綱骸





















久しぶりに訪れた日本、並盛町。骸は昔隣町に暮らしていた。なんだかんだでよく通った道と見慣れた景色。住宅街の風景は基本的に何も変わっていなかった。
ここへ来る途中に見た商店街は随分と変わっていたな、とふと思う。

そうして慣れた道を歩けば辿り着く彼の家の沢田と書かれた表札は埃を被ってうっすらと白くなっている。
骸はポケットから合い鍵を取り出し鍵穴に差し込む。はらり、と同じポケットから落ちた紙を拾い上げて少しだけ顔を歪めた。ブルーの文字で書かれた手紙をまだ捨てられないでいる。












「はい、あげる」

「なんですか、これ」

「ん?日本の家の合い鍵。俺はあんまり行けないけど、お前はよく日本行くだろ?たまにでいいんだ。使ってやらないと家も悲しむからさ」



鍵を渡しながら寂しそうに笑ったのがもう遠い昔のようだと骸は思った。
家の中は静かで暗い。二十年程前には子供達が騒がしく走り回っていた廊下も、温かな料理を囲んでいた食卓も、居間も庭も何もかも黙り込んでいる。
勿論、綱吉の部屋も。
ベッドにそっと腰掛けてみる。上半身を倒して横たわってみて、綱吉のことを思い出しても涙なんか零れない。
少しブルーになってみただけだ。本当に、少しだけ。
































もうあまり悲しいとか寂しいとか感じなくなってしまったなあ、と綱吉は思う。そんな年頃なんだろうか。
ボンゴレに振り回され続けた成れの果てが、これか。
目眩がする。デスクに両手をついて体を支える。天井のライトが回る。回る。

気分転換に外へ出た。夜になったばかりの町には明かりが溢れている。夕飯を囲んでいるのだろうか。窓から漏れる明るい笑い声が響く。
綱吉はそれを窓の前の通りに立ち止まってぼんやりと見ていた。楽しげなバースデーソングと拍手が聴こえる。

よかった、初夏生まれの子はきっと幸せになれる。

守護者への手紙はちょっとおどけてブルーのインクで書いてみようかと思った。きっと最後になるから何か思い出に残るように、そう思うとなんとなく悲しさや寂しさが帰ってきた気がした。






















「どんなにつらい時でさえ、生きるのはどうしてかな」

「知りませんよ。嫌なら死んだらどうです」

「栄光なんていらない。普通が一番だね」



骸の夢の中でいつかの綱吉が笑う。
はっ、とした。いつの間にか眠っていたのだ。時計は六時を指している。四時間も眠っていた。
骸は綱吉の家に入ったら最低でも二日はそこで生活すると決めていた。まだまだ夜は残っている。







「…もう、何年前の話ですか」



囚われたままの自分に溜息が出る。
正式にボンゴレを継承してから、そんなに月日は経っていない頃だったと思う。もう十年以上前のことだ。
ああ、そういえばこんな話もしていた、あんな話も、と、端から端から骸の頭には綱吉との会話が浮かぶ。










「帰りたいよ、骸。あの家に」

「いいじゃないですか。なんなら今度アルコバレーノに掛け合ってあげますよ」

「………そうだね、ありがとう」



港から出ていく船を見つめる琥珀色の瞳が揺れていた。
結局、綱吉は家に帰ることなく死んでしまった。
最期の瞬間は見られなかった。綱吉の棺桶を思い出して骸の呼吸は一瞬止まる。
記憶の中でさえむせ返る花の香りがつらかった。涙は全く零れない。少しブルーになってみただけ。

もう一度骸は眠ることにした。もしかしたら彼にまた会えるかもしれない。体勢を変えたらポケットの中の紙がくしゃりと泣いた。




























20101211.
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