さよならをもう一度
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 鞄に荷物を詰め終えてから、俺はゆっくりと部屋を見回した。
 もともと佐川の部屋だったこの部屋の家具は全て佐川のもので、俺の荷物は少し大きめのスポーツバッグ一つに綺麗に収まった。
 いらないものは全てこの一週間でゴミに出して処分してあるし、俺がここから出て行けば全てが元通りに、俺がいなかった時の状態に戻るはずだ。
「案外、呆気なかったなあ……」
 そう言えば十年前もそうだった。あの時も拍子抜けするぐらい呆気なかった。二度あることは三度あると言うが、なんとなく三度目はもうないような気がしている。
「俺の物はもうないよな……」
 自室を出て、リビングやら洗面所、風呂場等、佐川と共同で使っていた場所を最後に見て回る。
 立つ鳥跡を濁さず。
 どうせなら俺の痕跡は綺麗さっぱり、何一つ残さないで出て行きたい。一度目は高校を卒業するだけでよかったけど、今回は今まで一緒に暮らしていたし、おまけにこれからも一緒に働くしで前回のように簡単にはいかない。
『お見合い、ですか?』
『うん。そう。君もどうかな』
『僕も?』
 一週間前のあの出来事が頭から離れない。願わくば、何かの間違いならよかったのに。
『まだ独身なのは佐川先生と木塚先生だけでしょう。佐川先生には先週、私の娘との縁談を持ち掛けたんだけど……』
 一週間前、俺の同僚であり恋人でもある佐川に縁談話が持ち上がった。いや、正式に持ち上がったのは二週間前か。俺がそれを知ったのが一週間前のことで、しかもそれは佐川の口からじゃなく校長先生から知らされたのだ。
 部屋中、隅から隅までチェックして、忘れ物はないことを確認した。二本並んだ歯ブラシは一本になり、なんだか少し淋しそうだ。
「こんなもんかな」
 二個並んだマグカップも一個になり、靴箱も俺の分のスペースが空いた。それらの空いたスペースを佐川の私物で埋め、元通りに戻していく。
 最初から俺はいなかったかのように、俺がいた痕跡は完全に消えた。淋しく思わなくもないが、こうなってしまってはもうどうしようもない。
「……バイバイ」
 こっそりさよならを言うのも二回目だ。気持ち的には『バイバイ』と言うより『あばよ』って感じ。その一言を声にして初めて、ここを出て行くんだって実感が沸く。
 玄関を出てドアを閉めた。新聞受けの隙間から合い鍵を部屋の中に落として、振り向かずにその場を後にする。
 引かれまくりの後ろ髪をなんとか振り払い、俺は重い足取りで階段を下りた。

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