り憑かれやすい体質をしていた。変装技術とともに見込まれたのがこの体質で、霊に取り憑かれた遠藤を介して霊能力のあるものが捜査にあたる。 中には志し半ばにして亡くなった凶悪犯の霊もいて、実はこの捜査はある意味、命懸けのものだった。遠藤が捜査一課の特殊能力捜査班に配属されて数週間、刑事の最初の三年はお茶汲みだと言われていたのに、遠藤はいつの間にか最前線で仕事をしていたのだ。 『なんかここ、気味が悪いですね……』 遠藤自身には全く霊感はないが、感が鋭く、特に俗に言う第六感と言われるものが優れていた。周りの空気を一瞬でキャッチする能力等にも長けているが、生憎、遠藤にはその正体を知る能力も解決する能力もない。 『――――っっ』 しかも取り憑かれたら最後、取り憑かれている間の記憶は遠藤にはない。遠藤にすれば気味の悪い場所に連れて行かれたと思ったら、気付いた時には怪我を負っているのだから堪ったもんじゃない。 『三田村か……?』 『……誰だ、おまえ。気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえ』 普段は敬語しか使わない遠藤の口調が明らかに変わる。その声自体も既に遠藤のものですらなくて、事件の犯人であると予想される霊が遠藤に憑依したのを目の当たりにして、進藤は思わず息を飲んだ。 |